彼岸花
せめてもの救いは、母が運動会を見に来ていなかったということだ。
「おかえり。運動会どうだった?」
どうだった、ね……。答え方に迷う俺に、
「また最下位だったんでしょ? 少なくとも1位ではないわね」
と助け舟を出してくれた。
「……そ、ドンピシャ」
あの事件のことは到底、自分の口から出そうにない。いつかは噂として母の耳にもまわってしまうだろうが、それでも自分から言う気にはなれなかった。
冷蔵庫の中に入っているキンキンに冷えた麦茶でも飲んでゆっくりしたかったが、あの事件以来、猛暑日だというのに飲まず食わずで今まできたのだ。午前中の最後の種目だったので昼飯の弁当も食べておらず、村上がとても心配してくれたのだが、俺はただ頷くことしかできなかった。
自室に戻り、まずは水筒の中のお茶をがぶ飲みする。そして、朝早くから母が作ってくれた弁当に手をつける。母に心配はかけたくない。そんな気持ちで冷凍食品にかぶりつく。
遅れた昼食を摂り、2段ベッドの上に上がる。いつも寝ているところから、自分の部屋を見直してみる。
目立つのはデスクトップPCとたくさんの受験参考書、そして……
「……あれか」
勉強机の隅にある、半透明のスカイブルーに彩られた、オルゴール。
鳴らしてみたくなった。が、生涯で歴史的な事件を犯した今日、聴くべきなのか。
ネジを回す。少しためらったが、もう遅い。
「Lycoris」という歌のサビが繰り返し、繰り返し流れる。日本語に訳すと「彼岸花」。花言葉を急に知りたくなったので、PCを起動させる。
1つ目は「悲しい思い出」。それは知っている。しかし「もう2つくらいあった気がする。」とナナが教えてくれた。本当は、悲しい思い出、という花言葉よりも、その2つの花言葉を伝えたかったらしく、えらく沈んでいたナナの顔を憶えている。
「彼岸花 花言葉」で検索する。
「……っ」
俺は、その言葉を見た瞬間、思わず息をのんだ。
彼岸花の花言葉…悲しい思い出
涙があふれてきた……
思うはあなた1人
また会う日を楽しみに
再会
あきらめ
「思うは…………あなた、1人……」
おい……俺1人だけじゃなかったのかよ……
あんな奴と結ばれやがって……この……
再会か……あきらめか……
どちらも彼岸花の花言葉。
選択肢は2つ。
俺は……どっちなんだよ……
しばらく、涙が止まらなかった。