第39話:第3回戦 3.奴隷達の戦闘
「第3回戦第5試合、スタートです!!」
「さあ、あいつを殺して――」
開始直後、龍斗から放たれた魔力の波が相手6人を飲み込んだ。その瞬間、大抵の者が棒立ちになり冷や汗を流した。圧倒的な威圧感を感じた事により気後れしてしまったのだ。そんな中で例外が2人いた。1人は5人の戦奴隷を率いるオルドラン伯爵家の3男坊ヴァンサード・ディ・ガートランド・ベル・オルドラン。彼は覇気を浴びた瞬間にびくっと体を震わせ、そのまま気絶し倒れていった。『実力と扱える魔力量は比例する』というのはランドレイク大陸でよく聞く話である。一定の実力を持つ者は自然とそれ相応の魔力も持つ。そして魔力というのは放っておくと体から徐々に滲み出てくる。この漏れ出した魔力を龍斗達大和人は「気」「殺気」「気配」などと呼んでいたのだが、それは気付いた者しか知らないことである。覇気というのは何にも変化させていない純粋な魔力を放出しているだけの技。一定量の魔力を持っていれば、即ち一定の魔力を放出していればそれが盾となりプレッシャーを跳ね除けることが出来るのである。しかし、覇気よりも弱い魔力しか持たない者はそれを防ぐ手だてがない。故にまともにぶつかってくるプレッシャーに耐えきれず気絶してしまうのだ。
(流石、手練れを集めたというだけある。覇気で気を保っていられる実力者ばかり。主人1人気を失ったようだな。問題は……)
龍斗が見据えたのは青い髪を持つ槍の男。平然とした様子で気絶したヴァンサードが倒れないように支えている。
(……奴は覇気を浴びて全く何も感じていない。あの行動、判断力、この中で最も強い……一番警戒すべきは奴だ)
春闘のルール規定にある。10秒間地に倒れたままであればその者は敗北と看做す。これが所謂「10カウント」というルールである。または相手の降参。この2つが春闘での決着のつけ方である。気絶したヴァンサードが地面に倒れてしまえば10秒後にはヴァンサードの負けが決定する。しかし今、彼は気絶してはいるが地面に倒れていない。即ち10カウントが適用されないのだ。まして相手は覇気に一切動じない、冷や汗1つ流さない相当な実力者。何も考えずに行動したというわけではないだろう。龍斗はそう考えていた。
奴隷達は動かなかった。いや動けずにいた。何故なら、彼らに命令を出す主人が何も命令を出さないからだ。今の彼らをヴァンサードのような思考の者が見れば置物と言っただろう。
(なら、主人が寝ている間に皆さん倒れてもらうか)
そう思った時だった。
「お前ら、何をしている。『さあ、あいつを殺して』これで十分命令として成り立っておろう。主人の命令は絶対だ。逆らう事は出来ん。行け!!」
途端に置物は武器となり、龍斗に向かって攻撃せんと動き出した。魔術師は詠唱を唱え魔方陣を展開し、射手は矢を取り出して引き絞り狙いをつける。もっとも素早いダガーの者が龍斗に肉薄、その後ろに斧の男が追従してきた。槍の男は主人を支えたまま、冷静にこちらを確認していた。
(ちっ、やっぱりあいつか……しかも何だ、俺のためにとか言ってたから即席のパーティーかと思ったがそうでもないな)
逆手のダガーが龍斗に襲いかかる。威力よりもスピード重視、手数重視といった攻撃であり、腕だろうが足だろうが、とにかく傷をつけようとめったやたらに振り回される。無詠唱でも『即応の霧』を発動させる暇がない。何とか太刀筋を見極めて避ける龍斗は、黒い影に気付いてバックステップで退いた。途端に上がる砂煙。気が逸れている隙を狙い、大男が全体重をかけて斧を振り下ろした結果である。
その威力に驚きを見せた一瞬の後、微かな音がしたような勘を頼りに地面を転がる。先程まで頭があったところを1本の矢が通り過ぎていく。ほっとしたのも束の間、龍斗の周囲を囲むように赤い魔法陣が出現した。
「まずいっ」
線が光ったかと思うとその魔方陣一杯の直径を持つ巨大な火柱が現れた。誰もがその火柱に注目し固唾を飲んだ。こんなものを当てられて無事で済むわけがないと。
しかしそれも大男が呻き声を上げるまでの話だった。
「ぐぁっ」
その声に全員の注目が集まった。いつの間にか斧の男が膝をついている。視線をずらすと、龍斗が走りながら何かを発射している所であった。魔術師がそれに対応した。
「全能なる神よ我らを守れ、『シールド』!!」
淡い光の幕が現れ、龍斗が放つ青白い光を全て防いだ。それを見た龍斗は彼らをすり抜け、先程とは反対の場所、ヴァンサードの登場口に近い方で動きを止めた。右手に張り付いていた黄色い魔法陣も同時に消える。
(連携が凄い。不意打ちでこっちまで来たが、これはまずいな……)
「森羅万象、無為自然、『即応の霧』」
