第41話:事後処理 1
翌日、予想以上に第5試合に時間がかかったため、第6試合以降が行われる予定のコロッセオ。開場の1時間以上前だというのに、既にホールは見物目的の客で埋め尽くされていた。誰からともなく口を開けば、話題になるのは当然春闘のこと。誰に賭けるか、誰が強いか。十人十色で様々な意見が飛び交い、既に彼らの空気が出来上がっていた。
「……にしても【毒呼び】のあれはマジでやばいよなぁ。最前列で見てるともう、生きた心地がしねぇってんだ」
「もうそこにいるだけで毒にやられるよな……あ、でもよ、幾ら凄いつったってあいつは魔術師、召喚が終わるまでの間は隙が出来るじゃねぇか。【一撃必殺】のコータが瞬殺すれば……」
「やっぱり、頂点に立つのは我らが【黄金の貴公子】ウィリアム様よ!!」
「なんでぇ、あんなボンボンの何処がいい。珍しくもない金髪の2枚目な貴族様ってだけじゃねぇか」
「【双尾の蜂】ゴードン、【黄金の貴公子】ウィリアム、【一撃必殺】コータ、【爆炎野郎】ジョー、【毒呼び】……むぅ、次は誰に賭けるか……」
「今年は想像以上に良い役者が揃ってるからな……悩むのも無理はないな。だが」
「ああ、俺はやっぱあいつがやってくれると思うぜ。今まで聞いたことなかったが、あれだけ見せつけられたら、な」
「おう、俺も第4回戦はあいつにするかな」
「ああ、そうね。正にダークホース、【水精の天馬】!!」
「……たく、あの異名何とかならんのか」
「第2回戦の時、魔方陣を変えないまま水流を壁にしたり球体にしたり、自在に操っていたこと。昨日の第3回戦では宙を駆けるという驚異的な技を披露したこと。その2つの事実を考慮した上でつけられたものです」
「つまりは自業自得ということですね」
【水精の天馬】という異名に不満を漏らす龍斗に、マーティス姉妹の容赦ない言葉の槍が降りかかる。全く否定できないそれに返す言葉もなく、龍斗はただ首を横に振るだけだった。
「ハァ……ま、そんなことはどうでもいい。今は誓約をきっちり終わらせないとな」
龍斗達がいるのは観客が群がるホールの隣にある空間。第2ホールと呼ばれるこの場所は、表向きは多目的ホール又は観客達の自由休憩スペースとなっており、第1回戦のバトルロワイヤルの際は参加者の控室としても使われていた。
しかし実際には別の用途が最大限優先される。即ち今龍斗が言った通り、誓約の履行を行う場所なのである。コロッセオにおける戦闘の中で、選手同士がそれぞれ何かを賭けて戦う決闘。その決闘を行う際は、立会人と呼ばれる第三者を擁立し、その立会人に誓約を結んでもらった後試合を行う。誓約は2柱の神の名の下に結ばれる絶対尊守の契約事項。「真血の契り」と同じ永遠に破る事の出来ない契約なのだ。
誓約の履行自体は何処でやっても良いのだが、今回の立会人はこの春闘の進行役、タイロン・モリア・リジェンゴート。彼の職務を考えた上で、試合開始前のコロッセオが履行場所になったのだ。その男が口を開いた。
「では誓約の内容を確認いたします。東龍斗、賭け分はご自身と従者お2人の所有権並びに武闘大会参加資格」
マーティス姉妹を背に立つ龍斗は頷いた。確認したタイロンが続ける。
「次に、ヴァンサード・ディ・ガートランド・ベル・オルドラン。賭け分は自身と所有する全ての奴隷の所有権並びに武闘大会参加資格。間違いありませんね?」
ヴァンサードは俯いたまま、僅かに頭を動かした。肩を落として力無く立っているその様子は見ているだけで惨めな気持ちになる。負けた側がこんな風になるのは当然のことと割り切るタイロンは心情を変えることなく事を進める。
「勝敗は春闘ルールに則った戦闘。これにより東龍斗選手の勝利という結果になりました。よってヴァンサード選手を含む21名の所有権が龍斗選手に移ります。また武闘大会参加資格ですが、既に龍斗選手が持っているためヴァンサードの分は破棄失効となります。では……盟約神ミスラよ、契約神ヴァルナよ、汝らの名の下に結ばれし誓約、その御力を以て履行せしめん」
タイロンが読み上げていた、誓約内容が書かれた赤い紙。呪文と共にまた色が変わっていく。文字のインクが滲むように周囲に広がり、みるみるうちに真っ黒に染まっていく。文字が書いてあったところはインクを失ったかのように白くなる。こうして真っ黒な紙に白い文字の紙が出来上がった。
「これで盟約の履行は終了です。この紙にはもう何の効果もありませんので、煮るなり焼くなり好きにしてください。では、私はこれで。……さあ!! 第3回戦第6試合!!」
切り替えの早さに苦笑しながら、龍斗は手元の黒い紙を見る。こちらも笑みを消し、真剣な表情に切り替える。
(……21人か、多いな。まあ、予想はしていたけど)
龍斗は振り返り、マーティス姉妹を視界に納めた。2人が同時に頷いたので、龍斗はヴァンサードに目を向けた。
「さて、と……」
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