第20話:物憑きと……
「その……物憑き、とは一体、何なのですか?」
「!! ちょっ、ミーア、それは……!!」
単刀直入に質問してきたミーアに対してレイアが慌てた。恐らくは主人である龍斗にとって苦となるもの。それを口にさせるのはまずいと考えたのだ。だが龍斗が止めたのはレイアの方だった。
「あー、レイア、別に構わないから。分からなくて当然だからな、どうせならちゃんと教えとこう」
「……分かりました」
妹の方を向いていたレイアは姿勢を正して座り直した。龍斗も腹筋を使ってベッドから体を起こし、胡坐の状態に座り直す。
「始めに確認したいんだが……亡霊とか妖怪とかいうの分かるか?」
「ヨウカイ、は分かりませんが……亡霊というのは、死後人間の魂が現世に留まり、実体化する『ゴースト』のことですね? それならどこの大陸でも伝説が残っております。実際に見た人もいるようですが、あまり信憑性のない話ばかりです」
意外なことに姉よりも妹の方が早かった。龍斗は首を縦に振った。
「そうか、こっちでは亡霊か。早い話そのゴーストが俺に憑りついて俺の体を乗っ取ろうとしていたんだ。それが『物憑き』だ」
そう説明するとレイアはにわかに信じがたいといった様子で眉を顰めた。一方ミーアは顔を青くした。
「そ、それって、ゴーストに呪い殺されるということですか」
「いや、死にはしない、こともないのか。あいつが勝って俺の体を完全に支配するようになれば、今こうしてあんたらと話してる東龍斗という人格は消えるからな。2人共聞かなかったか? 俺じゃない、誰か別の奴の声を」
2人が首を縦に振った。その体には鳥肌が立っている。
「なら、奴が何を言ってたかも聞いてるよな。『殺す』『喰らう』『犯す』……奴はそういう欲の塊だ。正直あんたらがいない方が抑えやすかった。故に命令でも何でもいいから出ていってもらった。……すまなかった」
「い、いえ、奴隷が命令を聞くのは当然のことなので」
「そ、そうですよ!!」
頭を下げる龍斗に2人が慌てて声を出す。立ち上がろうとした2人だったが、続く言葉に力を失った。
「あんたらを巻き込むのは避けたかった。他の誰かを巻き込むのだけは、避けたかった」
部屋の空気がさらに重みを増した。まるで肩に鉛を乗せているように感じる。かなり逡巡した様子のレイアが口を開く。
「……やはりご主人様が抱えていらっしゃるものは、1人では重すぎるものですね……でも私達の力ではお役に立てないのですよね……」
そう言って顔を伏せた。再び鉛の空気が支配するかと思われたその時、龍斗の言葉が空気を変えた。
「いや、役には立ってると思うぞ」
「……え? で、でも……」
驚きのあまりレイアは声が出なかった。ミーアは途中で言葉を止めたが、2人のは同じことを思っていた。
(私達は何もしていないのに……)
それを察した龍斗は苦笑しながら言った。
「流石に今回は俺もやばかった。奴に飲み込まれるか、そうでなければ俺ごと死んでいただろうな。何せ、俺は気付けで自分の手首を切っていたんだから」
レイア達は4日目の朝、龍斗の部屋に入った時の事を思い出した。部屋中に鉄臭さが漂い、床には右手に脇差を持ち、左手首から血を流す龍斗の姿。彼が死んだと思ったミーアが泣きそうになるのを制し、レイアが脈を測ったところで初めて龍斗がまだ生きていると確認できた。流れた血の量から考えると少しでも遅れていたら危なかったかもしれない。
「……それでも、前の俺ならしなかったな。奴との戦いにてめぇの命かけるなんてな。今回それが出来たのはあんたらのことが頭にあったからだ。自分でもよく分からんが、奴があんたら2人を標的にした瞬間、俺は躊躇いなく刃を抜いてた。初めて知ったよ。血が抜けていくのと同時にあいつの力も弱っていった。直接じゃないが、今回あんたらは物憑きから俺を救ってくれた、命の恩人なんだよ」
