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宵闇の戦闘

 理事長の導きにより、連れて来られたのは学園に残る旧校舎だった。

 蔦が這う外壁はついこの前ここにやってきた時と変わらず、薄暗い雰囲気を漂わせている。しかし今回はディアナと対面した奥の部屋ではなく、町全体を見下ろせる展望部分だった。

 大きく切り抜かれた壁から満点の星空と、赤々と燃え猛る大きな炎を見ることができる場所にふたりは連れて来られた。


「怖がる必要は無いですよ」


 手に箱を抱えて戻って来たやつれ顔の男が一歩踏み出して、ディアナに言う。

 重い木戸を閉め、その前に立ち塞がるようにして理事長が扉に背を預けた。


「痛くも何ともない。ただこのバングルを付けて貰いたいだけですからね」


 男は言って、手に大事そうに抱えた木箱を開けて見せた。小さく縮こまってしまったディアナの代わりに、厳しい色を隠しきれないアーリウスがその中を覗き込む。

 中には大きなオパールが嵌め込まれた美しく滑らかな装飾品の腕輪が、純白の絹に包まれて人の手に付けられる時を待っていた。


「ディアナ」


 アーリウスは厳しい目で扉に凭れ掛かる理事長に確認を取ってから、ディアナを振り返った。

 少女は大きな瞳でアーリウスを見上げ、細く白い腕を黒い制服の下から何の疑いもなく差し出した。やつれ顔の男が木箱からバングルを取り出してディアナの腕に取り付けようとする。

 刹那、四人の頭上で爆音が夜の深い闇を引き裂いた。





*  *  *





 大勢の人間が激しく押し引きを繰り返し、血を流して怒号が木霊する前線。そこから遠く離れ、一人ひとりがごま粒ほどに見える場所に簡易テントが張られた避難所と救護所があり、そこに第二部隊が列を成して続々と集まっていた。

 誰の目にも大きな不安を抱いているのが読み取れる。


「誰か棉を持ってきて!」

「科学室にエタノール液があったでしょ!? 棉は予備も持ってきて使って!」


 立て続けに起こった爆発に巻き込まれた一般市民がベッドの上に力無く横たわっている。中には胴体から切り離された腕を、一縷いちるの望みをかけて持ってくる者さえいた。

 血臭は瞬く間に救護所を満たしていった。


「やべぇな」


 シャークイッドは手に水桶をぶら提げて呟いた。

 目の前には肩身を寄せて縮こまる避難民と、駆けずり回る救護部隊の姿がある。

 一般の住民街は学園より南下し、末広に位置している。

 爆発はその住民街を取り囲む強固な防護壁を破壊する目的で放たれたものだった。

 今は全く静かではあるが、前戦となればそうもいかない。

 シャークイッドはたぎる血を抑えるも、目に宿る眼光が鋭くなってしまうのを隠し切れないでいた。


「……あの、働いてください」


 控えめな声が呆然と立ちすくんでいたシャークイッドの肩にかかった。

 マリスにぴったりと寄り添って、工具箱やどこかその辺からかき集めて来た布切れを抱え込んだヨセウがいつものようにおさまりの悪い髪の毛を帽子の下に隠して立っていた。


「はいはいっと」


 シャークイッドは大きく肩を竦めて見せ、改めて周りを見渡した。それから手元の水桶を見やって、大袈裟に溜息をつく。


「俺は戦場でこそ花咲く男なんすよ? ここで水汲みしかできないのって、男として廃るっていうか〜」

「そんなに早く戦場で散りたいのですか?」

「ヨセウには建前とか、気使いってないンすか〜? っていうか、隊長は何してるんっす! 俺はこんなとこで遅咲き……いや、このまま枯れちゃうかもしれないのにっ!」

「……そんなどうでも良い愚痴に、私を巻き込まないでください」


 ヨセウは一言でシャークイッドを一蹴すると、マリスを連れて踵を返そうとした。


「……そうでした。言い忘れていましたが、ハナグサが呼んでいますよ」

「は? 俺を?」


「えぇ」ヨセウはシャークイッドと並ぶと、薄く白い歯を見せるようにして口を開いた。


「早く水を持って来ないので、ご立腹の様子でした」


 彼女は言うと、ふと視線を他へ向けて呟くように言った。


「そういえば、ゼロヒトの姿が見えません……」


 そして、キョロキョロと人ごみの中を捜すフリをする。

 背の高いヨセウでも見つけられなかったようだ。暫らくすると不安そうな目をして振り返った。その物言いたげな目を見て、シャークイッドは全てを察した。

 戦闘機に感情は備わっていない。その為、自分が置かれた状況は戦闘時以外では把握する能力が極めて乏しい。戦闘機と使い手の関係もその点を踏まえると、使い手からの一方通行である。

