第12話:無常の闇を斬り裂かん 3
「誰かー、生きてるか?」
声を掛けながら龍斗は馬車の中に入った。中の様子を見た瞬間、龍斗は目を見張った。馬車の中には男3人、女2人、計5人の人間がいた。だがそこには生気というものがまるで感じられない。薄汚れた白い服に身を包んだ一同はこうべを垂れて座り込んでいた。不安、絶望、諦念……龍斗に感じ取れたのはそんな負の感情だけだった。
その空気を作り出している要因の1人、最も御者台に近い位置にいた男が龍斗に気付き顔を上げた。
「……おや、どちら様ですか? 見たところ、冒険者とお見受けしますが」
男は目を細めた。薄暗い馬車の中に長時間閉じ込められていたため、龍斗の後ろから射す光が眩しいのだ。龍斗は光を受けるその顔に目を向けた。黒髪、黒目と大和人のような特徴を持っているが、それにしては肌色が白すぎる。冒険者、という言葉に眉を顰めるも、龍斗は渋々肯定する。
「ん……まあ、その通りだが。そういうあんたは大和人、てわけでもなさそうだな」
「ええ、仰る通り私は大和人ではありません。貴方は……いや、止めておきましょう。今は悠長にしている場合ではありませんしね」
(何だこの落ち着き払った態度は? 他の4人も、今の状況分かってるのか?)
男が言う通り、今は悠長にしている場合ではない。道路上ならまだしもここは森のど真ん中なのだから。しかし馬車の中にいる5人には慌てる素振りが無い。話しかけてきた男以外は俯いていただけだった。男の顔も無表情、何処か達観したようにも見える。
「では冒険者さん、我々に構わず早くお逃げなさい。いつまた獣が襲ってくるか分かりません故」
「は?」
龍斗も同じ結論に達していた。それ故に男の発言が信じ難く即答で反応してしまった。訳の分からない龍斗は問いかける。
「何故だ? 何故それが分かってて見捨てろと――」
「我々が『奴隷』だからですよ」
遮った男の言葉は非常に衝撃的だった。龍斗は驚きを隠しきれず、同時に歯を食いしばった。無意識のうちに力が入り、握り拳が小刻みに震えている。
「……奴隷……人を人とも思わぬ極悪非道……!!」
奴隷とは言わずもがな、他人に所有される立場の人間のことである。島国大和では、国の成立と共に単なる商売目的の人身売買は禁止されている。例外として大飢饉などの災害時、他にどうしようもなくて娘を遊郭に、という2つの場合に限り人身売買が認められるが、それ以外で行った場合は厳しい拷問にかけられる。余談になるが、大和では殺人は重罪。正当防衛が認められない限り罪人は極刑――即ち死刑。大和において命とは非常に重い物なのだ。
だが海を渡ったこちら側、ランドレイク大陸ではその常識は当てはまらない。こちらの世界では人身売買は当たり前のように行われている。殺人を犯した者が死刑になることもない。森の中で野獣に殺されたと嘘を言えばあっさり認められてしまうからだ。初めてそれを知らされた時、龍斗は今と同じように怒りを表したものだった。滅多に感情を表に出さない龍斗にしては珍しいことで、連や霞でさえ驚いたくらいだ。その時と同じように怒りを晒し、また同じようなことを思う龍斗。
(畜生が、人の命を何だと思って――)
だがその思考は突然起こった地震によってかき消された。たたらを踏むも何とか倒れ込むのを防ぐ。
(いや、地震じゃない。馬車が揺れてるのか……!! まさか!!)
耳を澄まし、荒い息遣いを聞いた龍斗は確信した。
「また来たか野獣共。お前ら、本当に死ぬ気か?」
「死にたくはないが呪いのせいで全く動けねぇんだよ。主の命令無しに動きまわれねぇ。奴隷ってのはそういうもんだ」
金髪の男が両手を上げる。その手首には他の4人と同じ黒革の手枷が付けられていた。重さで垂れる鎖を見て龍斗は苦い顔をした。
「解放しなきゃ動けない、か……ここまで来て見捨てろってのか……?」
「まさか我々を助けるおつもりで?」
「当たり前だ。こっちじゃどうか知らんが人の命はそこらに捨てられるもんじゃねぇ。全員助け出す」
ほう、と黒髪の男が声を上げた。そして龍斗に一つの提案をする。
「そこまで仰るのなら1つだけ手があります。我々と契約して頂けますか」
「契約?」
龍斗は男の黒目を見た。相変わらずの無表情だが目に光が戻っているように見える。
「ええ……皆さんも、ただ死を待つよりかはマシでしょう」
男の言葉に皆同意した。どうやらその契約というものをよって、少なくとも動くことが出来るようになるらしい。全員の意思を確認した龍斗は男に聞く。
「で、何をすればいい」
「本来なら法的手続きがあるのですが、形式上の事なので必要ないでしょう。簡単なことです。貴方の血をこの手枷につけて下さい。それで契約完了です」
「血、か」
龍斗は脇差『暁』を抜くと、左小指に切先を当てた。少し力を入れ、皮膚を破る。痛みに一瞬顔をしかめたが、血が滲み始めたのを見ると刃を鞘に納めた。
その血を男の手枷、手首に巻かれた革の部分につける。すると、手枷全体が淡く光を放ち、その光と共に鎖の部分が消えていった。それに目を見張りつつ他の4人の手枷にも血をつけていく。5人全員の鎖が解かれたところで、龍斗が呟く。
「さて、鎖を外したはいいが……」
馬車は相変わらず揺らされている。心なしかさっきよりも激しさを増しているように感じられる。
「2~3体じゃ済まないよな……」
「よろしければ、我々をお使い下さい」
3人の中では最も背が低い黒髪の男がそう言った。龍斗が見ると、解放した男3人が直立不動で立っていた。龍斗は3人に尋ねた。
「戦闘経験は?」
「俺は元々冒険者やってたんだ。ワイルドボア如きには負けない腕がある」
と金髪の男。馬車の中で最も背が高く筋肉質でガタイがいい。
「折角助けてもらったんだ。恩を返したい」
と燃えるような赤い髪の男。
「フフフ、私達は元々戦奴隷……戦闘の道具として売られましたので、皆腕に覚えのある者ばかりですよ」
と黒髪黒目の男。龍斗は更に質問する。
「得物は? 幾らなんでも素手は無理だろう」
「確かにそうだが、そんなこと言ってる場合じゃないだろう」
金髪の男がそう言うと、その前にいた黒髪の男が鼻で笑った。
「まあ貴方のように馬鹿力があるなら武器が無くても立派に戦えそうですが……」
「何だと!!」
「ご安心ください。あの商人、我々と一緒に武器の類も載せていましたので。使い慣れた得物ではありませんが、これも無いよりはマシでしょう」
よく見ると馬車の奥に大きな箱があった。龍斗が開けて中を見ると、細身の片手剣や斧などが入っていた。
「よし、それぞれ得物を持ったら一斉に出る。死に物狂いで戦うしかないぞ……死にたくなけりゃ、な」
その言葉を肯定し、それぞれ武器を手に取った。