ありがとう、と龍斗は再び頭を下げた。だが彼が顔を上げると2人は同時に溜息をついた。レイアが言う。
「物憑きを払うお役に立てたと言って下さるのは恐縮ですが、そのお陰で失血死寸前だったわけですから。結果から申し上げると喜べません」
「ふむ……そういやそうだな。まあ、終わり良ければ全て良し、てことで」
「全然良くありません!!」
龍斗の言葉にいち早く反応したミーアが叫び、室内の時間が止まった。
「ク、ククク……」
「フフ、フフフフ……」
誰からともなく笑いが始まった。
「……ところで、その、私達はどうすれば良いのでしょうか」
場が治まったところでレイアが曖昧な質問をしてきた。龍斗は首を傾げた。
「ん? どういうことだ?」
「いえ、その……ご主人様はご自分の死を予想されて……そうなれば命令する者がいなくなる私達の身を案じてあのような命令をされたのですよね?」
「その、結果的にそうならなかったのですから……私達は奴隷です。ご主人様にお仕えする義務が――」
「あー、それなんだがな」
龍斗は渋い顔で頭を掻いた。そして続ける。
「俺は自分が言ったことの責任はちゃんと持つ主義だ。だからあの時言った最後の命令ってのは撤回しない。これからどうするかは自分らで決めてくれ。俺は……つーか、最初からだけどあんたらを奴隷とは思っていない。ま、それだけだ」
龍斗がそう言うと姉妹はひどく困惑した様子でこちらを見ていた。やがて後ろを向いて2人でこそこそ話し合いを始めた。『即応の霧』を発動させて会話を聞き取ろうかとも思った龍斗だったが、結局それをすることは無かった。
「ご主人様、よろしいでしょうか?」
「んあ? ああ、結論出たか?」
腕を組み壁にもたれていた龍斗は重心を前にずらした。姉妹は互いを見ると最終確認で頷き合い、声を揃えて言った。
『私達は最後までご主人様にお仕え致します。有事の際には全力でお守りいたします』
「……ハァ、まさかこんなことになるとはなぁ。後悔先に立たず。言っとくが、命の保証はしないぞ」
「構いません。奴隷に身を落とした時から覚悟はしていました」
「それに、私達にはもう失うものはありませんし」
藍色の眼が2人の顔を注視した。そこには迷いが無かった。完全に腹を括り、覚悟を決めた者の顔があった。そこに嘘偽りのないことを見て取った龍斗は口を歪めた。
「フフ、ああそうかい。ならもう何も言わない。たださっきも言った通り、あんたらを奴隷とは見ていない。そして、俺は女にほいほい死んでもらうほど薄情じゃない。仕えてもらおうとも思っていない。あんたらに守られるほど弱くもないが……どうするか……んー……なら、家族みたいなもんとして扱うかね」
「え、家族……ですか!?」
「そ、そんなもったいない――」
「なら選択肢を与えよう。俺と対等の人間としてついてくるのか、ここでお別れか」
「うっ……」
レイアが言葉を詰まらせた。再び視線を交わした姉妹はまた頷き合って言った。
『承知致しました』
その返答に大きく頷いた龍斗は言う。
「なら色々と改善しないとな。まず対等な人間なんだから俺をご主人様と呼ばないこと。それから人間としての全権があるから、意に沿わなかったら楯突いてよし。食事も態々分ける必要もないし……そうかこれで妹2人か。ミーアが13、レイアが15か。あ、俺も……あ」
突然並べられる要求に慌てていた2人だったが、奇妙な声を上げたところで龍斗に注目した。彼はレイアに聞いた。
「今日って何日だ?」
「確か、10月30日ですが」
「あー……自分の生まれた日忘れてたな……いつの間にか16か俺は」
評価とかお気に入り登録数とかの数字が目に見えて上がってます。
ホント恐縮です。皆さん有難うございます。