第33話:龍斗の魔法
坂本は大きく踏み込むと同時に渾身の力で刀を振り下ろした。龍斗が一歩動くと、その目と鼻の先を刃が通り過ぎていった。刀は地面に触れる前にピタッと止まり、一度引いて今度は足を払いにかかる。一歩後ろに下がることでかろうじて避ける龍斗。
(流石は隴西一刀流、動きに全く無駄が無い)
隴西一刀流は大和の徳間島に伝わる流派の1つ。その神髄は一撃必殺の剣。故に1回1回の攻撃が非常に重く、当たれば無事では済まないことは目に見えて明らかである。
しかし無駄が無いという点では龍斗も同じ。洗練された動きで繰り出される太刀筋を、余計な動作無しに全て紙一重でかわしているのだ。一見すると龍斗が不利に見えるが、僅かな移動で済ませることで体力の消耗を減らすことが出来る。また相手の攻撃の隙をつくことも容易となるので避け方としては一番理想的なのだ。時折他の参加者も攻撃を仕掛けてくるが、2人共上手くかわして戦いを続けていく。坂本の刀を龍斗が避ける、その繰り返し。流石にこのままでは決着がつかないので龍斗は思い切り間を開けた。
「そろそろこちらからも行きますよ。『蛍火』」
手印を組んだ龍斗は青白い炎を出現させて坂本へと飛ばした。先程の牽制用ではない、攻撃として当てに行くためにさらに多くの蛍火が飛んでいく。跳躍だけでは避けきれず、坂本は時々刀で炎を斬り捨てる。炎といえど威力は低く、剣を振る時に起こる風でほぼ無力化出来るほどだ。更に炎の数が増える。ついに坂本は回避を諦め、立ち止まって自分に当たりそうな炎を斬っていく作戦に出た。それを見た龍斗が手印を組み直す。
「動くこと雷霆の如し、『稲妻』」
龍斗の手から青白い光が放たれる。それはあっという間に蛍火に混じり坂本へと飛んでいく。自分の身に当たる軌道の炎を刀で斬り捨てていく坂本。そして他とは違い異様な速さで向かってくる青白い光も迷い無しに斬り捨てた。
「ぐっ!! ……かはっ」
呻き声を上げながら大きくのけ反った。力が抜け、地面に膝をつく坂本。雷撃を受けたことで感電したのだ。刀を支えに肩で息をする様子に構わず龍斗は距離を詰めた。とっさに横薙ぎを放つもあっさり避けられ、龍斗が坂本の懐に入ってきた。
「機会あらば、次は全力、いや剣でお相手願いたいですね」
「……その言葉、忘れんぞ」
口元を歪めた坂本に、軽く衝撃を乗せた『衝拳』の掌底を打ち込んだ。地に伏せる坂本に背を向け、龍斗は呟いた。
「『自ずから約しき盟を破ることなかれ』……大和の教えを破りはしない」
グラウンド内を見渡してみると、残っているのはいつの間にか5人だけだった。龍斗の『覇気』に屈さなかった強者、更にその中で争い勝ち残った真の強者達。その内の3人ほどがこちらを指差しながら何か話をしている。
(1対3か、なら)
3人が頷き、龍斗の方へ走り出したのを見て龍斗は構える。
「忠節尽くし只主の勝利が為我が身を盾と為す。さすれば何人も傷付けること能わず、『忠勝鎧身』」
剣、槍、先端に金属の塊をつけた棒即ちメイス、これら3つによる同時攻撃を龍斗は全て受け止めた。攻撃が一切効いていない様子に坂本と同じ反応をする3人。
先程も使用していた『忠勝鎧身』は防御に徹底した忍術である。その内容は大陸の魔法で言えば『筋力強化』で筋肉を強化した上に『防御強化』で魔力の鎧を纏っている状態。筋肉を硬直させるために身動きが取れなくなるという欠点はあるものの、防御力は鋼鉄製の鎧以上に高くなる。
