第36話:意外な再会
「はぁ、今回も結構な魔力使ったなぁ」
「お疲れ様です」
場所はコロッセオの入り口にあるホール。試合を終えた龍斗は既に待機していたマーティス姉妹と共にベンチに腰かけていた。観客席から見ていた2人の客観的な意見を聞きたいがために龍斗が提案したことである。
「で? 2人は見ててどうだった」
「そうですね……手印と魔方陣を出していたので2重に魔方陣を展開しているような状態ですよね。その分魔力を無駄に消費しているのでは……」
「でも魔方陣無しで発動する魔法は普通あり得ないわ。龍斗様が何も隠さずに戦うのならともかく、普通の魔法と同じように偽装して発動させる以上は仕方のない消費よ」
ミーアの見解にレイアの反論。龍斗はその言葉に頷いた。
「やっぱそれか、そこは仕方ないよな」
「それともう1つ。我田引水、でしたか。あれもあまり使わない方がいいと思います。そこに無い水を1から生み出すよりも、既にある水を利用する方が効率が良い、また魔力の消費も少ないとメリットは大きいですが……やはり普通の魔法とはかけ離れていますので……」
「む……色々便利なんだがな……まあ、変に目立ちたくないからなぁ」
背もたれに体重を預け天井を見上げた龍斗に、突然黒い影が落ちた。
「それは無理ってもんですな。若い魔術師ってだけで十分目立ってまさぁ」
藍色の目は影の主を捉えた。白銀に輝くフルプレートアーマーを着用し、片手には槍と斧を合体させたような武器、ハルバードを持っている。コロッセオの随所に配置されている王国騎士団の格好である。しかし龍斗には王国騎士団員の知り合いなどいない。あらゆる感情を消し去り、無表情になった。
「それは参りましたね。ところであんたは?」
藍色の目が相手を見据える。
「ん? ……クク、ハッハッハ、そうか、すっかり忘れてた。これじゃ顔も分からねぇわな」
突然笑い声を上げた相手は開いている手で顔全体を覆う兜を取った。中から現れた顔を見た途端、3人は一様に同じ反応をした。
『あ、貴方は!!』
「お、思い出してくれましたかい? 俺は、いや私ぁ2年程前、あんたに奴隷身分から解放してもらった内の1人でさぁ」
そこにあったのは茶色の瞳に金髪、無精ひげを生やした壮年の男の顔。初めて見た時は絶望や諦念が色濃く出ていた瞳には活気があり、髪型もしっかり整えられていてまるで別人のよう。しかしそれでもあの時の面影がしっかりと感じられた。
「驚いた。王国騎士団になっていたんですか……ええっと……」
「あ、そういやあの時は名乗っておりませんでしたな。ま、奴隷に名前などいらんってのが普通だし。俺は、いや私はマルコ。マルコ・ファスバンズだ」
「東龍斗です。……敬語なんていりませんよ。貴方の方が年上ですし、何より主従関係でもない」
龍斗は自分のカードを見せた。大陸の人間は漢字名に馴染みが無いので、そうした方が話が早い。
「いや、でもな……ま、いいか。本人がいいってんなら。それに俺も堅苦しいのは嫌いだしな」
1つ笑いをはさんだ後、マルコは2人の少女に気付き視線を向けた。2人は一瞬身構えたが、直ぐにそれが杞憂であると理解し警戒を解いた。マルコが向けた視線は下賤なものではない。父親が愛娘に向けるような、優しく温かいものだった。
「お2人さんも、元気そうで何よりだ」
「マルコさんもお元気そうで……あ、申し遅れました。私、ミーア・フォルデント・マーティスと申します」
「その姉、レイア・フォルデント・マーティスにございます。改めて以後宜しくお願いします」
「へぇ、ご立派な名前で。……あんた、あの時の約束、ちゃんと守ってくれてるようだな。改めて感謝する」
頭を下げるマルコに苦笑しながら龍斗が言った。
「いや、大したことじゃありませんよ。あれ、貴方ともう1人は先に出ていきましたよね。黒髪の男との約束を何故知ってるんですか?」