立体空間で感覚を強化する『即応の霧』を発動させた。強化系魔法は無詠唱でも発動させることが出来るのだが、その発展系となるこれは詠唱がある方がより効果が高まるのだ。
龍斗の背後に2つの魔法陣が現れた。その魔方陣の魔力を龍斗の感覚を乗せた魔力が感じ取った。交差するように炎が出現、それを避けるため必然的に正面から来る大男に突っ込んでいく龍斗。手印を組みつつ男が繰り出した斧の横薙ぎをジャンプで避ける。そのまま男の方も踏み台に空中へと飛び出していく。
「撃ち落とせ!!」
青い髪の男が言うが早いか、射手が可能な限り素早く、3本同時に矢を放つ。魔術師も質より量と、下級魔法『ファイア』を連発する。空中に逃げてしまうと、鳥でもない限り空中で自由に動く事は出来ない。遠距離攻撃を畳み掛けてくるのは妥当な手段である。しかし、そのことを分かっていない龍斗ではない。
「其の速きこと風の如し、『突風』」
龍斗が腕を振ると強い風が巻き起こり、矢の軌道を乱し小さな炎を吹き消していった。着地して暫く時間があったが、青い髪の男は冷静に指示を出した。
「周りは囲んでいる。壁際に追い込め!!」
指示を聞いた4人はその見事な連携を生かしたチームプレイで龍斗を追い込んでいった。後ろに下がる以外に逃げ道は無く、とうとう背中が壁につくようになってしまった。背中は壁、目の前にはダガー2本、斧、矢、杖が並び、龍斗を囲んだ。フードを被った2人の表情は分からないが、残る2人の表情は苦いものだった。魔術師の少年が声を絞り出す。
「……すいません、こんなこと……僕達としても、貴方を傷付けたくはない。……せめて、大人しく降参して頂けませんか……?」
その言葉を聞いた龍斗は薄笑いを浮かべた。この状況で相手が情けをかけてくるとは思わなかったからだ。しかし、だからといって行動を改めるつもりはない。なので龍斗は最初から持っていた意思を伝えた。
「生憎、俺は降参するつもりはない」
「そうか……なら、奴隷として、また会おう」
大男が斧を袈裟切りに振った。その時逃げ場となる足元には魔術師が炎を放った。会場の誰もが勝負ありと落胆した。しかし。
「嘘……」
「なっ……いない!?」
「ど、何処行ったんだ!? 囲まれた状態で逃げ場なんて――」
「あるんだよ、ここにな」
逃げ場の無いはずの状況下で忽然と姿を消したことに騒ぐ4人を龍斗は見下ろしていた。4人がその声に気付き振り向くと、誰もが驚きで声を出せなくなった。観客席からは驚きの声と共に大歓声が上がった。龍斗がいるのはグラウンド上空。彼は空中に浮いているような状態である。
龍斗は足の筋力を強化し跳躍で斧をかわした後、手印を組んで素早く呪文を唱えた。
「其の速きこと風の如し、『天駆翔走』」
足に風の力を纏い、自身の体重以上の物を吹き飛ばすほどの爆発的な突風を瞬時に繰り出し続ける。これによって地面から足を離し空中で駆けることが出来るようになるのだ。
ある程度距離を置いたところで龍斗は手印を変えた。今度は片手。人差し指と中指を揃えて伸ばした形である。
「定礎、『結界』」
『結界』は敵の魔術師が使った『シールド』の立体版といえる。透明な四角い板が6面を覆い、箱のようになるのである。大きさは込める魔力量に比例し、普通は等辺の立方体だが、今回は小さめの直方体が2つ。龍斗の足が乗るとほぼ完全に隠れる大きさだった。
そして現在に至るのである。観客は好き勝手に騒ぎ立てるが、グラウンドで龍斗の相手をしている側はその異様な光景に何も反応できないでいる。結界の上に乗る龍斗は、4人を見据え手印を組んだ。
「動くこと雷霆の如し、大地を穿つ災禍、『轟雷』!!」
4人に向けて雷が音を轟かせながら落ちていった。フードを被った1人が辛うじて逃げ果せたものの、残りの3人は煙を上げながら地に倒れ伏した。服や皮膚の一部が炭となっているところから、雷の威力が窺える。
目を閉じ、1つ息を吐いて集中力を高めた龍斗は、結界を解いて地上に降り立った。目を閉じていても感覚でヴァンサードの位置を探り当てそちらを見る。
「降参はしない。俺が負けるわけにはいかないんでな。あまり使いたくなかったが奥の手を使っていくしかあるまい。それとそちらは数という利から俺に憐れみをかけていたようだが……生憎俺には戦闘中に相手にかける情けなどない。こっちは命張ってんだ」
遠目ではわからないが、龍斗の紫に変色した目がヴァンサードを支える男を睨みつけた。龍斗の顔は正に冷徹そのもの。情の欠片もない、人を殺すことに何の感慨も持たない。いや、生死を賭けた上で、自身の命すら鑑みない。それ故に、龍斗の言葉は底冷えするように冷たく、非常に重く低い声となっていた。
「……覚悟しろ」
何か逃げてばっかでしたね……まあ、そうやって戦うのが忍のスタイルなんですかねぇ。
しかし次はそうもいきませんよ……