主を逃がすために生きた壁となって見事守り抜き、幾度となく参加した全ての合戦において無傷で帰還したという伝説が残る武将。その人物が編み出した術であるとされている。
「ちぃ!!」
3人の得物が引いていくのを見逃さず、龍斗が大きく間を開ける。その間にも手印を組み呪文を唱えていく。
「行く川の流れは絶えずしてしかも元の水に非ず、『撃水』」
龍斗が物を投げるように手を動かすと、現れた水の球体が男達へと飛んでいく。水を当てられずぶ濡れになった3人が我に返った。
「魔法使いか!!」
「詠唱の隙を狙うぞ!!」
「オラ!!」
槍を持った男を先頭に、再び突進しようとする。だが龍斗は既に呪文の詠唱を済ませていた。
「動くこと雷霆の如し、『稲妻』」
龍斗が放った青白い光は一瞬で槍の穂先に到達。そこから濡れた棒を伝い持ち主に感電する。煙を上げるのを見てひるんだ2人に龍斗は雷撃を当てていく。3人が完全に気絶したことを確かめた時に、龍斗は足音を聞いて前に転がった。瞬間、その後ろを何かが高速で走り抜けた。龍斗が姿勢を整えると、相手も急停止してこちらを見た。その手に握られていたのは脇差と同じくらいのダガー。
こちらを見た瞬間に走り出す相手。龍斗も手印を組んで呪文を呟いた。
「動かざること山の如し、『出礫』」
相手の足元に石ころが現れる。何もないことを前提として走っている男はそれに気付かず足を引っ掛けた。たたらを踏んで減速したのを見計らい追撃する。
「其の速きこと風の如し。辻に吹きて斬り裂かん、『鎌鼬』」
体勢を立て直した男に容赦なく襲いかかる真空の刃。見えぬ刃になす術もなく服は裂かれそこから赤い血が噴き出していく。しかしこの男、気丈にも踏み止まり、息を荒げながらもなお武器を構えてこちらに歩み寄る。龍斗は少し感心したが、それを表情に出す事は無い。
「速きこと風の如し、『突風』」
龍斗から男に向けて一陣の突風が吹き荒れた。その風は並みの威力にあらず、男は軽く10mほど吹き飛ばされた。大の字に伸びているところに魔法で出てきた足元の石を蹴り飛ばす。それは見事に、男の股間に命中した。その衝撃に四肢が跳ね上がり、脱力して地面に落ちた。
「おーっと倒れた!! 10、9、8、7……」
進行役の声が魔法具を通して会場に響く。春闘のルールの1つ、10カウント。地面に倒れた後10秒間起き上がらなかった場合はその人は敗北となる。会場全体がカウントダウンを斉唱する中、龍斗は腕を組み歩き出す。
「6、5、4、3、2、1、0。しゅーりょー!! 第3ブロック、50人のバトルロワイヤルを制したのは!! 東龍斗だーーー!!」
『ウオオオーーー!!』
その歓声に何の感慨も抱かぬまま、龍斗は会場を後にした。
額を抑えながらコロッセオの出口に向かうと、そこには見慣れた2人が既に待機していた。
『お疲れ様です、龍斗様』
「……おう、2人共。小技とはいえ流石に連発するもんじゃないな。本気で疲れた」
「それは当然です。魔力は無限にあるものではありませんし、龍斗様の魔法は少し特殊ですし」
「本来必要な魔法陣の展開を、手印を組むことで省略。呪文も普通の方と比べればかなり短いですし」
レイア、ミーアは少し呆れたような口調で言った。
「それもそうか。50人もいて荒れてたのは幸いかな。最後の方で知られたかもしれんが……次からは確実に駄目だな。1対1だし、魔方陣無しで魔法使ってたらまずいわな」
苦い表情で答えながら、龍斗達は宿へと帰っていった。
魔法戦は難しい……
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