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すべて

3人は、ブランコで遊んではいなく、ベンチに腰掛けてもいなく、ただただ立っていた。


雰囲気は、まかり間違っても昼間の公園ではない。


3人に近づいていく足が、だんだん重く感じられた。



「ごめん、急に呼び出して」



そう切り出したのは村上だった。しかし、その両隣の2人から、ただならぬ雰囲気がかもし出されていたので、俺は口を開けることができず、ただかぶりを振るだけだった。


沈黙は避けたいとでも言っているように、村上は無理やり口を動かす。


「美菜さんのお見舞いが終わったあと、川崎を訪ねて、話を聞き出そうとしたんだ。何も話してくれないから、もう諦めかけて……そしたら、急にみんなをここに呼べって……」


呼び出した張本人は、俯きかげんで内山を見つめている。


「……ナナ、話したいこと、あるの? ……1人で抱え込まないで」


俺が心の底から絞り出した言葉は、ナナの心に届いただろうか。


「…………」


ナナは、ゆっくりと顔をあげる。



「……ごめんなさい」



今度は、頭を深々と下げた。一同は、驚きの表情を、ナナに向ける。


「悪いのは全部あたし。姉さんを傷つけたのはっ……あた、し……」


なぜ、そんなことを言う。悪いのは全部あたしって……。


そんなことないといわんばかりに、内山はナナに飛びつこうとする。反射的に、俺は内山の手をつかんでしまった。



しかし、なぜだろう。内山の手は、まるではち切れそうな握りこぶしであった。



内山は俺が掴んだ反動で、後ろにひっくり返りそうになった。


ナナは、また少しずつ顔を上げる。


そして、体勢を立て直した内山に向けて放つ。




「これで終わりよ、内山っ」




そして……。





「あたしは、内山君のことが、だいっっっきらい!!」





冬の快晴の空に響き渡るその声は、どこまでも……。







「ふざけるなっ!!」

内山は、そう叫ぶとともにナナに突進してきた。もろにあたったナナは、倒れたときに後頭部を強打した。


なおも内山は、攻撃の手を緩めない。馬乗りの体勢になってナナにこぶしの雨をくらわせてゆく。


中村と村上は、今の現状を把握できていない。突然ナナが内山のことを振り、内山が豹変してナナに殴り掛かっている光景を、ただただ唖然として眺めているだけだ。


そして、たった今、俺も同じだということを自覚した。慌てて止めにかかる。


「おいッ、やめろ!」

「ふざけるな! 川崎奈々、お前、殺してやる! お前の姉を絞殺できなかったからって、いい気になるなっ!」


なおもそう声を張り上げる内山を、倒すようにしてナナを解放してやる。しかし、運悪くまた内山に捕まった。


「次はお前の番だからな! 苦しませてやる! 川崎奈々、し――」


言い終えるより先に、俺は内山の腹部を蹴った。ちょうどみぞおちにいったみたいで、それきり口を開かなくなった。



内山の荒い呼吸と、ナナの小さな泣き声。それ以外には、なにも聞こえなかった。



しばらくすると、内山も嗚咽する声を出していることに気づいた。目が潤んでいる。


「死にたいよ……俺、は……死に、たい」


ときどき出る嗚咽をこらえながらしゃべるので途切れ途切れだが、何度もはっきりと「死にたい」と言った。


「そんなこと言うなよ……」


中村は、内山に向かってそう呟いた。地面に頬をつけてうなだれている内山は、力尽きていた。



先駆けるようにして、ナナが立つ。ならうようにして、内山も立つ。



「……死ぬのかよ」


村上は、内山に優しく語りかけた……。






「ホント死ねよ内山~」

「マジヤバいアイツ~」


それは、冬休みが始まる前、2学期最後の給食を食べ終え、昼休みをゆったりと過ごしていたあの日。


「えっ、なになに? ……うっわ、不潔! 超やばくない?」

「だろだろ? ホントありえないよな~」


そんな内山への陰口は、日常茶飯事。村上が会話の輪の中心となっていたが、いつものように聞き流していた。


「なぁ、篠崎? 聞いたか?」

「聞こえてない」

なら聞けよと、陰口の内容を村上が律儀に説明してくれた。実は、陰で内山のことをおもしろ半分で観察している人がいて(それは俺も前から知っていた。例によって村上と仲が良く、その観察情報を村上に伝え、村上がみんなの前で話して、2年全体に話が広まる。この学校の2年生の内山の陰口情報網はそんなふうになっていた)、その人は毎日、内山が給食を食べたあとに歯を磨くか磨かないか、監視していたのである。果たして内山は、2学期の給食の日全て歯を磨かなかったという。


