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豚を飼う

作者: ごろー

6月25日

唐突だけど、僕は豚を飼っている。別に食べるためというわけではないし、ペットというわけでもない。だけど僕はこの豚達を健康に、病気ひとつなしに育てなくちゃいけない。とっても大変なことだ。まあそれが仕事だから仕方無いのだけど。



7月9日

今日の午後、豚が一頭引き取られていった。担当の小母さんと僕はお疲れ様です、と軽く挨拶しただけで、あとは二人とも黙って作業をした。豚がトラックに乗せられていくとき、太陽光が反射して、銀色のネームプレートがきらりと光った。そこにはスズキ、と書いてあった。



7月10日

今日の夕刊の一面に、スズキさんの腎臓移植が成功した話がのっていた。よかったなと思った。



8月16日

ずっと前から思っていたのだけど、豚、という呼び方だとどれがどの豚か分からないと思う。だから、これから僕はかれらを首についた金属製のネームプレートに書いてある名前で呼ぶことにする。君付けにしようか?それともさん付けにしようか?



8月31日

明日から二学期が始まるらしい。僕は宿題を溜め込むタイプだったから、この日にあんまりいい思い出がない。そういえば今日、新しい豚がうちにきた。ネームプレートにはヤマダ、と書いてあった。



9月23日

暦の上じゃもう秋だというのに、今日もかなり暑かった。僕は豚しかいない部屋の中で一日中うだっていた。今日は誰にも会う予定がなくて何だか寂しかったから、「今日も暑いねえ」ってなんとなく豚に声をかけた。

「ぶう、」

ヤマダさんだけ返事をくれた。



10月31日

気がついたらもうハロウィンだった。最近、ちょっと忙しかったから日記を書く暇がなかったのだけど、ちゃんと書けてよかったと思う。今日は学生時代の友達から、ひさしぶりに電話がかかってきた。飲み会のお誘いだった。だけど僕は豚の面倒を見なきゃいけなかったから、丁寧に断っておいた。僕は寂しくなって豚と僕とをへだてる柵に寄りかかって、行きたかったなあ、ってつぶやいた。

「ぶう、」

ヤマダさんがまた返事をくれた。



11月3日

今日は祝日だ。近所で大きな祭りがあるみたいで、うちの前の道がヤケに混んでいた。小母さんからの連絡で、もともと今日だったサトウさんの引き取りは明日になった。



11月4日

今日は昨日のこともあって、小母さんがうちに来た。急ぎの用らしくサトウさんは午前中のうちにさっさと引き取られてった。僕は寂しいね、ってそこにいたヤマダさんに思わず声をかけた。

「ぶう、」

ヤマダさんは返事をくれた。利口な奴だ。



11月5日

今日の朝刊曰く、サトウさんのすい臓移植が成功したらしい。いい話だ。



11月26日

昨日と今日は仕事で出張だったから、豚の世話は小母さんに任せた。大きな会合だったんだけど、上司もいたし、顔なじみの人がたくさんいたから安心できた。僕達は仕事がいい感じで進んでることをいろんな人にほめられた。うれしかった。帰りの列車の中で、上司が次の計画を話してくれた。豚を一人につき一頭から、中身がかぶらないなら二、三人に一頭にするそうだ。もしそうなったら、僕は豚をなんて呼んだらいいか迷いそう。だってネームプレートがいくつか付いた豚がやってくるんだから。



12月12日

今日は気分が良かったから、12時12分12秒にコーヒーで祝杯をあげた。もちろん一人で。



12月24日

本日は日本では恋人達が愛を語り合う日だけど、残念ながら僕に恋人はいない。だから、今日は一人でホールケーキをつついた。食べきれなかった分は明日に回す予定。


追記

恋人がいないというか、そもそも出会いがないという愚痴をぼやいてたら、ヤマダさんが相槌をくれた。



12月31日

もう年の瀬というか、一年ってこんなに早かったっけ?って感じがする。今日は正月に仕事で帰れない僕を心配してか、母さんが電話をくれた。開口一番、「孫の顔が見たい」だってさ。それ以前に、僕には恋人も出会いもないのだけど。まあでも、ひさしぶりに母さんの声が聞けてほっとしたな。そういえば、うちの豚達の母さんって何になるんだろ。利口なヤマダさんに聞いてみたけど、今日は返事がなかった。



1月1日

あけましておめでとうございます。



1月23日

今日は1,2,3の日だった。数字遊びのついでで、ヤマダさんに冗談で1+2はいったいいくらか聞いたら、豚用のカラーボールを3つ運んできてくれた。正解だった。



2月14日

今日はバレンタインなので、チームの後輩からチョコをもらった。手作りだった。



2月18日

雪がちらついていた。今日は午前中にナカタさんを見送ったと思ったら、午後には新しい豚がうちに来ていた。キタガワさんは結構おとなしい奴だった。



2月19日

今日はナカタさんの心臓移植が成功したことに便乗してか、テレビで子どもの心臓移植の難しさについてやっていた。キタガワカナちゃんが、再生した心臓を心待ちにしているとのことだった。



