第15話:無常の闇を斬り裂かん 6
デッツ率いる盗賊団はものの数分で全滅した。赤髪の男が言ったように、この盗賊団は元冒険者で力のあったデッツがチンピラをまとめて作ったものである。大した戦闘経験のないチンピラの中に、デッツと同じかそれ以上の力量を持つ者などいるはずがなかった。2、3人が敵討ちだと言って黒髪の少年、龍斗に挑むも、それは脇差『暁』により多くの血を吸わせるという結果に止まった。頭と同じ血の池に沈む仲間を見て、恐れをなした盗賊たちは我先にと洞窟から逃げていった。
(外道に救い在らず。己が所業を悔いるがいい)
その心の声に呼応するかのように、全ての最後の一手が龍斗の前に現れる。
「命令通り、全て片付けました」
「いやあ、話に聞いてたが、見事にその通りになってら」
「いやはや全く、見事なご慧眼。感服いたしました」
3人の男が口々に龍斗を持ち上げる。自分で考えた作戦が上手くいって満更でもない龍斗だったが、思わずにやけそうになった顔に力を入れ、最小限の笑いに止める。
「別に大したもんじゃない。俺が見張りの1人に成りすまし、中に入って頭を潰す。動揺して洞窟から出ていく盗賊をあんたら3人が斬り捨てる……軽くつついて敵を誘き出す、単なる啄木鳥戦法だ」
それはともかく、と龍斗は2人の女性に目を向ける。先程の経験からか2人の眼には不安と怯えの色が見えた。襲われる相手が変わるだけかもしれない。大方そんな見当外れな考えだろうと龍斗は男の黒目を見る。
「で? こいつら開放するのはどうすりゃいいんだ?」
「ふむ……本来は束縛の呪いをかけた者からその所有権を譲り受けるものなのですが……」
一般的な、しかし現時点では不可能な前置きの後に続ける。
「む……やはり、『真血の契り』しかありませんかね……? しかし、それをしてしまうと……」
今まで淀むことなく言葉を発してきたこの男が、初めて言葉を濁した。それ即ち、その方法をしてしまうと後が困るということなのだろう。だが彼の迷いを断ち切る声が出た。
「私達は……構いません。奴隷に堕ちたその時から、覚悟はしていました」
他ならぬ女性の声だった。今まで聞いたことのない彼女の声に男4人は驚きの表情を隠せない。……もっとも、黒目を見開いている男が驚いているのはそこではなかったのだが。
「……よろしいので?」
「構いません。攫われた時点で全てを失う覚悟はしていました。もっとも、呪いのせいで舌を噛み切ることは敵いませんでしたが……今は失わずに済んだ、その幸運で十分です」
透き通るような金色の髪を持つ女性が毅然とした態度で龍斗を見据えた。その青い目に、少々幼さを滲ませながらも大人が持つような風格と威厳を感じて少しのけ反る龍斗。視線が揺れてもう1人の女性に焦点が合った。この女性も、彼女と同じ決意の目をしている。
「こう申しておりますが……如何なさいますか?」
黒目を向けてきた男の声にもう迷いは無かった。後は龍斗の鶴の一声で全てが決まる。腕を組んだ後、龍斗は渋い顔で最後の確認をした。
「……本当にそれしか方法が無いんだな? それをしなければ彼女らはここで飢え死にするしかない」
「はい」
「何が起こるか知らないが、後がある」
「はい」
「……あんたらも、本当にそれでいいのか?」
『はい』
黒髪の男に念を押し、女性2人に最後の確認をした。深く息を吸い、大きなため息をつく。
「ハァ……仕方ない、その何とかってのをやるしかないか」
「――では、今言った通りにして下さい。そちらの方は……分かっていますね?」
龍斗と女性2人が頷く。それを黒目に映した男は結構、と一言残し男2人と共に壁際へと移動していった。特に意味はないのだが、言葉を他人に聞かれるのは倫理にもとる、とのことである。
龍斗は再び『暁』を抜き、左手の小指と薬指に刃を突き立てた。赤い液体が球を作っていくのを見届けると今度はその刃を女性2人に向けた。差し出された左手を裏返し、その小指の自分とほぼ同じ位置に傷をつける。赤い血が出てきたのを見て鞘にしまう。
龍斗は血が滲む2本以外の指を折り畳み、向かって左側にいた女性の小指に自分の小指を、もう1人の女性の小指には薬指をそれぞれ重ねる。指を離すと、女性達はそれぞれ自分の小指と重なった龍斗の指を口に含み、ついている血を舌で舐め取った。口から指が離れ2人の喉が動く。一瞬躊躇いを見せた龍斗だったが、彼女らに倣って1人ずつ同じように血を舐め取り、それを飲み込んだ。龍斗の動きを確認した女性2人は口を開いた。