「めちゃくちゃヤバくね? ありえないっしょ、もう」


村上の声のボリュームはいつでも大きい。たとえ内山が昼休みのときに教室の中にいても、問答無用でクラスの大半を集め内山の話をする。もはや陰口じゃねーじゃん……というツッコミはさておき。


しかし、今日は、内山がいない。内心ホッとしながらも、村上の次の行動には、度肝を抜かれた。

いつもなら、村上は隣のクラスに走っていって陰口を広めるはずである。でも今日は、違った。


「死ねよ、内山」


ガンッ。


平和主義な村上が、内山の机を蹴った。


「ハッハッハ、もっとやっちゃえよ」

一帯を作っていた女子らが、言いだす。


どんがらん。椅子が倒れる。キャハハと女子も笑い出す。



……ダメだダメだ、止めないと。村上と一緒に蹴りたいという気持ちも捨てきれないが、俺は仮にも学級委員。そう気合いをつけると、椅子から腰を上げた。


その瞬間、見物していた中村が、ついに動き出した。



中村は、蹴るでもなく倒すでもなく、机の上にあった筆箱を手に取ると、ベランダに向かって振りかぶって……。




投げた。




恐るべきほど回転しながら宙を舞う筆箱は、ついに視界から消えた。



「…………おぉ」

「…………マジかよ」



そして、当の本人は。


「やべぇやべぇ、手が滑っちゃった! みんな、内緒にしてくれるよな!」


また、教室が騒ぎ出した。「あったりまえじゃん」「あ~、俺も投げたいな~」という声が、響き渡る。


そうして、一躍台風の目になった中村とその集団は、他のクラスにも内山の陰口情報を伝えるため、教室から出ていくのであった……。







緊迫した雰囲気の中、そんなこともあったなと思い出してしまう自分が情けない。しかし、中村と村上が、内山に向けてこんなにも優しく接している姿を見ると、それと相反する記憶を甦らせて照らし合わせてしまう。


こういうとき、人間は死に切れるのだろうか……。


人は簡単に「死ね」と言える。でも実際に死んでから気づくのでは遅い、なにかがある気がする。そのなにかを、俺らは気づこうとしているのかもしれない。



「ごめん……今まで…………いじめてきて」


中村は、内山から目をそらしながらも、そう謝った。


「はっきりしないしゃべり方もそうだし、みんなに平然と迷惑をかけてるお前が、たまらなくいやだったんだ。気づいてほしかった。でも直接言っても、返事がわかったかわからなかったかはっきりしなかったし、言われたことを忠実に守ろうって気が、お前の行動から見受けられなかったんだ。……だから、クラスのみんなが内山のことを知って、みんなで注意しようと思ったんだけど……ごめんなさい」


2年の情報網の中心となって、内山のことをみんなに言いふらしていた村上も、頭を下げた。




そして、俺から。


「内山とナナが、付き合ってるなんて聞いたときは、驚きで言葉も出なかったよ。でも、ナナは本気で内山のことが好きなんだなって思った。俺だって入ったことがない、ナナの家に招いてるんだもん。そんな中、俺は諦めなかった。諦めきれなかったとでも言うべきかな。そして正々堂々、俺は内山と戦うことを決めた。でも……」


内山に向けて、微笑む。


「それも、今日で終わり。さっきのナナの振り言葉を聞いて、ちょっとホッとした。内山のような、ある意味すごい強敵を、不戦勝みたいなかたちだけど、倒した。だから、ナナにたくさんアピールするために、お前をいじめから救う。約束するから、安心してくれ」


