第23話:魔法とは 2
「火の精霊サラマンダーよ、我が求めに応じその力をここに示せ、『ファイア』」
ミーアが伸ばした右手の先に突然何の前触れもなく炎が上がった。焚き火程度の炎が、消えることなく地面の上で揺れている。龍斗は目を見張った。
「ほう、すげぇな。焚き木も火種も無しに」
「ありがとうございます。といってもただ発火させただけなので。下級魔法ですけど」
褒められたことで笑顔になったミーア。場所はもちろん旅亭の裏にあるただの広場。ただし他人を巻き込まないようにと森の近くまで移動している。ミーアは顔を崩さないまま説明した。
「このように、呪文を唱えて一定の魔力を消費することで魔法が発動します」
「出た火はそのままか……て、このままだと山火事じゃないか?」
「ご安心下さい。私が消火いたしますので」
そういうと今度はレイアが両腕を上に上げた。
「水の精霊ウンディーネよ、我が求めに応じよ。汝の水の力を以てこれを滅さん、『ウォーターボール』」
空中で何かが弾けたかと思うと、そこには大量の水が浮かんでいた。レイアの腕が下ろされると同時にその水も下に動き、ミーアが出した炎の上へと落ちていく。小さな音と共に炎が消えた。それでも水が消えたわけではなく、まだ半分ほどの量が空中に浮かんでいる。水の球体は龍斗のそばを通り過ぎる。それを目で追っていくと、最終的にレイアの手中に収まっていた。
「術にもよりますが、下級魔法であればこのくらいの操作も可能となります。これが詠唱魔法と呼ばれるものです」
そう言うとレイアは両手を叩いた。パンッという音と共に水球は姿を消した。
「はあー、便利なもんだな。あ、そういや呪文ってのはいちいち違うもんなのか?」
「はい、火を操るなら火の精霊、風を操るなら風の精霊、とどの属性を使うかによって祈りを捧げる対象は変わってきます」
「……なるほどねぇ。けど、何か引っかかるな……発動させる条件って何だ?」
「はい、条件としては2つあります。1つは呪文を唱えること。そしてもう1つが魔力を消費することです」
「……魔力?」
龍斗は腕を組み、首を傾げた。レイアが説明を続ける。
「魔法を使用する時に必要となる力の事です。例えば走る、跳ぶ、剣を振る、といった動作をするには体力を消費しますよね。それと同じで、魔法を扱うには魔法を扱うための力を消費する必要があるのです。人によっては霊気、生気、などと呼ぶこともあるらしいですが」
「ふーん……ん? 霊気……気?」
レイアの言葉に引っかかるものを感じた龍斗だが、ひとまず流すことにして不思議そうに眺めている姉妹に続きを促した。
「あ、いや何でもない。んで? 確か魔法は3つあるんだよな。1つがさっきの詠唱魔法、残りは?」
「あ、はい。もう1つは回復系、です。これは魔力によって傷を治したり、体力を回復したりするものです。自身の回復はもちろん魔力を送ることで他の人の回復も可能です。効果は……既に体験されている通りです」
ミーアの言葉を聞いて龍斗は左腕の袖をまくった。物憑きの際、彼は自分で自分の手首を切っている。だが今その時の傷は何処にも見当たらない。気絶していた間に2人から回復魔法を掛けられたため実感はないのだが、自分で切り付けた傷を見間違うはずがない。それが跡形もなく消えているのはやはり回復魔法の効果なのだろう。因みにこの魔法、切り落とされてさほど時間が経っていないならまだ繋がる望みもあるらしいが、無いものを再生するということは不可能だという。
「そしてもう1つ。これは正確には魔法と呼んで良いのかどうか分かりませんが……一般に強化系と呼ばれるものがあります」
「強化系?」
「はい、これは文字通り魔力を体の強化に使うものです。一番多いのは筋力強化でしょう。実は私達が自在に槍を操れるのもこの強化の恩恵を受けていたりします」
「なるほどな。さほど筋肉があるように見えないのに、よく槍が振るえると思ったらそういうことか」
「……なんか軽く馬鹿にされてるような気がするのですが……」
「気のせいだろ。そうか、魔力、霊気か……気……気? あっ、待てよ、もしかしたら……なあ、その強化系ってのでさ、感覚を強化することはできないか?」
「感覚……ですか。少々お待ちを」
先程引っかかったことを思い出した龍斗の要求にレイアが答えた。彼女は静かに目を閉じると、1つ息を吐いた。すぐに龍斗は変化を感じ取った。
(これは……!!)
龍斗は足元に気配を感じ、地面を見た。だがそこには特に何かがあるわけではない。目に見えるのは土だけだ。顔を上げるとレイアはこちらを指さしていた。
「感覚を強化しました。これで目を閉じていても相手がどこにいるか分かります」
試しに龍斗は数歩動いては止まり、動いては止まりを繰り返した。それに合わせてレイアの指も動き、龍斗がいる位置を正確に指してくる。真後ろに回ってもちゃんと指してきた。そこで今度は後ろに下がる。暫くはこちらを指さしたままだったが、あるところを境にレイアは腕を下ろしてしまった。
(なるほど、ここが感知できる限界か)
龍斗は足元に転がっている少し大きめの石をいくつか拾い、レイアに当てない程度に適当に放り投げる。
「これは……石ですか?」
「そう正解」
「ひゃっ!?」
レイアは思わず身をすくめた。突然後ろから声を掛けられたからである。レイアが振り向くとそこには龍斗が悪戯を成功させた子供のような、意地の悪い笑みを浮かべて立っていた。レイアは驚いた。一度真後ろに来られた時はちゃんと感じ取った。だが今回は、一切気配を見せずに背後に立って見せたのだ。
「そ、そんな、いつの間に」
信じられないものを見たような様子のレイアに龍斗は種明かしをした。
「簡単なことだ。この感覚強化は地面の上にしか効果が無いんだよ。だからさっき投げた石の上を歩けば感知されずに済む」
「へぇ、そうなんですか……あれ? 龍斗様確か魔法については何も……」
「ああそうだ。確かに俺は大陸に来るまで魔法というものを知らなかった。だがこれは知ってる感覚だ。忍術の1つ、意識を気に乗せて周囲に分散させ、気配を探る『即応の霧』の失敗版。そうか、気か。そういうことか」
納得した声を上げる龍斗。1人呟くその声は、首を傾げる姉妹にも聞こえていた。
「ああそうか……忍術は、妖術は、夢物語のような力の数々は……『魔法』だったのか」
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