 使い手の性格に見合った武器。その細く薄い関係が両者を繋ぐ糸となる。それは、感情の交じる確固とした絆からは程遠いものであるのが現実だ──。


「……大丈夫っす。ゼロヒトは俺の戦闘機っす。俺が、絶対見つけて来るんで」


 シャークイッドは桶の中で揺れる水を見た。


「早く、見つけてあげて」


 ヨセウに気遣うような声をかけられた。


「そうよ、ゼロヒトがかわいそうじゃん」

「うわっ、ハナグサ!? いつの間に」

「いつの間に? ついさっきよ」


 水の件で気まずそうに視線を遠くに向けるシャークイッドを見上げて、ハナグサは笑った。それから目元を鋭くして口を開く。


「あんまり遅いから来ちゃったし。もういいから、早くゼロヒトを迎えにいってあげなさいよ。アホ、怠け者」

「……軽く傷ついたぞ」


 シャークイッドは軽くよろめき、空を仰いだ。その間にハナグサは医務専攻の先輩に呼ばれ、なみなみと水の入った桶を持って救護所へ戻っていった。ヨセウも軽く頭を下げて、マリスと共に人ごみの中へ消えていく。

 後に残されたシャークイッドは、鋭い眼光をして旧校舎の最上階を睨みあげた。次の瞬間──爆発が上空で起こった。





*  *  *





 爆撃の砂煙に巻かれ、咳き込みながらアーリウスは目を眇めて見上げた。

 爆発の余波から細かいレンガの破片などが撒き落ちてくる。


「アース!」

「ディアナ!?」


 爆発前まで背後に庇っていたはずのディアナの叫び声が、頭上から降り注いできた。

 アーリウスが声のしたほうを振り返ると、旧校舎の壁が一部崩壊しているのが見える。

 凄まじい音を立ててレンガが雪崩れ落ち、地上からは大勢の悲鳴が木霊して聞こえてきた。

 彼は舌打ちをして足に力をこめる。落ち着き始めた砂塵の下に伸びている二つの影を確認すると、彼は夜気の垂れ込む屋上へと跳躍した。

 視界の悪い場所から周りの風景が一気に鮮明になり、と同時に首に腕を巻かれて拘束されるディアナの姿もすぐに見つかった。

 アーリウスは屋根に飛び乗ると、ディアナの背後に立つ男の影を睨み付けた。

 月光に照らされて黒々と浮き上がったその姿は、牙を剥いたコウモリの姿を思わせた。

 先ほどとは一転し、アーリウスは苦しそうに顔を歪めながらやっとの思いで言葉を吐き出した。


「……ディアナから手を離してやってくれ」


 月光の下、艶やかな金髪が細い線を描いて流れる。

 名前を呟くとき、アーリウスの声に影が差した。


「──ゼロヒト」


 次の瞬間ディアナの顔から血の気が引き、彼女は首を捻って男の顔を振り返り見た。

 ディアナの目に映った青年は、やはり彼女の見知った顔をしていた。


「ど……うし、て?」


 途切れ途切れになる言葉を紡ぐ少女に、青年は無表情に答えた。


「陛下がお待ちです。ディアナ──いや、如来比如にょらいひじょ

「ゼロヒト……?」


 ディアナとアーリウスの声が重なった。

 ゼロヒトはディアナを捕らえる腕に力を込めると、指先の一部を武器化させて半歩後退した。ナイフのように鋭利な刃を備えた彼の腕が月明かりの下、仄かな青白い光に包まれる。

