第26話:2年後
「せやっ!!」
「ハッ!!」
岩山をくりぬいたような何もない場所で2つの黒い影が激しく衝突を繰り返していた。気合の声と共に繰り出された回し蹴りを左腕で受け流すと、相手の空いた脇腹に拳を入れる。しかし直ぐに反応され右手で受け止められる。相手はこちらの腕を捻る、その勢いに逆らうことなく跳躍して体を捻り、相手のこめかみを踵で狙う。それに気付いた相手は右手を離し後ろに跳んだ。回し蹴りを放った方も着地し態勢を整えた。
「空中後回転蹴りとはやるねぇ、龍斗」
「素直に脇腹に一発喰らっとけばいいのに、連」
場所は商業都市国家オリジアの郊外にある岩山の麓。何の気兼ねもなく思いきり暴れることが出来る、という理由で連が案内した場所である。草の一本も生えていない地面。同じく草が生えていない赤土の壁はおよそ5mほどの高さがある。
連は龍斗を正面に捉え、構えを取った。龍斗も膝を曲げて中腰になり、すぐ反応して動けるようにする。
「よっしゃ、そろそろ本気行くぞ!! 覚悟しろよ!!」
「ほう、面白い。見せてもらおうか……『即応の霧』」
「気概空手――!!」
気配を察した龍斗は直ぐに横跳びで避けた。直後、後方で爆破音が響く。龍斗が振り返ると、直径1m程の大きな岩がガラガラと音を立てて崩れていくところだった。
「――『砕岩衝』」
その延長線上で、右拳を正面突きにしたままドヤ顔をした連が技の名を語った。が、龍斗は動じず、連との距離を縮めていく。2、3度避ける度に響く爆破音を背に、龍斗は連の懐に入り左拳で顔を狙う。
だがそれは右腕で防がれ、それを皮切りに一進一退の攻防が始まった。回し蹴りや拳が止められた途端に、肘鉄や掌底、膝蹴りなどが襲い掛かる。10合、20合、30合……連打が止み、距離が空いた。再び距離を詰めた龍斗はまた左拳で同じ場所を狙う。
「ふっ」
「残念」
右腕を立てて防ごうとした連だったが、そこに当たる前に龍斗が止めた。そして龍斗は真の攻撃、右の拳を繰り出した。
「ぐっ」
「ぐおっ」
フェイントをかけ連の腹に一撃入れる。龍斗の目論見は成功した。だがその代償に龍斗も、腹に連の膝蹴りを食らった。互いに飛び退き、距離を取る。肩で息をする2人の視線が交差した瞬間、また勢いづいて走り出した。が。
「はいそこまでー」
『終了です』
『うぐっ』
龍斗と連は同時に呻き声を上げた。連は1人の女性に頭を叩かれたことで。龍斗は鳩尾と肩の辺りを槍の長棒で打たれたことで。連を止めたのは霞、龍斗を止めたのはレイア、ミーアだった。
「全く2人は……ほんと呆れるわ」
「同感です。まさかルールを破って戦い続けようとするとは思いませんでした」
「2人とも仰いましたよね。相手に一撃入れた時点で終わり。忍術、気概空手は使わない。自分たちで決めたたった2つのルールも守れないでどうするんですか」
「龍斗が『即応の霧』使うからだろ」
「その前にお前が『砕岩衝』使おうとしたろ」
『言い訳無用!!』
『……面目次第もございません』
ため息をつく霞。説教をするマーティス姉妹。この3人は龍斗、連に釈明の余地すら与えなかった。龍斗と連は言い逃れ出来ないと観念して頭を下げた。その様子が可笑しくなった3人は互いに顔を見合わせて笑い合った。反して男2人は苦い顔になる。
「まぁでも面白いもの見せてもらったし、可哀相だから許してあげるわ」
「何で上から……」
「あー、袋頂戴」
『はい』
「龍斗は良いよな。忠実な美少女2人侍らして……」
「阿呆、こいつらは妹だぞ。身内を女として見るほど甲斐性無しじゃねぇよ。大体こいつらだって小言五月蠅いし、しつこいし……うおっと、ご覧の通り手も早い」
「あら、何の事でしょうか」
「何の事だかさっぱりですわ」
笑顔を崩さぬ姉妹の手には得物である槍。その穂先は喉笛を正確に狙っていた。しかし狙われた本人は上体を僅かに反らしただけ。紙一重のところで攻撃をかわしていた。
「レイア、ミーア、悪かった。だから槍下ろせ。お前ら食い物を無駄にする気か」
「承知しました」
「お騒がせしました」
