第4話:家族の形見、忍の名乗り
「じゃあ次に、俺の荷物は?」
「ああ、そこのテーブルの上にある。ちょい待ってな」
連が椅子から立ち上がり、寝台の横にあった棚のような物の所へ移動する。腰くらいの高さがあるそれの上に麻袋が置いてあった。その台の横には太刀が立てかけてあるのも見える。そう、父の形見として持ってきたあの太刀である。
連が戻ってきた。椅子に座りながら龍斗に袋を渡す。
「はい、これ。一応中身確認して」
龍斗は言葉が終わる前に袋を開け、中身を確認していた。着替えの服、金の入った巾着袋、非常食の兵糧丸、中にあるのは龍斗が入れたものと同じ。極めつけは中にあるもう一つの小さな袋。
「お、この麻袋、ポケット付いてたのか」
どうやらポケットと言うらしい。龍斗はそのポケットから手紙と証明証を取り出した。手紙に書いてある差出人の名前は藤堂源二、証明証にもあの貸船屋の主人の名前が書いてあった。何より、龍斗にとって最も大切なものを見つけることができた。
「ああ、良かった……爺さん、母さん、美夜」
手に取ったのは形見の品。祖父が持ち歩いていた脇差。妹の美夜が愛用していた簪。母が首に巻いていた細い鎖。金貨のような色で輪になっており、真ん中辺りには貝を象った飾りがついている。
「あら、ネックレスなんて持ってるの?」
「ん、どれどれ。おお、本当だ。異国にもあったのかい?」
金髪の女性と茶髪の男性が母の形見を見てそう言った。
「これ、ネックレスっていうんですか? いや、大和にはこんなものはありませんよ」
「じゃあなんで?」
男性が首を傾げた。存在しないはずのものを何故持っているのか。当然の疑問である。
「母が持ってたんです。ここからは俺の想像ですが……恐らく母は元々こちら側の人間だった。だから、こっちにしかないものを持っていた。こっちの知識も知っていた。多分俺らとは逆に、こっちから大和へ流されたんだ。で、父さんと結婚して俺が誕生、そんなとこだな。それと連、霞が流された後ずっとこっちで暮らしていた事を踏まえると……」
注目する四人の顔を一瞥し、龍斗はため息をついた。
「やっぱ、大和には戻れないんだろうなぁ」
最後の推量に連が言葉を返した。
「多分、それであってると思うよ。実際こっちじゃ金髪青眼の人は多いし。ただ一つだけ訂正。確かにこっちから向こうに帰るのはほぼ無理だけど、向こうからこっちに来るのは案外難しい話じゃない」
「……どういうことだ?」
龍斗の目は連を捉えた。続きの言葉に耳を傾ける。
「あの辺には独特な海流があってね。トリトン海流っていうんだけど、その流れの方向が大和からこっちに向かって大きな渦を巻くように流れているのさ。それに乗って上手く離れられればこっちに辿り着くことができる。但し、あまりに深いところに乗ってしまうと渦から逃れられなくなって結末は沈没しかない。そして流れは一方通行だからこっちから大和方向へは行けない。極稀に別の海流とぶつかって流れが止まるっていう話もあるけど、それが起こるのは何百年に一回とか言われているし、都市伝説みたいなもんだと思ってた。けど」
「その何百年かに一回の海流に乗って、母さんが大和に来たと考えれば辻褄は合う、か。都合も運もあったもんじゃねぇな」
いつ発生するか分からない海流に偶然遭遇し、異国の者を受け入れる父に出会う。奇跡としか言いようがない、と龍斗は思った。
「でも東君、海流に乗ってきちゃったんだよね。きっとご家族も今頃心配して――」
「ばっ、おい!!」
霞の言葉を聞いて慌てて止めに入った連。だが話の肝心な部分は既に言ってしまっている。龍斗は苦笑した。その表情はどことなく陰りが見える。
「いいよ、連。隠したって仕方ない。去年のことだから、お前はまだいたけど、その前にもう霞はいなかったからな。家族は死んだよ。父、母、妹は土砂崩れに巻き込まれて、爺さんも二ヶ月ほど前、老衰で亡くなった」
「あ……ごめん……」
「マジかよ、龍誠殿まで……」
部屋を沈黙が支配した。見知らぬ男女も家族の死という話題で言葉を失っている様子。
「あ、でも、そう、だから俺は大和にはもう未練はない。帰ったところで何にもないしな。むしろこっちに来て良かったかもしれん。心機一転だな」
その笑顔は大和にいた時、宮原遠矢に見せた顔と同じだった。顔から相手の心情を読むという忍の修行を積んでいた霞だけでなく、その修行をしていない連や男女にも龍斗の本心は伝わってしまっている。空元気は部屋の空気をさらに空しくさせるという結果に終わった。
その後暫くして、連、霞は部屋を出ていった。ふと見ると、頭上に見える壁の一部に穴が開いており、そこから茜色の光が部屋の中に差し込んでいた。この家の主であるという二人組もいつの間にか部屋を出ていた。
龍斗は一人寝台の上で仰向けになっていた。だがその目はすぐそこに見える天井を見てはいない。
(何やかんや言っても、俺はこっちの世界のことを知らない。明日からその辺を学んでいくしかないな)
扉を叩く音がした。はい、と返事をすると金髪の女性と茶髪の男性が入ってきた。女性が両手で運んできたものをテーブルに置いた。どうやら食事のようだ。体を起こし、寝台から足を下ろして座る龍斗。
「はいどうぞ。あなたの分の夕食。ちゃんと食べないと回復は遅くなるわよ」
「すみません、色々世話になってしまって」
「はは、構わないよ。困ったときはお互い様、だっけ。そう言うんだろ、ヤマトでは」
男性の方が笑いながら言った。一瞬龍斗は目を見張ったが、すぐ元に戻した。考えてみれば自分が来る前から何人もの大和人が流れ着いていることだろう。言い回しが伝わっていても何ら不思議ではない。
「有難うございます。えっと……」
お礼を言おうとしてはたと気づいた。この二人の存在を認識してからかなり時間が経ったが、一度も名前を聞いていない。そのことに気付いた男性は申し訳ないといった様子で頭を掻いた。
「あ、すまない。あまりに楽しく会話してたもんだから、口をはさめなくてね。僕はトマス・デイビス。トマスが名前で、デイビスが名字ね。年は42歳だよ」
「私はベラス・デイビス。この人の妻よ。年は……あまり言いたくないけど34歳。よろしくね」
龍斗は素直に驚いた。見た目だけの判断では龍斗はもっと若いと思っていたからだ。しかし年齢判断は特に重要なことではないし、元より外すことの方が多い。なので今回も龍斗は判断の間違いを気にしなかった。
龍斗は立ち上がり、初めて男女を見た時と同じように片膝をついた。元々左足を立てる癖がついているので、体重を右足にかけると痛みはさほど感じない。正座や立礼も知っているが、足への負担を考えればこっちの方がいい。それにこちらでの礼儀はほとんど知らない。故に自分が一番よく理解している忍の礼儀を選択したのだ。
「東龍斗……いや、リュウト・アズマ、齢十五。以後宜しくお願い申し上げます」