第40話:第3回戦 4.槍と拳
「……覚悟しろ」
龍斗はその言葉と共にグラウンドの中央へと歩き出した。幾つか印を組みながら、呪文を唱え術を発動させていく。
「森羅万象、無為自然、『即応の霧』。我が身を鋼に矛盾とならん、『金剛鉄身』。忠節尽くし只主の勝利が為我が身を盾と為す、『忠勝鎧身』」
感覚、筋力、防御力を強化する龍斗。その様子を見ていた男は、落雷から逃れたフード姿の奴隷に声をかけた。
「君、ご主人様が倒れないよう支えておけ。あれの相手は私がする」
男の代わりにフードを被った奴隷がヴァンサードを支えた。背は彼よりも小さいのだが、特にきつそうな様子はない。青い髪の男は地面に刺していた槍を引き抜き、龍斗の方を向いて構えた。その槍は少々特殊なもので、長棒の両端に穂先がある。
龍斗は一定の距離で立ち止まった。手印を変えて最後の呪文を唱える。
「五里霧中、『濃霧』」
龍斗が腕を振った。その刹那、辺り一帯が徐々に白く染まっていき、ついに観客席からは何も見えなくなるほどの濃霧となった。
「濃霧か……どういうつもりだ?」
「そっちが気にするほどの理由は無い」
男の問いに淡々と答える龍斗。その顔には一切の表情が感じられない。命のやり取りをする覚悟を決めた上で己の命を鑑みない、そして人の命を奪うのに何の感慨も持たない、冷酷な表情である。
「1つだけ聞きたい。貴方の名は」
「……奴隷に名など不要。参る!!」
それを皮切りに、2人は同時に走り出した。
男が槍を突き出すと、半身を捻ってかわす龍斗。しかし男はその勢いのまま龍斗に近付き、腕を横に向けて龍斗の腹を狙う。男の槍は棒の両端に刃がついている。これによって刺突攻撃のために一々引き戻す、という無駄な動作を減らしているのだ。
龍斗は腕を振ってそれを弾き、その勢いのまま男の懐に入ろうとする。だが男は弾かれた勢いを利用して槍を引き戻し、短く持った穂先で出迎えた。龍斗の掌底と槍の穂先が衝突し、金属同士をぶつけたような高い音が鳴り響く。
普通に考えればあり得ないことだが、龍斗の手は『金剛鉄身』による筋力強化で鉄並みの強度を、『忠勝鎧身』による防御強化で更に魔力の鎧をつけている。『忠勝鎧身』は使用している間身動きが取れなくなるという欠点があるのだが、全身にかけず一部のみに、それも常に発動させるのではなく必要な時に必要なだけ発動させることで回避している。因みにこの2つの術をかけた状態の拳で相手を殴るということも可能であり、その場合、金槌で殴るのと同じ威力となる。
防がれたことが分かると、青い髪の男は槍を左手から右手に持ち替え、長いリーチの方で横薙ぎを放つ。バックステップで避けたところに大きく踏み込み、両手で持って突きを繰り出す。それを龍斗はさっきと逆の方向に弾いたが、直ぐに逆手の突きが飛んできた。
龍斗がバックステップで避け、間合いが広がった時、男は槍を持つ手の位置を変えた。基本として棒の中ほどを持っていたのだが、それを出来るだけ両端に近い位置に手を移動させたのだ。そうなってからは男の攻撃回数が格段に増えた。腕を左右に振ることが多くなったため、攻撃は抉るように突き刺して斬り裂くというものに変わる。ある時は避け、ある時は腕を盾に全ての攻撃を躱していく龍斗。隙を見て拳や蹴りを繰り出すも、穂先や棒で止められた。
(他の奴もそれなりだが……こいつ、格が違う)
表情には一切表さないが、内心焦りを感じる龍斗。休む間もなく男が突進してくるのを見て龍斗は腰を落とした。
「なっ……かはっ」
