第11話:無常の闇を斬り裂かん 2
(何なんだ、さっきの派手な音は)
龍斗は木々を飛び移りながら走っていた。地上を走るのは様々な野生動物に遭遇する可能性があるために危険である。この辺りに生息する動物は木の上に登ることはないので、これが最も安全な移動経路ということになる。
(そういやさっきの俺みたいに路上でも襲われることがあるんだよな。ということは、馬車か何かが森の中に突き飛ばされた可能性が高いな)
「其の速きこと風の如し……つっても変わらねぇか。もうちょい足速くならんものかね」
1人悪態をつく龍斗だが、その声に応えるものは誰もいない。焦る気持ちを押さえながら龍斗は森を突っ切っていった。
「あー、やっぱりな……」
音の発生源を見つけた龍斗は、木の上からその様子を眺めていた。案の定、そこには道路から突き飛ばされた馬車が1台転がっていた。恐らく馬車をそのようにした張本人、ワイルドボア数体が取り囲み、自慢の長い牙を以て馬車を大きく揺すっていた。馬車を引いていた馬は既に息絶え、巨体の猪がその肉を食らい始めていた。
暫く観察していた龍斗はあることに気付いた。耳を澄ましてみると、馬車が揺れる度に人間のうめき声が聞こえた。中にまだ人がいる。
(さて、体長は1メートル程のが3体か。『暁』……じゃあ時間かかるな。ならここは……)
龍斗は左手を背中に回した。麻袋と同じように、左肩から右腰へとたすき掛けした太刀の鞘を掴む。
「父さん、頼むぜ。……早霧の山に茜差す、『東雲』!!」
父の形見である太刀『東雲』の刀身を露わにすると木から飛び降り、着地と同時に横薙ぎの一撃を放った。それはすぐ傍にいたワイルドボアの前足を斬ったため、相手はバランスを保てず横倒しになる。隙だらけになったその首筋に刃を当てると、躊躇いなく刀を引いて血しぶきを上げさせる。と次の瞬間、気配を察知した龍斗は後ろに転がった。体勢を直して見ると、赤く染まった猪に進路を阻まれた別の猪の姿があった。
(ちっ、俺としたことが……気配捉えるの忘れてたな。だから俺はまだまだなんだ)
かすった左腕の痛みに顔を歪めながら自身に悪態をつく龍斗。だが今はそれどころではない。瞬きで気持ちを切り替え、太刀を両手で構え直す。
「森羅万象、無為自然、『即応の霧』」
そう呟き、今度は敵の気配を逃すまいと意識を全体に向ける。先程避けたワイルドボアがこちらに突進しようと動いた瞬間、龍斗は数歩分横跳びし、馬を食らう1体に向かって走り出す。こちらに気付いた猪は顔を振り、龍斗を弾こうとするが空振りに終わった。猪の背に跳び乗り、両耳の間に太刀を突き刺す。
だがその後のことを考えていなかった。猪が派手に暴れ出したため、太刀を抜くことも降りることも出来なくなった。両足で胴体をはさみ、太刀を握って振り落とされないようにしがみつく。流石にこの状態から普通に飛び降りれば無事では済まない。形見の太刀を見捨てる気は毛頭ない。暴れる反動を利用しつつ何とか片足を背中に上げた龍斗。太刀を握る手の力を強め無理矢理空けた手で脇差を抜く。
ワイルドボアが飛び上がり、後ろ足2本で直立するような格好になった。好機とばかりに龍斗は後ろ足の1つから鮮血を上げさせる。全体重がかかっている足が脱力しバランスが崩れる。その瞬間に龍斗は太刀を手放し、跳び下りた。倒れてもなお足をばたつかせる猪に背中側から近付き、体当たりを受けないようにしながら首や腹を滅多刺しにする。やがて動きが小さくなり、ぴくぴくと痙攣するだけとなった。頃合いと判断し、脇差を直した龍斗はワイルドボアから太刀を引き抜いた。血糊を振り払いながら気配を探る。
(もう1匹いたはずだが……まあいい)
太刀『東雲』を鞘に納め、龍斗は馬車を確認した。ワイルドボアの牙にやられ所々布が破れている。車輪は大破しているし木枠にもひびがある。馬車としては使い物にならないだろう。
(それでも中に侵入できるようなところはないな。ひとまずは無事か)
見当をつけた龍斗は馬の血に濡れた横向きの御者台から中に入った。
今までに比べると文量少ないかな。いつもは2000字越えなんですが。今回は1600ほどかな。別に意図しての事でないので特に気にしていませんが。