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龍の逆鱗  作者: 銀狼
島国『大和』
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第1話:四十九日明けて

 季節は夏、山の木々は新緑に染まり、空には雲一つない青空が広がっている。東龍斗(あずまりゅうと)は一人山道を歩きながら、日光を透き通す木の葉などを何の気なしに眺めていた。島中を歩き始めたのは約二ヶ月前だが、その時とはすっかり景色が変わっている。時折聞こえる野鳥の声に、あの鳴き声はなんという鳥だったかと思いを馳せる。だが今回はその思考を遮られた。

「よう龍斗」

「……何だ、遠矢か」

 立ち止まった龍斗の前には一人の少年がいた。齢十五、龍斗と同じ年に生まれ、同じ道を志してきた友人の一人、宮原遠矢(みやはらとおや)。突然声を掛けられたことで素早く身構えた龍斗だったが、黒髪に茶色い目の相手を認識すると警戒を解いた。それを見た遠矢は苦笑した。

「ははは、相変わらずだなお前は。家もそうだけど、生粋、ていうのかな」

「当たり前だ。いつ何が敵になるか分からんからな。とはいえ二ヶ月近くまともに動いてなかったら流石に駄目だ。気付くのが遅れたし、気が散ってた」

 ため息交じりに首を横に振る龍斗。それを見た遠矢も一つ息を吐いた。嘆息ではない。(むし)ろ安堵した様子である。

「安心した。龍誠(りょうせい)殿が亡くなった後大分落ち込んでたからなぁ。心配して損したぜ」

「そりゃどうも。まあ四十九日も終わったし、今日からまた修行を再開するつもりだ」

「……大丈夫か、本当に?」

 心なしか暗い声色の返答に、遠矢が念を押す。

「大丈夫だよ、なんのための四十九日だ。じゃな、俺行くわ」

 龍斗は笑いながらそう言うと山道を降りていった。後に残された遠矢はその後ろ姿を見ながら呟く。

「……こっちだって忍を目指してる身だ。目が笑ってねぇことくらい分かるってんだ馬鹿野郎」

 龍斗の目を思い出しながら、それでも彼を追いかけることなく山道を進んでいった。



 龍斗の家は忍としてそれなりに優秀な家であった。祖父の龍誠、父の遼一(りょういち)もまた忍として働いていた。物心ついた時から忍に憧れ、忍の道を志すのは自然なことだった。

 山を下りた後、自分の家の前を通り過ぎて大通りに出た龍斗。町の人々はいつものように商売をしていた。お客様は神様だ、という精神で誰に対しても丁寧に、円滑に会話を交わしている。

(けどこれも、一度豹変したことがあったな)

 龍斗は思い出した。街行く人々の目は黒か茶色。だが龍斗はそのどちらでもない。一見すると黒に見えるのだが、近くでよく見るとそれは青みがかった深い色、藍色であることが分かる。それは別に問題ではなかった。だが彼の母親の存在が問題だったのだ。この街にとっては、母が異質だったのだ。

 異国から流れ着いたという母はこの国にはない金髪、青い目を持っていた。その後家族全員で村八分を受けた。人は異質を排除しようとする。それが分からなかった龍斗はただ悔しさに涙を滲ませた。父と祖父の口論が記憶に残っている。真剣を持っての死闘が繰り広げられたことも覚えている。時間が経って母という人間が理解されていくと村八分もなくなった。



 龍斗はいつの間にか左手で片目を押さえていることに気付いた。軽く首を振って歩き続け、目的地に到達する。

 そこは修行場と呼ばれる場所で、何もない広場で何人もの人が手合せを行っているのが見える。それを横目に、龍斗は一つの小屋に辿り着いた。玄関先に立っていた人に名を名乗る。

「東龍斗です」

「おお、待っとったぞ。この度はその――」

「もういいですよ、その挨拶。聞き飽きましたから」

「……そうか。なら早速じゃが一つ頼まれてくれんか」

 龍斗と話していた人物、藤堂源二(とうどうげんじ)は一つの手紙を取り出した。見た目はただの杖をついた老人だが、かつては忍の最高位にいたこともあるという人物である。師範として若き忍を育てる今もその力は衰えていない。杖もただの杖ではない。中には鋭利な刃が隠されているのだ。性格もそれに似たようなもので、穏やかで気さくな所もあるが、忍という道に関しては一切妥協を許さない。自然災害など致し方ない障害に阻まれた時も情を捨てて忍を辞めろと切り捨てる、厳格な性格である。そのふるいにかけられて忍になることを諦めた人間が多くいることを龍斗は認識していた。

「この手紙を御蔵島の時田さんとこに届けてほしい」

「分かりました。出来るだけ早く届けるようにします」

「ほっほっほ、まあそんな急ぎでもない。他所の島の様子でもゆっくり見てくるがいいさ。それが復帰第一号の修業じゃ」

 源二はそう言って小屋へと消えていった。龍斗は首をかしげた。手紙の裏を見てみたり、日にすかしたりしてみるが、特に変わったところはない。

 結論が出たのは龍斗が自分の家に帰ってからだった。家にはもう誰もいない。その事実がきっかけだった。

(そうか、この島を出て、他所を見て気を晴らせと。藤堂さんらしい不器用なやり方だ)

 口角の一端を上げながら龍斗は家に入った。

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