第28話:セトラベルク
エルグレシア王国は大陸内で最も広い面積を持つバース平野、その3分の2を国土として保有しており、大陸最大の面積を誇る大国として名を知られている国である。元々は平野の北部にある、現在のオリジアと大差ない程度の小国だったが、建国当時から軍事力の強化に努め、周辺国への侵攻を繰り返し相手国を支配下に取り込むことで成長してきた軍事国家としても知られている。
軍事国家が軍事国家たる所以は、当然ながら国が持つ軍の強さにある。軍を構成するのは兵士である。その兵士は普通、幼少の頃から様々な訓練や徹底した教育を受けて兵士となる。しかしこの方法では即戦力は手に入らない。適性というのもあるため兵士が戦力となるまでに相応の時間が必要となるからである。傭兵を雇うという手段もある。しかしこれには相当なお金が必要となる上にリスクも高い。雇われの兵には国のために命を捨てる覚悟などありはしない。少しでも身の危険を感じたら我が身可愛さに逃走する者ばかりだからだ。
そこで3代目エルグレシア王トルドカーズが考案したのが国王主催の武闘大会。世界中の猛者共を集め戦い合わせ、実力を確かめた上で軍に登用するという方法である。集まってくるのは腕に覚えのある者、更にその中で真の強者を選び出すことが出来る画期的な方法なのだ。ここで一定の実力を認められた者が軍属を希望した場合、徹底した教育を受けなければならないものの即戦力として兵士になることが出来る。そのシステムは非常に大きな効果を表したため何度も行われたという。それは今でも年に1回、春に行われており、エルグレシア王国の伝統行事として定着している。
「やっと着いたか、セトラベルク」
渡し船から下りた龍斗は、その視界の中にある今までに見たことの無い尖塔の集合体を確認しながらそう呟いた。
バース平野には2つの大河が存在する。1つは隣国との国境となっているセルゾア河。もう1つは、今しがた龍斗が渡ってきたオライン河である。どちらもランドレイク大陸の中央にある大きな淡水湖から、平野を貫いて海へと通じているのだが、セルゾア河が元から存在する天然の大河なのに対し、オライン河はエルグレシア王国によって作られた運河であるという点において違いがある。何百年、何百億ドルクをかけて作られた運河は農業の発展に大きく影響したという。オライン河が完成したことによって3つに分断されたバース平野。王国内では、オライン河以東の地域をレフトベルク、2つの河に挟まれた地をセトラベルク、セルゾア河以西をライトベルクと呼んでいる。なおライトベルク地方は10年以上前のクーデタ以降自治政権を擁立しており、独立した国を名乗って現在も対立が続いている。
オリジアでの盗賊騒ぎから1週間後、龍斗と姉妹はエルグレシア王国に到着した。そして修行期間の間は渡ることの無かったオライン河を渡り、セトラベルクに向かっていた。
「どうでもいいことだが、左と右って逆じゃないか?」
地図を広げて疑問を口にする龍斗。その一歩後ろから疑問に答える声があった。
「それは王都、正確に言えば王宮から見た様子で決定された名称だからです」
「なるほどな。京の左京、右京と同じか」
レイアの返答を聞いて納得する龍斗。レイアは聞き慣れぬ言葉に首を傾げたが、すぐに疑問を捨て去った。龍斗もただ気にするなと言っただけで済ませた。説明したところで龍斗の生まれ故郷である大和のことなど彼女に分かるはずもない。
「で? ミーアの方は大丈夫か?」
心配する龍斗に向けてミーアが顔を上げた。その顔には血色が無い。
「え、ええ、大丈夫です。姉さんに回復魔法かけて頂いたので……」
ミーアは船酔いしていた。船に乗っている時間は30分ほどだというが、陸を離れてものの数分でこうなってしまったのだ。
(仕方ないよな。船だしな)
レイア、ミーアにとって船は悪い思い出の乗り物である。船に乗っているところを海賊に襲われ、奴隷に身を落としたのだから。精神的なダメージはそう簡単に消えることはない。恐らくはそれも一因にあると龍斗は踏んでいる。因みに龍斗も1人舟に乗って嵐に遭い大陸に漂流、と悪い思い出があるのだが、自分の事は棚に上げていた。
「まあ、少し休ませた方がいいか。いよっと」
「え、りゅ、龍斗様!?」
突然龍斗に担がれたミーアは驚きの声を上げた。極力揺れを抑えて木陰まで運び、静かに下ろして座らせる。
「暫くミーアは休んでろ。なんか飲むもん持ってくるから」
「え、あ、そんな……」
「レイア、様子見といてくれよ」
「承知しました。行ってらっしゃいませ龍斗様」
分かってる、とでも言うように片手を挙げ、龍斗は2人に背を向けた。
「ああ……行っちゃった……」
そんなことして頂かなくても大丈夫です。そう言おうとしたミーアだったが龍斗の声に阻まれて言う事は出来なかった。気付けば姉と一緒に取り残されている。
「まあ、あの人はそういう人だから。貴女だってもう十二分に分かりきってることでしょ」
レイアが微笑みながらそう言った。我が姉ながらかなり魅力的だと思うミーア。
「分かってるわよ。でも、さ……私達あの人に何かしてもらうばかりじゃない。いくらあの人が言っても、私達はその、ど――」
「あら、何か不満? 人を人と見ない酷い物扱いの方がいいの?」
「そ、そんなこと言ってない!!」
「ミーア。私達は『従者』、自分の意思でついてくって決めたんでしょ。だったら素直に従いなさい。従う命令が無いならあの人が望むように振る舞えばいいの。それが従者ってものよ」
諭すようなレイアの言葉に釈然としないままミーアが頷く。
「……うん……分かってるけど……」
「ん、どうした?」
「え、あ、龍斗様」
「お帰りなさいませ」
突然降ってきた影に驚いたミーア。いつの間にか龍斗が戻ってきていたのだ。手に持っていた紙コップの1つを差し出してきた。
「あ、有難うございます」
「はいレイア」
「有難うございます」
姉妹は紙コップを受け取り、ゆっくりと飲み始めた。中身はミーアが好きな林檎のジュースだった。それを飲み終える頃には大分落ち着き、嘔吐感も無くなった。ふう、と一息ついたミーア。
「すみません、もう大丈夫です。ご迷惑おかけしました」
「困ったときはお互い様。んじゃあ行きますか、今日の宿に」
『ちょっと待って下さい』
歩き出そうとした龍斗を姉妹が止めた。振り返って姉妹を見る龍斗。
「……なんだよ2人して」
「龍斗様、ご自身が飲んだ分の紙コップをお忘れですよ」
「まさかポイ捨てするつもりですか」
「あー……任せた」
そう言って龍斗は町の方へと走り出した。
「あ、逃げた!!」
「お待ち下さい!!」
レイア、ミーアが後を追った。2人は怒っていながらもどこか喜色が浮かんでいるように見えた。だが、後ろを振り向かず、また即応の霧も発動させていない今の龍斗にそのことを知る術は無かった。
不定期と言いながら連日投稿のような状態。
突然ですが週1くらいのペースに切り替えたいと思います。大した理由はありませんが、「急いては事をし損じる」「急がば廻れ」ということことでよろしくお願いします。
今週はこれで、29話からは土日の間に更新する……つもりです。