間接キス
「あーあ、面倒くせえよ大掃除。はやく終わんねえかな……」
「う~寒い。新学期もテンションで切り抜けようと思ったけど、これじゃ無理だぁ~」
中村と村上が、いつものようにぼやきながら、掃除を監督する先生の目をすり抜けている。相変わらず、無駄なテクニックだと思う。
変わらぬ風景だ。にぎやかな教室だ。平和な2の3だ。
「なぁにニヤけてんの? ほら、手伝ってよ」
突然現れたナナに渡されたのは、ゴミ箱。教室棟1階にあるゴミ置き場まで運びに行こうということだった。間もなく了承する。
「よし、じゃあ、しゅっぱぁ~つ!」
教室中に通る声を響かせて、ナナは満面の笑みだ。まわりのクラスメイト達から、またあの2人だよ、仲良くやってね、というような視線を受ける。
みんな、これからもよろしく。内山のような刺客が出てきても、今度は負けないぞ。俺とナナは永久に不滅だ! 心の中で叫んで、クラスから出る。
「……もうっ、遼ったら」
が、いつの間にか、顔に出てたらしく、ナナにも気づかれていた。何やってんだか、俺は。
内山はあの後、母といっしょに警察に自首しに行き、現在は勾留されているという。中村の浅いような深いような知識による予測によれば、内山は初等少年院の一般短期処遇という、6か月で退院できる少年院コースに入るという。母のほうは、執行猶予3年という感じになると予想している。
あんな内山が、少年院入りとはな……ある意味わかる気もするが。
ともあれ、内山がいなくなったことで、ナナともよく話せる。邪魔者が消えた。
話題が見つからないが、とりあえず声をかけてみることにした。
「あのさ」「ねぇ」
瞬間に目が合う。話しかける声がナナとかぶってしまった。ナナは照れるように視線を逸らした。俺もだんだん顔に熱が回ってくる。
「えぇと、先に言って」
ナナはそう口にするが、俺はなんの話も持ち合わせていなかったので、譲り返す。
「えぇ……と。今日、部活さぼろ!」
「えっ?」
瞬時に聞き返してしまった。聞き逃したわけではないが、ナナがもう一度詳しく説明する。
「昼前に学校終わるじゃん。それで、持参の弁当食べたら部活でしょ? だけど、部活さぼることにして、放課後になったらすぐに学校出て、一緒にゆっくり帰ろ」
驚いた。水泳部所属で、いつも熱心に部活に参加しているナナが、いきなりそんなことを言い出す。俺が部活に出ないで明日怒られるかもしれない恐怖よりも、ナナの部活に対しての情熱のことを心配した。
「おいおい、大丈夫かよ。ナナらしくないな。連絡なしに部活さぼっていいのか?」
「大丈夫でしょ、そのくらい。あたしだって少しは冒険したいし」
冒険、か……。聞こえはいいが、ある程度リスクが伴うような危ない言葉だ。
しかしナナは、そんなの全然平気とでも言うような、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。
静かな1車線の道路に出た。学校規定の通学路ではなく、俺が時々、遅刻も宿題もなにも不安がないときに通る道である。しかし登校時に限っていたので、家に帰るときにこの道を通るのは初めてだ。道は同じでも、見ている風景が180度違うと、なにもかも新鮮に感じる。
向かってくる車が見えなくなったので、道に広がり、自転車を降りた。
「こんな道もあるんだね~。すごく静か」
「少し遠回りだけど、いい道だよ。公園ももうすぐ見えてくる」
ナナが要求してきたのは、通学路ではなくて、公園を通る道。偶然にもこの道がピッタリ合った。ナナはいかにも冒険気分で、ただの下校を誰よりも十分に満喫している。
ほどなく歩くと、公園が見えてきた。普通の町中にある公園にしては少々大きく、サッカーなどもできそうなほどだ。
「おぉ、でかいね。では、さっそく入りましょ~」
と言いながら、公園の入り口で、自転車と一緒にバリケードに引っかかった。意外とてこずり、俺が協力してやっと入れた。
「遼、ありがとっ」
どういたしまして。とは言えなかった。ナナのその言葉に、一瞬ひるんでしまったからだ。しばらく聞いていなかったナナのその感謝の言葉で、ひるんだものの、すごく幸せな気分になった。
「じゃあ、ここでお弁当を食べよ~!」
ナナがバックの中からさっと取り出したお弁当箱には、かわいらしいウサギとリスのプリントがある。ナナは前から小動物が好きだったなと、今さらながら思い出す。
「どこにしようかな……あっ、あのブランコがいい!」
といっても、遊具がそれぐらいしかない。もともと大きさは広いだけに、無駄に広い公園という印象がついてしまう。
小走りでナナのあとをついていく。ブランコの4つあるうちの2つを決めたナナは、はやくはやくと言うように大きく手招きしていた。
ブランコ特有の、狭いとも広いとも言えない椅子の距離を挟んで俺らは、いただきますをした。
「ん~、おいし~」
鶏の唐揚げを口に運んでナナは、そう言って微笑んだ。
俺も食べよう。
「ん」
今日は冷凍食品が少なく、ちゃんとした手作りのにおいが漂っている。ありがとう、母さん。
「どうしたの? ……も~らおっ」
「あっ」
いつの間にか椅子から立ち上がっていたナナは俺の大好きなミートボールを器用に箸でつまみ、口に入れた。俺は好きなものを残しておき、最後に味わう派である。それまで計画していた最後の味わいが、1つ減った……。
……しかし。
「うん、遼のもいい!」
ナナのその満面の笑みを見れば、不満なんて吹っ飛んでしまうのである。不思議だ。そう思いながら、俺は勢いに乗って、いつぞやのあの約束事を確認するために、こう切り出してみる。
「俺たち、ずっと一緒だよな?」
うん! そんな返事が、聞こえた。
……実際には、聞こえなかった。架空の返事は心の中で聞こえたのだが、目の前のナナの口とは連動していなかった。
ナナの顔が、みるみるうちに沈んでいく。
……おい、なんでだよ…………。
「ごめん……」
なんで謝るんだっ!?
「……好きな人が、いるんだ…………」
すっ、好きな人ォ!?
「今まで、ありがとうね……友達として、やっていこう…………」
そんなの、無理だぁあ!!
う、嘘だと、言ってくれぇ!!
「なんてね、嘘だよ~?」
「……へ?」
う、嘘……?
あ、開いた口がふさがらないや……。
ナナは、その開いた口へ、卵焼きを向かわせていた。
「はい、あ~ん」
俺の口に、卵焼きが入る。しばらくして、その行為の目的がなにであるか気づいた。
「か、かっ間接キスっ!!?」
そう叫ぶと、ナナは少し頬を赤らめ、遠慮がちに頷いた。
ナナとの初めての間接キスは、卵焼きの味がした。
爽楽の初めての連載小説!
書き終わったぁ! なんとか学年末テスト前には終わりました。
これから全面的な改稿をして、新人賞に出したいと思います。
ここまでこれたのは、みなさんのおかげだと思います!ありがとう!
これからも、面白い小説を書いていきたいです。