「ああ、あの後暫くしたら信じられん速さで追いついてきてな。彼女らの事はあんたに任せたと軽く聞かせてもらったのさ。しかし、つくづく不思議な男だった……」
龍斗は頷いた。しかしその話題はそれ以上続くことは無かった。暫くは誰も喋らなかったが、やがてレイアが口を開いた。
「1つお聞きしてもよろしいでしょうか、マルコさん」
「ん、何だ嬢ちゃん」
「今回の春闘……勝ち残った他の方は一体どのような方々なのでしょうか?」
マルコは顎を撫でながら、視線を上にやって思い出すように答える。
「ええっとだな、基本的に有名な実力者ばっかだぞ。さっきあんたが倒した魔術師、あれだって【雷火のアゲート】って異名をつけられてる。実際受けてみて分かったろうがその2つの属性魔法に関しては相当強い。魔術師に関してはもう1人、【毒呼び】って異名の奴がいたか。猛毒を持った魔物を召喚して戦わせる恐ろしい奴だ。勝ち残ってる魔術師で言えばそれくらいだな。その2人とあんたの3人だけだぜ、トーナメントに進めた魔術師は」
「なるほどな。戦士の方は?」
「ええと、【重力無視の突撃槍】レイル・ティアランス、【双尾の蜂】ゴードン・ウォルマン、【一撃必殺】コータ・ホンドー、いや、確かあんたと同じで漢字名だった。それで言えば本堂浩太。俺の知る限りではそのくらいか……あ、もう1人、いやでもなぁ……」
「ん、その1人がどうかしたんですか?」
龍斗が突っ込むとマルコは眉を顰め、頭を掻いた。
「いや、有名なのは有名なんだが、力量とかじゃなくて悪い意味でな……ヴァンサード・ディ・ガートランド・ベル・オルドラン。オルドラン伯爵家の三男坊だ。普段から素行が荒くてなぁ……ん、どうした?」
3人が視線を交わす様子に疑問を感じたマルコ。頬を掻きながら苦笑する龍斗。
「ああ、いや参加手続きの時にちょっと、ね」
「……おいおい、奴に関わるなと言おうとしたのに……あいつは家の権力振りかざして好き勝手やってるどうしようもない奴だ。酒場で飲み食いしては暴力で踏み倒し、何かといちゃもんつけては金を巻き上げ女を連れ去らう。あ、分かった。嬢ちゃん達に目をつけたな。まあ、そんな奴の事だ、どうせ試合も汚い手しか使わねぇだろうよ。個人的にはぶちのめしてやりてぇが……」
「貴族の子供じゃおいそれと手は出せない、か」
龍斗が続きを引き取った。マルコ含め全員が頷いた。と、その時、誰かがマルコの名を呼んだ。どうやら勤務交代らしい。
「ま、頑張ってくだせぇや。ベスト16止まりだった俺が言える義理じゃないがな」
「いえ、貴重なお話有難うございました」
「なに、奴隷から解放してもらったに比べりゃなんてことない。あ、そうだ」
兜を被り立ち去ろうとしたマルコの動きが止まった。何の前触れもなく龍斗は嫌な予感がした。
「……龍斗さんよ、最後に聞かしてくれ……どっちが本命だ? さぞかし良い夜過ごしてるんだろ?」
『えっ』
姉妹が声を上げるのとほぼ同時に、龍斗は移動し鎧の肩に手を置いた。
「2人共俺の義妹だ。身内に手を出すほど甲斐性無しじゃないぞ」
龍斗の口は笑っていた。だがその目は表情とは釣り合わないものだった。非情を極めた、暗殺者のような目を向けられた鎧は、顔こそ見えないもののあちこちでカタカタ音を鳴らしていた。
「じゃ、じゃあ元気でな!!」
軽く裏返った声でそう言うと、不自然な音のする鎧はホールから去っていった。
「……龍斗様?」
「いや、気にするようなことじゃない。さて、明日はどうすっかなぁ。もう王国騎士団員になるのは確定したし、相手次第かな。取り敢えず、宿に帰るか」
『はい』
コロッセオを出ると、空には灰色がかった雲が広がっていた。来た時に比べると風も強くなったように感じる。雨が近い、と3人は足早に宿へと戻った。
ホントは35話の最後にチョロッとつけるオマケくらいの話だったんですが、文字数稼いだんで分けておくことに。