『盟約神ミスラ、契約神ヴァルナの名において』
「レイア・フォルデント・マーティスが誓約す」
「ミーア・フォルデント・マーティスが誓約す」
『我が身、我が心、我が魂、我が全てを汝に捧ぐ』
2人が言葉を紡いだ後、3人の体が強い光に包まれた。薄く紫がかったその光が消えると同時に、2人につけられていた黒革製の腕輪と首輪が地面に落ちた。
「真血の契りの儀式はこれにて終了です」
男3人が近づいてきた。黒髪の男に目を向けようとした龍斗だったが、途中で動きが止まった。その様子に男が首を傾げる。
「如何なさいましたか?」
「あんたらはそれ、外さなくていいのか」
龍斗が指差したのは男の手首。男は両手を広げ、手の甲を見せながら上に上げる。手首にある黒革を見て合点がいった男は苦笑した。
「確かに同じ方法でも外せますが、あまりお勧めできない方法ですし……そうですね、切り落とさない限りは――」
「ならそのまま動くな」
突然龍斗が男の眼前に現れた。あまりに急なことだったので、幾筋かの光と風圧が通り過ぎる間、男の眼は皿のように丸くなったままだった。その間に金髪の男、赤髪の男も順番に同じ感覚を味わっていた。
数秒の後3人が正気に戻った。信じられないといった様子の顔で、握ったり開いたりを繰り返しながら両手を見る。彼らの手首にあるはずの黒革の腕輪は、既に大地の上に落ちていた。
「嘘じゃ……ないよな……!!」
「外れた!! 腕輪が!!」
「フ、フフフ……何たる僥倖」
三者三様に喜ぶ様子を見た龍斗は思わず口を歪めた。その右手にはいつの間にか抜かれた脇差を握っている。
「無常の闇を斬り裂かん……どうやら上手くいったようだな」
「しかし、よろしいので?」
未だ興奮冷めやらぬ様子で、しかし聞きなれた口調で黒髪の男が龍斗に問う。龍斗は脇差を鞘に納めながらそれに答えた。
「構わない、というか俺は奴隷制度と相容れるつもりはないからな。良かったなあんたら。これで晴れて自由の身だ」
その声は無意識のうちに低くなっていた。
ほとぼりが冷めた頃、金髪と赤髪の男は重ね重ね龍斗に感謝の言葉を述べながら洞窟を出ていった。今は黒髪の男を見送ろうとしているところである。元々彼らと一緒に出るつもりは毛頭なく、盗賊が溜め込んだ物品の中で剣が挿してある樽の辺りを物色していたのだ。何か気になる武器でもあるのかと思っていた龍斗だったが、すぐに見当違いだと分かった。彼が手に取って見ているのは細長い革製の袋。つまり剣を納める鞘を探しているのだと気付いたからである。彼が龍斗たちの方を向いた。丁度良いものがあったのか左手には皮袋に入った剣を持っている。
「この度は命をお救い頂き誠に有難うございました。重ねて奴隷身分からの解放。不肖この私、何とお礼を申し上げて良いものか皆目見当もつきません」
「おいおい、そんな大層な挨拶いらねぇって。出会いは一期一会、だから誠意を尽くしたまでだ」
龍斗が苦笑しながらそう言った。黒髪の男はいつもの不敵な笑みを浮かべているだけである。
「フフフ、左様でございますか。では最後に1つだけ。彼女達の事、宜しくお願いいたしますよ」
「ああ、ちゃんと次の町まで護衛していくさ」
「……フフフ、ええ、お願いします。そうそう、洞窟から出て右に少し歩いたところに馬小屋がございました。馬車もありましたのでどうぞご利用下さい。では、私はこれで失礼させていただきます。ご縁があればまた、お会いしましょう」
黒髪の男は右手を左胸に当て、恭しく一礼して去っていった。
(結局あいつが一番分からないんだよな。口調から態度から、常人とは違うんだが……まあいい、どうせ俺はこっちのことをほとんど知らないからな)
最後に聞いておいてもよかったのだが、龍斗は些細なこととして流すことにした。
「さて、あとはあんたらか。ここからじゃ、オリジアよりも次の町に行く方が早いんだよな……折角馬車があるってんなら使わせてもらうかね。それで良いよな?」
振り返り、女性2人の顔を見る。
『承知致しました、ご主人様』
「……は?」
口を揃えて述べられた言葉に龍斗は違和感しか覚えなかった。
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読んで下さっている皆様、本当に有難う御座います。黒髪黒目の男ではありませんが、本当に「何とお礼を申し上げて良いやら皆目見当がつきません」ww
拙い作品ですがよろしくお願いします。