エピローグ
バーベキューをしようと言ったのは、いったい誰だったのか。
アーリウスは丘の上に大きな荷物を置くと、ため息をついてしゃがみ込んだ。後から登ってきたシャークイッドが運んできた廃材を使って、簡易の日除けを作る。更に後から前髪を汗で額に貼り付けたトウも現れた。男三人の淡々とした淀みない流れ作業のおかげで、バーベキューに必要なだけの準備が整った。
天候は良好。風速も平常に比べて穏やか。いかにもアウトドア日和である。
「はー、やっとついたぁ!」
周りの準備が整ってから少しして、遠足にやってきた子供のようにニコニコしながらハナグサが現れた。その後から好奇心一杯に周囲を見渡すディアナ、そしてヨセウ、マリスと続いた。
ハナグサはいかにも楽しそうに蒸留水で手を洗い、ハンカチで拭いながら早く手を洗うようにすすめた。
「きれいで冷たい水はまだまだあるんだから、ちゃっちゃと手を洗いなさいよ!」
ストレッチして体をほぐしながら、その言葉に男性陣は一様に顔をしかめる。
(その水をここまで運んできたのは俺達だっての!)
内なる本音は奥底におもりを付けて沈め、早速手を洗いに向かった。
「マリス、大丈夫?」
「うん、平気。ヨセウ」
新調した帽子を風に飛ばされないよう片手で押さえながら、ヨセウが頬を上気させたマリスを気遣って言葉を掛けていた。
アーリウスが気づいた時には、すでにマイ包丁を片手に持ったハナグサがただならぬオーラを背にまとい、食材を取り出していた。普通の人間ならば近づけない彼女のアシスタントについたのは、唯一耐性のあるトウだ。
「ハナグサ。生ゴミは、これ」
静かに発声するトウの言葉が、不思議なことにハナグサの周りを小さいお花畑に変えてしまう。さらには、少しでもトウがハナグサに触れてしまえば、彼女の顔は火を噴いたように赤くなった。その様子を、アーリウスは薄い笑みさえ浮かべて眺めた。
「そういや、本来の目的を忘れてたな」
アーリウスはおもむろに立ち上がると、伸びをした状態で少し離れた場所を目指した。
ここは風通しの良い、つらい記憶の残る場所だった。けれど今は違う。以前のように周りが黄砂に埋もれているだけでない。肌で感じられる生命の息吹があたりを満たしていた。
「ずいぶん、変わったな」
辺りを注意深く見渡して、アーリウスは関心のため息をついた。
「へへ、かなり苦労したんすよ」
墓標の前に膝をついたシャークイッドが、自慢げに胸を張った。
何もなかった黄砂の砂漠に、埋もれるようにして伸びる細い線。
シャークイッドが悪戦苦闘しながらも、日参して何キロも離れた場所から水が引いてきたパイプの影だった。
「でも、そろそろ日参するのは無理っすね」
「どうして……?」
「わかったんす、アイツが……ゼロヒトが何を言いたかったのか。アイツのために、何も無い所に何かを与えようとしてきて、初めて植物の芽が土から顔を出したとき、感じたんすよ」
シャークイッドが顔を俯けて鼻水をすすり上げた。アーリウスもそんな彼に何がわかったのかは聞かなかった。
戦闘機と使い手は、薄い絆で繋がっているわけではないのだ。トウやマリス、そしてディアナとの絆がそうであるように、ずっとずっと強い繋がりがあるのだと思う。
風に乗ってきた香ばしい香りに鼻をくすぐられ、近づいてきた賑やかな声に二人は振り返った。
「ほーら、ハナグサさま特製のソーセージも焼いたわよっ!」
大皿いっぱいに盛られたソーセージやローストビーフが、トウの運んできたちゃぶ台に乗せられた。
緑の絨毯の上に胡座をかいて最高の仲間と笑い、語らいながら食べる昼食は最高だった。
fin...