姉妹は槍を引き寄せると、片手を上に向けて広げた。暫くして、上から落ちてきた白い小さな紙袋がそれぞれの手の中に納まった。中身はどちらも齧られた跡のある豚まんである。
龍斗達5人は先程の岩場を離れ、オリジアの中心を貫いているサン・トルマ通りにいる。ちょうどお昼時ということもあり、屋台で売られている食べ物を買い食いしていたのだ。
(こうして屋台が並んでいるのを見ると、やっぱ祭りに見えるよな。ま、これがここの普通なんだと分かっちゃいるけどな)
そう思いながら茶色い紙袋の中から豚まんを取り出し口に運んだ。因みに龍斗が食べる豚まんはこれで4つ目である。
「んで? 龍斗君、いつまでここにいるつもり?」
霞が2つ目の豚まんを頬張りながら質問してきた。豚まん片手に歩きながら、思案顔になる龍斗。
「そうだな……あと2、3日ってとこか? そろそろエルグレシア王国に行かないと間に合わんかもな」
「随分呑気ね。事が事だっていうのに」
「慎重派って言ってくれるか。大体急いでるんなら2年も待たないしオリジアにも戻ってきてない。石橋叩いてるんだよ。俺が戻ってきたのは連の空手を習得するためだ」
龍斗達は2年間、修業期間と銘打ってとにかく力量のレベルアップを重視して活動していた。そして龍斗は、その最後の仕上げとして連の空手に白羽の矢を立てた。そうして冬のオリジアに来て、連に修行を頼んでみれば、何ということはない。連の空手も格段にレベルアップしていたのだ。それが昨年の12月27日の事。連の都合もあって修行が始まったのは年が明けた後。龍斗、レイア、ミーアの3人はそれから2ヶ月間、空手の習得に精を出した。その修行の成果は先程の手合せの通り、徒手空拳のみで連と互角に戦えるほどに成長した。もっともそれは龍斗の話。姉妹の方は筋力強化を以て2体1で戦ってやっと、といったところである。しかしそれでも一般人より力がついたことは間違いない。嗜み程度で鍛えてきたか、本格的に鍛えてきたか、という環境の違いであるため、比較するだけ野暮と言える。
「……にしても、騎士になりたいとはねぇ。冒険者の方がよっぽど気楽だし仕事選べるし、色々と楽なんじゃないの?」
「そうなんだが……なんというか、しっくりこねぇんだよな。自由すぎて性に合わない。やっぱどっかに仕える身というのが俺には一番合っている」
霞の質問に、難しい表情を浮かべて答える龍斗。父、祖父共に国お抱えの忍者集団に属していたため、自然と龍斗も主を定めてそれに仕えるという考えを持っていたのである。
「ハハ……俺は元々武士でも忍でもないし、霞は自由人みたいなもんだしな。そこまでの考えは無いや」
連が苦笑混じりに言った言葉を、龍斗は気付かぬ振りして聞き流した。
「さて、腹ごしらえも済んだことだし」
龍斗は紙袋を近くのゴミ箱に投げ捨て、レイア、ミーアを隠すように前に出た。その隣には連が、指を鳴らしながら肩を並べた。2人の視線の先にいるのはナイフを構えた男、一瞥しただけだがざっと30人はいる。
「こりゃまた結構な人数だねぇ」
「感心している場合ではありませんよ龍斗様」
「完全包囲されました」
レイア、ミーア、霞は2人に背を向けた。いつの間にか5人はナイフや槍、剣など様々な武器を持った気性の粗そうな男に取り囲まれていた。その内の1人、龍斗と連の目の前にいる男が口を開く。
「よう、坊主共。大人しくしててもらおうか。あんまり傷つけると金にならんからな、傷は付けたくないんだよ……特に娘3人は」
360度全体から下卑た笑いが聞こえてくる。その視線は女性の胸や下半身に集中していた。3人は同時に嫌悪感を顔に出した。
「観念するんだな、どの道この70人の包囲網からは逃げられねぇ」
「だってよ龍斗。10人ずつ、俺とお前で20ずつ。どう?」
「ふむ、なら無制限だろ。レイア、ミーア、折角だから槍無しで何処まで行けるかやってみるか」
『分かりました』
「あたしも基本自分の身は自分で守るから」
「さあ、大人しく縄にかかれ!!」
『お断りっ!!』
5人は一斉に動き出した。