男は驚きと共に肺の空気を絞り出した。男の槍は狙い通り龍斗の脇腹に当たった。しかし同時に、龍斗も男に一撃を与えていた。槍という武器が持つ長いリーチのせいで、龍斗はまず男に近付くことが出来なかった。だから龍斗も、リーチの長い攻撃を使った。自身の体を盾としながら。
「気概空手、『指貫衝』」
脇腹を強化して穂先を受け止めた龍斗は、右手で相手を指差すように腕を伸ばしていた。指貫衝は大きな岩をも砕く衝撃波、気概空手『砕岩衝』の縮小版といえる技。指先で小さな衝撃波を生み出し、相手を貫くのである。この気概というのは『覇気』と同じ何にも変化させない魔力の事である。気概の扱い方を身につけ気概空手を大成した親友、烏丸連に稽古をつけてもらったことで、龍斗は気概空手の技を取得した。因みに龍斗は気概空手を学んだことで、知識として持っていた技の幾つかを改変している。そもそも『覇気』の純粋な魔力の放出は気概空手における魔力の扱い方から発展させたもの。『天駆翔走』も、風だけでなく踏み込む度に足から衝撃波を放ち、反動で宙に留まっていられるようにしていた。
(ハァ、気概空手まで出さないといけないか……一矢報いたは良いものの、こっちもぎりぎりだ……)
間合いを取って息を整えている間、自分の腕を一瞥した龍斗。鉄並みの強度、更に魔力の鎧で防いでいたにも拘らず、袖は破れてあちらこちらに切り傷が付いていた。当然そこから流れ出す血で腕は赤く染まっている。何発も強烈な攻撃を受けてきたので、何時力が入らなくなってもおかしくない状況だった。
一方槍を操る男の方も龍斗と同じように肩で息をしていた。短く持って両端の穂先を操るという戦闘スタイル故に普通の槍よりは幾分か短くなっている。しかし短いとは言っても穂先1つ分金属の重量が加わるので大した変わりは無い。それを何度も振り回していたのだから、疲れが溜まっていくのは当然の事。受け止めきれず何発か蹴りや拳を喰らったが、得物を扱うために鍛えられた筋肉という盾のお陰で大したダメージを受けていなかった。しかし先程の『指貫衝』によって肋骨が1、2本折れた。かなりのダメージを負ったため、こちらにも余裕が無かったのである。
男は突如全身の力を抜いた。相手から殺気が消えたのを感じ龍斗が怪訝に思っていると、それまでに見たことの無い構えを取った。
「……この一撃に全てを賭けよう」
腰を落とし、右手だけで槍を長く持つ。左手は親指と人差し指で輪を作り、その中に槍を納めている。筋肉のばねを限界まで引き締め、それでいて余分なところには全く力が入っていない。ただ一瞬の一撃のためだけに全力を注ぐ、一撃必殺の構えである。
龍斗も構えを取り直した。腰を落とし前屈みになり、右拳を腰の辺りで固定する。居合斬りをするような姿勢のまま、静かにその時を待つ。
一陣の風が吹き、花弁が一枚、2人の間を通り過ぎた。その刹那、
「やっ!!」
「ハッ!!」
男が放った渾身の刺突と、龍斗が繰り出した『衝拳』の拳が激突した。槍と拳の一歩も譲らぬ拮抗に代わり2人の視線が火花を散らしていた。さほど長くはなかったが、当人たちには10分も20分もそうしていたかのような感覚があった。
それを終わらせたのは龍斗の方だった。
「……『砕岩衝』」
龍斗は空中に蹴りを放った。途端にそこには強い衝撃波が生まれ、男の方へと真っ直ぐ飛んで行った。不可視の未知なる攻撃に対抗する術などあるはずもなく、男はいとも簡単に壁まで吹き飛ばされていった。この衝撃波によって周囲の霧が吹き飛ばされ、観客達は何が起こったかはともかく、壁際で倒れる槍の男を龍斗が倒したということを理解して歓声を上げた。
「ん、んぁ……?」
