第27話:徒手空拳
龍斗は正面で槍を構える男に掌底を叩き込んだ。正確に顎を打ち抜かれた男は脳を揺らされて気絶した。すぐに龍斗は後ろに跳んだ。襲い掛かる武器の全てを手で払いながら、合間を見て腹に拳を叩き込んでいく。直ぐに相手が動けなくなるわけではない。だが確実にダメージを与えていく攻撃。龍斗は最初から持久戦になると読み、体力を温存しながら徐々に戦力を奪う作戦を実行していた。
だが連は違った。
「気概空手、『砕岩衝』!!」
「何っ」
龍斗は跳躍した。次の瞬間、龍斗が視認できる人間は吹き飛ばされ、着地点周辺には誰もいなくなった。連は攻撃を受け流しながら大声を出した。
「余計なこと考えるな!! 思ってるほど時間無いぞ!!」
龍斗は気付いた。大上段から振り下ろされる剣を避けると、回り込んで足を掴んだ。線の細いその男を放り投げ、数mのスペースを作った。
「考えたら欲のために動いて命賭けない連中だったな。なら一気にやってやる……全員跳べ!!」
龍斗の声を聞いて少年少女4人は跳躍した。身長とほぼ同じ長さの棒を持った盗賊の仲間がまずいと言ったが時既に遅し。
「気概空手、『陸鳴衝』!!」
龍斗が地面に拳を叩き込んだ。その拳を中心に衝撃波が大地に伝わり、地震が起きたかのように辺りが揺れた。足場が揺れて不安定になり、盗賊は次々とバランスを崩していく。
『そらっ、『砕岩衝』!!』
龍斗と連の同時攻撃で、盗賊の半数ほどが挟み撃ちに遭った。何の前触れもなく吹き飛ばされた状態で迫りくる仲間を避けるなど出来るはずもなく、盗賊たちはそれぞれの武器や体をぶつけ合う。加えて岩をも砕く威力の衝撃波、この攻撃を受けて気絶していない者はいなかった。
2人は女性3人を振り返った。攻撃をかわし、顎や腹に掌底を食らわせている様子を見て安心した。しかしそれぞれの背後に回る影に気付き、急いで距離を詰めて足払いする。
「有難うございます」
「礼はいい。だいぶ減ったし一気に決めるか……『衝拳』」
既に及び腰であるにも構わず、5人は盗賊の頭、腹、膝裏などに攻撃を叩き込む。それら全ての攻撃が当たる度に衝撃を放っているため、見た目以上にダメージを与える攻撃である。
ミーアが腹に蹴りを入れ、その相手が崩れ落ちるのを確認すると、龍斗は足元に転がっていた盗賊、最初に声をかけてきた男に視線を向けた。
「で? 70人が……なんだっけ。まあ、どうでもいいか」
龍斗は紫に変わった目で辺りを見回した。目に映る盗賊は全て地面に伏していた。
――気概空手。それは一見普通の空手と同じであり、特別動きが変わるというわけでもない。しかし決定的に違うものが1つだけある。それは「気」である。攻撃に気を乗せることにより、通常よりも遥かに威力の高い攻撃を繰り出せるという『衝拳』。1ヶ所に集めた気を大地に放出、その時生み出される衝撃波で地震のような振動を起こす『陸鳴衝』。そして、集めた気を一定方向に飛ばし、岩を砕く程の衝撃波を放つ『岩砕衝』。
すなわち気概空手とは、気を操り、衝撃波を操ることに真髄がある拳法なのである。元々は忍術などと同じように荒唐無稽な伝説として伝わっていたこれらの技。それを会得し、「気概空手」という名で大成したのは他でもない、烏丸連その人である。
そしてここにおける「気」と呼ばれる力の正体。それは大陸の人間が言うところの「魔力」であった。だがその魔力の使い方が通常と違って特殊だった。ただそれだけの話であった。
因みに連は気を習得するために毎日あの岩場に足を運び、1日1万回、岩に向かって正拳突きをしていたという。
その連は今、盗賊達の後始末を駆け付けた警備隊の者に頼んでいるところである。警備隊はオリジアの中を警邏し盗賊などを排除する、他の国で言うところの警察に当たる組織である。オリジアは商業都市国家、大陸全土の経済の拠点である。同時に大陸全土の金の拠点でもある。故にオリジアは盗賊の襲撃を受けやすい。建国当初は、周辺の小国が出兵してくることもあったという。それらに対抗するためにオリジアは都市全体で人を雇い、独自の戦力を持つことにしたのだ。
「おお、流石だな連。仕事振りが板についてる」
「これでも4年目だからね。俺も運搬手伝いたいけど、流石に疲れてるしなぁ」
連は大陸に流れ着いて以降、この警備隊の一員として働いていた。隊員の中でも珍しい徒手空拳の使い手ということで、正装で警邏する隊員では見つけられない犯罪を取り締まる覆面隊員としてそれなりに活躍しているらしい。
隊員への話が終わると連は龍斗達の間を通り過ぎるように歩いていった。4人もそれについていく。先程疲れたと言っていた連に龍斗が声をかける。
「何なら回復魔法で戻してやろうか」
「あ、それ助かる。なにせ今夜はお楽しみ……ウフフ」
「……夜伽のために回復させるわけじゃないんだが」
「えーいいじゃーん。ご祝儀代わりにさー」
実は龍斗がオリジアを出た後、いつの間にか連と霞は結婚していた。龍斗がそのことを知ったのは年が明ける前、修行の為にオリジアに戻ってきた時である。因みにご祝儀は「既にもらってるから」と言って2人から断っていた。
「か、霞さん、それは……ねぇ、姉さん」
「そ、そうですよ。それと龍斗様、何故そんなにはっきりと言葉に――」
「別にいいじゃん、発言は自由よ。それよりもお2人さん……どうなの、龍斗君の下の槍は」
「阿呆」
「きゃっ、いったー!!」
赤くなったマーティス姉妹の顔がさらに赤くなるのと同時に龍斗が霞の頭を叩いた。相当な威力だったらしく、霞の目には涙が滲んでいた。
「もう、何? まさかまだ手つけてないの? こんな美人姉妹を手籠めに出来るなんて滅多にないことでしょうに」
「身内に手を出すほど甲斐性無しじゃねぇっつったよな? そんなに殴られたいか、よし、なら衝撃付きであと107回殴ってやろう」
「申し訳ございませんでした」
普段男勝りな性格の霞が素直に頭を下げた。有言実行、やると決めたらどんなことでもやり通す龍斗の性格を知っているが故に、大人しく謝っておいた方が良いと判断したのだ。
「まあこの辺で許してやるか。おお、ちょうど旅亭まで来たか。じゃあな、お2人さん」
「ああ、じゃあな」
「じゃあねー3人共」
『お疲れ様でした』
龍斗達3人は旅亭の屋内に消えていった。連、霞夫妻も2人揃って通りの人ごみの中へと入っていった。