第22話:魔法とは 1
旅亭の裏にある何もない広場。商人が何かを建てようとして整備されたものの、計画が頓挫して放置状態となっている場所である。普段なら近所の子供達が走り回って遊んでいるのだが、その子供たちは今建物の屋根の下でただ呆然としていた。彼らが何故そのようなことになっているのか。それはその目の前に広がる光景を見れば明らかだった。
「無常の闇を斬り裂かん、『暁』」
龍斗は脇差を抜いて相手が繰り出した槍の軌道を逸らせた。それが地面に当たるのを見届ける前に龍斗は上体を後ろに反らす。先程まで彼の首があったところにまた別の槍が繰り出されていた。そのままブリッジをするように手をついて、足を跳ね上げ槍を蹴る。勢いそのままに後転し、体を起こしたところに2本の槍が同時に、左右から挟み撃ちの薙ぎでその胴体を狙う。跳躍することでかわした龍斗だが、すぐにその判断がまずいことに気付く。
「やべっ」
「隙ありです!!」
槍は平行になったところでピタリと止まり、そのまま上へと突き上げられた。空中では人間はまともに身動きできない。その隙をついた攻撃で、普通に行けば確実に一撃を入れられる。
だが龍斗は体を捻り、2本槍の間に体を納めることで場をしのぎ、着地と同時に脇差の柄を口に咥え、槍を持つ2人の間へと突進する。2人が槍を振り下ろす。だが既に槍の交差点より内側に龍斗の侵入を許している。龍斗は両手を広げ、2人の首を掴んだ。
『……参りました』
槍を持った2人、レイア、ミーアは脱力して槍を手放した。
「ああ、危なかった。危うく刺殺されるとこだった」
元気に走り回る子供達を見ながら、龍斗が水で喉を潤す。その左隣にはレイア、ミーアが並んで座り、彼と同じ水が入った木製のコップを持っている。ミーアが口を開いた。
「いえ、私たちなどとても。龍斗様の方が凄いですよ。まさか槍2本とやりあって勝ってしまうなんて」
「ハハハ、いや、あれは本当に運が良かった。確かに槍はリーチ長いし、2体1もきついが、手加減されてりゃあ、な」
うっ、とミーアが呻き声を出した。忍として何度も死線をかいくぐってきた龍斗の眼からすれば、さっき姉妹が見せた槍捌きは随分と甘いものである。例えば龍斗が空中に逃げた時。本気で仕留めようとするならば、穂先を上げて斬るのではなく腹や胸に突きを入れてくるだろう。幾ら命を狙うつもりで、と予告していたとしてもやはり仕える相手に攻撃するとなると心理的ブレーキがかかるものなのだ。
「朝話を聞いた時には半信半疑だったが……本当に強いんだな」
「私達の家は代々王国直属の騎士を輩出する武家の名門でしたので。女と言えどそれなりに武芸を身につけております。初めてお会いしたときに一緒にいた……あの黒髪の男性の言葉を覚えていらっしゃいますか?」
レイアの言葉で龍斗は瞬時に思い出した。姉妹と共に馬車の中にいた、黒髪黒目の元奴隷の男の事である。他とは何かが違うと感じ、ずっと印象に残っていた。
「ああ、そういや言ってたな。5人全員戦奴隷だ、とか何とか」
「そういうことです。……もっとも、私達の場合はそれだけではなかったでしょうが……」
2人の気が沈むのを感じ取った龍斗。これはまずいと話題をその男のことにする。
「あ、そ、そういやあの男なんか色々引っかかるんだよなー。態度や口調もそうだが魔法が使えるとか何とか」
『……え!?』
龍斗の言葉に2人は驚いた。が、2人が驚く理由が分からない龍斗はきょとんとするだけだった。
「ん、どうした?」
「龍斗様、あの方は本当に魔法が使えるのですか?」
「ああ、お前らが連れ去られた後追いかける時に、なんて言ってたか……『風の精霊シルフよ、我らに力を、フェアウィンド』だっけ」
姉妹は顔を見合わせた。目を丸くしたままレイアが龍斗の方を見る。
「……それは確かに呪文ですね。となると、やはりそれなりの身分だったのでしょうか……?」
「ちょっと待て。……あの時の様子、そんで今の言い様だと……魔法ってのはそう簡単に使えるものではないのか? いやそもそも魔法ってなんだ?」
「……ご存じないのですか?」
「小さな島国に魔法なんてものは無かった。大陸出身の母さんからも聞いた覚えはないな……」
物憑きが去って目覚めた後、龍斗は自らの過去について姉妹に語っていた。龍斗は基本的に自分の情報を他人に与えることはしない。しかし身内として扱う以上この2人には話しておく方が良いと判断したのだ。その反応と言えば、龍斗が姉妹の経歴を聞いた時よりも随分オーバーだった。もっともこれは、感情を表に出さない訓練を積んできた者とそうでない者との比較なので仕方のないことである。
そんなことを軽く思い出している頃にレイアが説明を始めた。
「魔法というのは……簡単に言えば、神に祈りを捧げる代償に神の力を具現化したもの、というところでしょうか?」
「……すまん、分からん」
「でしょうね……」
そうして2人で考えあぐねているとミーアが目の前に移動してきた。そして口を開く。
「だったらまず、見てもらうのが早いのでは?」
「……なるほど。龍斗様、如何でしょうか?」
「ふむ、百聞は一見に如かず。その方が早いかもしれんな。頼めるか?」
『はい!!』
2人は満面の笑みで返事を返した。
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