第13話:無常の闇を斬り裂かん 4
このタイトルいつまで続くんだろう。予想以上に展開が進まないのですよ。内容的に大丈夫かなと思ってこのままですが……
何はともあれ、第13話です。
「おい、あったぞ。ここだ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよベリスさん」
レザーアーマーを着た4人が息を切らし木に手をつきながらやってきた。その視線の先には緑色のバンダナを頭に巻いた無精ひげの男が手招きをしている。
「馬鹿が、静かにせんか!! 気付かれたらまずいだろうが!!」
例のバンダナの男、ベリスは語気を荒げながらも小声で怒鳴るという非常に器用な真似をやってのけた。視線を戻すと3人の男達がワイルドボアの群れと戦っているのが見える。
「あいつらに見つかって命を落としてぇか」
赤髪の男は剣で的確に急所を突いているし、黒髪の男は動きが速く目で追うのがやっとといったところ。金髪の大柄な男など、明らか両手武器と思われるサイズのバトルアックスを片手でぶんぶん振り回している。その様子を見た4人は青ざめた顔で首を横に振った。
「分かってるじゃねぇか。うちの盗賊団に命知らずの馬鹿は要らねぇからな。さて、とっとと済ませるぞ。収穫なしじゃあデッツの兄貴に何されるか分からんからな」
ベリス一行はこのアサンの森を縄張りとして活動する盗賊団の一員、主に道路を通行する旅人や商人の馬車に襲撃し、奪ったものを売り払うことで荒稼ぎしている連中である。だが実際のところそのやり方には大きなリスクが伴う。他でもない冒険者の存在である。冒険者と一口に言ってもその仕事の幅は広い。野獣の討伐、遺跡探索、傭兵といったスタンダードな仕事の他に、配達や馬車の護衛といった仕事も請け負う何でも屋のような一面を持っているのだ。そして冒険者は強い。複数人で取り囲めば何とかなることが多いが、1人1人の力量となると冒険者の方がまず格上であると思っていい。故に彼らは安直な浅慮で人を襲うことはない。機会があれば野獣に襲われた馬車からめぼしい物を奪うという手段を使う方がセオリーとなっているのだ。
横倒しになっている馬車の裏手に隠れると、ベリスは腰からジャックナイフを取り出した。刃を幌に押し付け、一気に切り裂く。
「お、こいつぁ……」
ベリス一同は目を見張った。中にいたのは2人の少女。10代中盤と思われる金髪の2人は怪訝な表情を浮かべているがそれを抜きにしても端正で綺麗な顔をしていた。ねめつけるような視線で、ベリスはその全身をくまなくチェックしていく。
(服のせいで詳しくは分からんが、出るとこは出ているな……おまけに顔がいい。それに手の黒革……奴隷がつけてる呪いのアイテム『拘束の手枷』か)
「こいつぁ上玉だ。おい、2人1組で担ぎ出せ」
「イエッサー!!」
言うが早いか4人の盗賊は馬車へと乗り込み、2人がかりで1人を肩に担ぎ、外へと運び出す。
「ククク、今夜は楽しめそうだなぁおい」
飢えた獣のような目で下卑た笑いを浮かべたその時だった。
「何をしている」
突然のことに身を震わせ硬直した。が、ベリスは他の4人と違いすぐさま声の主へと顔を向けていた。そこにいたのは少女たちと同年代と思われる黒髪の少年。
(何だ、ガキか)
気を軽くしたベリスは4人に命令した。
「とっととデッツ兄貴のアジトへ持ってけ!! 直ぐ片付けて追いつくからよ」
「は、はいっ」
「待て!!」
「おっと、行かせねぇぞ」
ベリスは少年の行く手を遮った。右手のジャックナイフを目の前に突き付け、薄笑いを浮かべて少年に告げる。
「見たところ駆け出しの冒険者か何かか? あいつらの事なら諦めな。俺らでしっかりその体を楽しんでやるからよ」
その言葉を聞いた途端、少年の顔から表情が消えた。対照的にベリスは下卑た笑みを強めていく。
「ははっ、何だその顔は。気でもあったか? まあ何でもいい。お前がここで死んだって、野獣にやられたことにしかならねぇよ」
「1つだけ聞く。お前らは盗賊だな?」
「あ? だったら何だ? あれか? 怖くなったか。えぇ、坊ちゃん?」
少年は腰に挿していた黒光りする棒に手を掛けた。右手が上がると、見慣れない形の刃を持つ短剣が現れた。ベリスに多少の緊張が走るが表情は笑みを浮かべたままだ。
(まあどうってことはない。所詮駆け出しのガキだ)
「何だよ、自棄になったかお前」
「『俺が死んでも野獣にやられただけ』……そう言ってたな」
「ああそうだな、命知らずのお前にゃ似合いの死に様だ」
「その言葉、そっくりそのままお返しする」
ベリスの表情が一瞬で消えた。直後、その顔に青筋が立ち、歯ぎしりと共にナイフの切っ先がぶれ始める。
「ガキが……なめやがって!!」
怒り心頭のベリスはナイフで斬りかかった。だがその刃が少年に当たることはなく、力任せに振ったため体制が前に崩れていく。その瞬間、ベリスの視野の片端で何かが動いた。同時に首筋から何か冷たいものが走ってゆく感覚が出てきた。攻撃が当たらなかったことに驚きながら何かの方へと顔を動かす。だが思ったように体が動かず、非常にゆっくりとしか首が回らない。まるで時間の流れが遅くなったような感覚である。ベリスは内心苛立っていた。
(くそ、何が起きた!? 何が動いた!? 速く動けよ俺の体だろ!!)
ようやく視界がその何かを捉えた。そこには先程まで自分の目の前にいた――はずの黒髪の少年。無意識のうちに目が合った。
(何だ、あの目は。デッツ兄貴と同じ、人を人とも見ないような……いや、そんなもん比じゃねぇ、もっと冷酷な、そう、殺すことに慣れきった、命を奪うことに何の躊躇いもないような……何だあの短剣、あんな赤い色してたか……いやまさか)
その刹那、ベリスの視界は真っ赤に染まり、もう2度と元に戻ることはなかった。
「ああ、最悪だ」
頸動脈から鮮血を上げるベリスを見下しながら少年――龍斗が腕を振った。血糊を落とし、脇差『暁』を鞘に納めたちょうどその時、男3人が龍斗の元へ集まった。血の池に沈んだ男を見てぎょっとする2人。
「如何なされましたか」
唯一平静を保っている黒髪の男が龍斗に問う。龍斗は頭を掻きながら苦い表情で答えた。
「盗賊だ。あと4人、2人1組で馬車の中にいた女2人を連れ去っちまった」
流石の黒髪もこれには驚いた。金髪がすかさず発言した。
「なっ……けどよ、おかしくねぇか? 拘束の手枷はあんたとの契約で外されたろ。声の1つでも上げればいいんじゃ」
「……しまった、私としたことが……」
台詞の途中で黒髪の男が声を上げた。その顔は龍斗と同じ、苦虫をかみつぶしたような表情。
「何か知ってるのか」
「ええ、すっかり失念しておりました……女性奴隷の自由を奪っているのは拘束の手枷だけではありません。『束縛の呪い』もあるのですよ」
「呪いだと?」
「はい、奴隷の自由を奪う道具、呪いは1つだけではありません」
「何故2重に――」
「簡単なことですよ。……女性奴隷は性奴隷としての需要もありますから」
主人公側からの描写が難しかったので相手側にしてみたらすんなりかけたという←