 今にもディアナの首を切断してしまいそうな鋭利な刃物を前に、アーリウスは動きを封じられて歯噛みした。

 その時、小さなつむじ風が沸き起こったかと思うと、砂埃に埋もれた部屋の扉が蹴り破られた。新たな敵襲かと身構えたアーリウスの目に、肩を大きく上下しているシャークイッドが映り込み、彼は思わず天を仰いだ。


「ディアナを離せ、ゼロヒトッ!」


 高々と跳躍し、闇夜に弧を描き屋根に着地するとシャークイッドは開口一番に怒鳴った。ゼロヒトの様子を見ると、彼はさらに半歩後退し、表情は鉄板のように硬く無表情を保ったままである。

 アーリウスが怒気を滲ませて一歩足を踏み出したところで、ゼロヒトは鋼色に光る鋭利な刃物をグッとディアナの細い首筋に押し当てた。


「やめろ、手を離せよゼロヒトッ! さっきから何してんだよ! マジでわけわかんねぇし。ディアナが必要だっつっておいて殺そうとすんな!」


 アーリウスが叫ぶと同時に、構えていたシャークイッドが前方に躍り出た。

 自慢の瞬発力と足の頑丈さを利用し、靴の踵に仕込んでいたダートをゼロヒトの足へと向ける。通常より何倍も速さを増した凶器は真っ直ぐにゼロヒトの左足へと向かった。しかし、ゼロヒトの武器化された足に軽々と弾き飛ばされ、硬質な音を立ててダートは近くの屋根に突き刺さる。

 第二発目を打ち込もうとシャークイッドが足を振り上げた。軌道は絶対に外さない自信があるし、相手の動きは長年連れ添ってきたパートナーということもあって熟知している。だがそれは、相手にとっても同じことだった。

 ゼロヒトはディアナを屋根の端に突き飛ばし、シャークイッドと同じように跳躍すると両腕を肩から指先にかけて刃物に変化させた。

 シャークイッドが腹を決めた様子で迎撃に備えていると、一瞬、ゼロヒトを見失う。

 シャークイッドが冷たい月を背にして、一刻も早く姿を捉えようと辺りを見回している間に彼の背後で血飛沫が飛んだ。

 屋根の隅に転がされていたディアナの目が、大きく見開かれる。

 シャークイッドより少し離れたところで、袈裟懸けに切り傷を負ったアーリウスがゼロヒトの剣を受けていた。

 剣を受けた衝撃で口の中を切ったのか、赤い血を口の端から流しているのが見える。

 アーリウスは次々と繰り出される重い攻撃に剣でなんとか返してはいるものの、相手の一振りを受けるごとにその身が沈み、体力的に不利であるのは端から見ても明らかだった。

 ゼロヒトはシャークイッドが背後をとろうとするたびにうまくかわされ、ゼロヒトとはアーリウスを挟んだ向かいに立っていた。

 この状況下でダートを投げるのは、あまりにリスクが高すぎる。


「そうか、アイツにとって俺はディアナより大きな欠点になるわけだな」


 すべてを察したアーリウスがゼロヒトに向かって皮肉な笑みを見せた。


「そうです」


 無表情にゼロヒトは答えると、両刀を振るった。耳障りな金属音があたりに響き、折れた刃が瓦礫の上に転がり落ちた。


「アーーースーーーッ!!!」


 ディアナの絶叫が、辺りに立ち込める夜気を切り裂いた。

 ぐらぐらと視界が揺れる。

 アーリウスの体は血沫を滴らせながら、ディアナの眼前で屋上から消えた。

 ドサッという音と瓦礫がかち合わさり鳴り、砂塵が舞った。

 ゼロヒトは無表情のまま、瓦礫に覆われた展望部分に倒れる血まみれのアーリウスを見下ろしていた。


「あ、アース……」


 大きな瞳に涙を浮かべ、ディアナが這うようにして屋根に大きく開いた穴を覗き込んだ。

 その時、倒れ伏したアーリウスを見下ろしていたゼロヒトに風受けのついたダートが飛んだ。

 それをゼロヒトはハエを落とすように武器化した腕で叩き落とし、肩を怒らせて目を血走らせたパートナーをいつもと寸分も変わらない様子で振り返った。


「もう許さねぇッ! ゼロヒトぉおぉおおーー!!!」


 シャークイッドが大きく跳躍し、それぞれの剣が激しく打ち合わされた。

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