丁度その時、試合開始直後からずっと気絶していたヴァンサードが目を覚ました。周りの様子など全く把握していなかったが、すぐ傍にフードを被った奴隷の1人がいるのを見るや即座に怒鳴りつけた。
「何をぼさっとしとるか!! さっさと奴を殺せ!!」
「は、はいぃっ」
フード姿の奴隷は龍斗に向かって走っていった。得物のダガーを逆手に取り出し、大上段で龍斗を襲う。
「甘い」
半身を捻って難なく躱した龍斗は、その首筋に手刀を叩き込んだ。奴隷の意識は直ぐ闇に飲み込まれ、勢いそのまま地面に倒れた。
「さて、後はあんただけだな」
龍斗に見据えられたヴァンサードは目に見えて動揺していた。辺りをきょろきょろしているが、彼を助けようという者は誰もいない。頼みの奴隷も今ので全員が倒れ伏している。それでもぶれる切先を龍斗に向け、震える声で最後まで虚勢を張ろうとする。
「そ、そそそれ以上ち、ちが、近づくな……おおお、俺様をだ、誰だと思ってる、王国の貴族ヴァン――」
「知るか」
ヴァンサードの主張を短い言葉で一蹴し、『衝拳』で衝撃を乗せたデコピンをお見舞いする龍斗。背中から倒れていく様子を見て腕を組むと、龍斗は大きなため息をついて首を横に振った。
こうして第3回戦全8試合中、様々な意味で最も長い時間を取った第5試合が幕を閉じた。……もっとも、参加者同士の決着という点では最短記録を叩きだしていた。
龍斗が退場して真っ先に出会ったのは義妹達ではなく、龍斗が解放した元奴隷、現在は王国騎士の一員であるマルコだった。今は兜を外しており、その顔はすこぶる上機嫌だった。
「よう、龍斗殿。お疲れさん。上から見てたけど、なかなか面白かったぜ。開始直後から最後の最後まで気絶してやがるあのクソッタレなんかもう最高だ。宙に浮いてるのも凄かったし……途中霧で見えんかったのは残念だが……まあ、とにかく面白かった。1対6をやってのけたんだしな」
それを聞いた龍斗は苦笑した。
「あのな……娯楽のために戦ってんじゃないんだよこっちは。奥の手使った時点でこっちの負けみたいなもんだ。試合の勝敗とは別だがな。必死になるしかなかろう。負けたらあいつの奴隷にならないといけないんだから……姉妹共々な」
「それもそうだな。いや、すまんかった……ああ、そろそろ戻るか、じゃあな」
「あ、1つだけ、良いか?」
気まずさから逃げるように立ち去ろうとするマルコを龍斗が呼び止めた。
「何だ?」
「……あの5人の治療、しっかり頼む」
春闘の試合に参加した者は、勝敗に関係なく王国直属の魔術師達に回復魔法をかけてもらえる。国王、ひいては国が全責任を持っている大会で死者を出すのは国家の信用を失いかねない。その防止策としてのアフターケアである。しかし龍斗はこれまでそれを利用したことはなかった。魔法、というか術で戦っていたため、大して怪我などしなかったし、魔力が回復するわけでもないなら別に受けなくてもいいと思っていたからだ。しかし今回はそうもいかないので、今さっき治療室に行ってきたところなのである。
その時に彼は見た。治療室のベッドに先程の対戦相手が寝ていたのを。
「……大丈夫だ、俺の知る限りあの魔術師達の中にあんなクソッタレはいねぇ。それに誓約がある。どの道きちんとしたなりにしてくれるさ」
「……そうか、じゃ、元気で」
「おう。王城でまた会おうや」
マルコに背を向け、龍斗は姉妹の待つホールへ向かった。
うーん、やっぱりというかなんというか、正面切ってまともに張り合うような性格じゃありませんね、はい←
次の話は事後処理になります。奴隷達、それからヴァンサードの処分ですね。ある程度考えてはいるのですが……「最終的に」どう処分しようかについて悩んでます。