3月9日

今日は新しく豚のタカハシさんがうちに来た。晩飯の生姜焼きを食べてたとき、なぜかタカハシさんは僕の方をじっと見ていた。なんだかへんな気分になった。そういえば、暖かくなってきたからヤマダさんに春のあいさつをしたら、ちゃんと返事をくれた。



3月14日

ホワイトデーだ。僕はチームの後輩にこないだのお返しをした。何がいいかわからなかったから、無難にお菓子ですませた。



4月13日

朝早くにナカガワさんが引き取られてった。ヤマダさんと1番仲良かった奴だ。今日は一日中ヤマダさんがぶうぶううるさかった。



4月14日

同僚が夕方に電話をくれた。テレビの特集を見ろ、という指令だった。だけど時間がなかったから録画で済ませた。



4月20日

今日は僕の誕生日だった。プレゼントになぜかスリッパをもらった。



4月29日

今日は休みだったから、いつぞやに録画していたテレビ番組を見た。国内で豚を使った再生医療が始まって5例目の、ナカガワさんの手術が成功した時の記念の特集だった。豚の特別な卵に人間の特別な細胞を注入してどうのこうの、という話を思いのほかくわしく説明していた。知り合いの顔がちらほら映っていた。すごいね、と僕はスナック菓子を食べながらつぶやいた。

「ぶう、」

ヤマダさんはちょっと悲しそうに返事をくれた。そういえば僕、ヤマダさんが来る前に豚を二頭ほど小母さんに引き渡してたなあ。



5月5日

今年の大型連休はどこへも行けなかった。ま、去年もだったけど。僕はうちで映画ばかり見ていた。ホラー映画見てた時に、お化けが登場するシーンで、一緒にいたヤマダさんがパニックになってた。去年はだれもそんなことなかったのに。



5月23日

最近、なにも用事がないのに「ねぇ、ヤマダさん」ってヤマダさんを呼んじゃうことが多い。ヤマダさんはいつも飽きずにちゃんと返事をくれるからうれしい。



6月16日

今日は一日中雨だった。イケダさんがうちに来た。もちろん豚だった。小母さん曰く、かれにアルコールを飲ませるのは禁止、とのこと。なんでも肝臓に悪いからとか。豚が酒を飲むのかねえ。



7月7日

今日は朝から昼過ぎまで雨だったけど、夜にはキレイに晴れていた。そういえば七夕だった。職場の隅の笹の葉に、「恋人ができますように」って書いた短冊をかけておいた。



7月18日

今日は夕方になってから小母さんがカトウさんを引き取りにきた。かれは特別で、僕のうちに2年もいたから、別れるのはなんだか余計に寂しかった。ヤマダさんもさみしそうだった。



7月20日

カトウさんの肝臓移植成功のニュースは、今日の新聞の地域面にちいさくのっているだけだった。カトウさんは結構なおじいさんだった。



8月20日

お盆に帰省できなかった代わりに今日、実家に帰ってみた。ひさしぶりの母さんの手料理はおいしかった。



8月29日

今日は新しい豚を引き取った。カワグチさんだった。最近夏バテ気味で辛い。ヤマダさんに辛いかどうか聞いたら、元気のいい返事が返ってきた。健康そうで何より。



8月31日

今日でヤマダさんと出会ってちょうど一年になる。だけど悲しいことに、僕んちで預かってる豚は一年きっかりで小母さんに引き取られていく。だから、今日はヤマダさんとのお別れの日でもあった。僕はいつも通り作業を終えた後、なんだか寂しくなって何度かヤマダさんの頭をなでてやった。トラックが出発するとき、僕は大声でバイバイ、って言って手を振った。

「ぶう、」

ヤマダさんもいつもより大きな声で返事をくれた。



9月1日

朝、テレビで臓器移植の成功のニュースをやっていた。誰かがインタビューを受けていた。もちろん人間だった。テロップにはヤマダと書いてあった。脳の一部を移植したらしい。ヤマダさんはテレビの向こうでにっこりと笑っていた。僕はふいに囲いの中が気になった。そして、いつものようにかれに声をかけた。

「ねぇ、ヤマダさん」

柵の向こうから、声はなかった。僕はヤマダさんがもういないことを思い出した。だから、寂しいねえって空に向かってつぶやいた。

「ぶう、」

柵の向こうから、別の声が聞こえた。


読了ありがとうございました。

この小説に関する疑問や矛盾点などあればどうぞ遠慮なくご一報ください。何分分かり辛い物語設定なので。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最初、人間を飼っていて豚扱いしているのかと思いました。 臓器移植のために飼われている豚という事でしょうか? 仲良くなったヤマダさんとの別れ。 寂しさを感じさせる味わいのある内容でした(´・…
[一言] ……なんというか、不思議な話ですね。  もう少し詳しい設定がほしいと思いましたが、場合によってはこういった話もいいのかなとも思いました。
[一言] 面白かったです。 自分もこんなシュールな話を書きたいです。 でも読んじゃったからもう 「動物の○○を人に移植」 ネタは使えない… まあ仕方ないですかね。 時間があったら作者さんの 他…
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