俺はついついかっこつけて握手を求める。しかし、俺が出したその手をただ見据えているだけだ。


「握手」


片言だけでそう説明したが、変化はない。



俺、かっこわり……。



そろそろ手を引っ込めようとしたとき、内山は聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。


「……その必要は……な、い」

「なんでだよ、俺は学級委員として、内山を守りたいんだ!」

「だって……」



そう言いかけたが、とうとう内山は、そのわけを俺たちに話さないまま、立ち去った。




そして、その日を境に、内山は俺の目の前に姿を見せなくなった……。







学校一のアイドルと、学校一のオタクが、付き合っていた。



というのは表面上の関係だけで、本当は、一方的に押し付けられた恋であった。

内山は、陰口といういじめのあるいやな毎日を抜け出そうと、ある決断をした。


誰もが認める学校一のアイドルの彼氏になろう。


そうすれば、生涯初の彼女ができるし、高嶺の花のような女子の、唯一の彼氏となることで、いじめがなくなると考えたのだ。


「だけど、そんなことは一筋縄ではいかないでしょ? だから、内山はとんでもないことを考えたの。付き合わなければ、殺そうって」


そんな脅しで、まんまと俺を捨てさせ、ナナと付き合うことに成功した内山は、どんどん攻めていった。なにせ、ナナは死を背負っているのだから。

結局いじめは止まらなかったが、そのストレスは、ナナとの交際によってもう発散されていたのだという。

しかし、事件が起きた。ナナとのデートの途中、不良に絡まれたのだ。当然内山がかなうわけもなく、すぐにのけ者にされる。


「来てくれたんだよね……あの時。あたしには救世主の、勇者に見えた。……でもあの後、公園に逃げたよね? そこであたしは、あぁ、もう一度、遼の彼女に戻りたいって思った。もう、戻ってもいいよねって、遼に体をゆだねたの。……内山は、そこをきっちりと目撃してた」


内山は、ナナのその行動を重く見た。俺との約束を破った。そう断定した。

内山は、今の自分とナナの関係が好きだった。それゆえにナナを殺したくなかったが、だからといって誰も殺さないという判断には至らなかった。


ナナの家族の誰かを殺そう。そう考えたのだった。


「姉さんを殺すには、自分1人ではだめだと考えたらしいの。そこで出てくるのが、内山の母さん。上から目線で母さんに接してる、あれ本当だったんだね」


内山が川崎宅に先に入る。どこか、1階にある部屋のドアを開ける。そして、内山がナナを部屋に閉じ込めているあいだに、内山の母が川崎宅に入り込み、美菜を殺す。


首つりは、うまくいけばほとんど苦しまない死に方である、と中村は言っていた。


「首つりっていうと、普通は窒息死って考えるだろ? 実はそんなに窒息で死なないんだよ。どちらかというと、貧血によって死ぬとか。でも、テレビとかでよく見る、宙に浮きながらの自殺じゃないと、簡単には死ねないらしい。死刑とかの首つりだと、この方法で即、意識喪失を狙うんだって」

例によって中村が、事件が起こった直後にネットからかき集めた情報を、ナナにそっくりそのまま言う。


「そのへんも、内山の母さんはよく計算してたんだって。ねえねえ、見たことある? 内山の母さん」

見たことはない。電話越しの声も、特徴はあまりなかった。息子があんなんだから、きっと母も痩せこけているのだろうが。


そんな予想を、ものの見事に覆す答えが返ってきた。


「太いんだよ太い! すごいよね、相撲取りみたいなんだって。そんな体から、よくあんなほっそ~い子ども産むよね」

話がそれたね、とナナはまた今回の事件の話に戻した。


音楽を聴きながら絵を描いていた美菜は、ドアが開く音など気づかなかった。気づかれても力ずくでやろうと思っていた内山の母にはうれしい誤算だったといえるだろう。そのまま美菜の背後に忍び寄り、縄をかける。瞬時に美菜を持ち上げ、意識を失うまで待つ。


「そこで、インターホンが鳴ったの。でも、あたし……あんな格好だったし、なによりも内山があたしを部屋から出すことを拒んでる気がしたの。いずれ姉さんが出るだろうなあと思って、放っておいたんだけど……」

ホントにごめんね、と謝ってから、ナナはこの事件の回顧を再開する。


内山の母が美菜の意識を失わせている途中にインターホンの音に気づいて、焦った。壁や天井に縄を引っ掛けるところなどないし、まだ意識が完全に喪失してないかもしれないという不安があったため、美菜の首に縄をぐるぐる巻きにし、縛り、ドアノブにくくりつけて、部屋を出る。

ホッと一息つく暇もない。インターホンはさっきから何回も鳴っている。今、自分が入ってきた窓から出るのは危ないと判断した内山の母は、1階のリビングに避難する。と、ここで俺らの登場だ。


「例の窓から3人の少年たちが入ってきた。そう、キミ。内山の母さんは遼の顔を知ってたから……うん、遼は内山と母にとっての要注意人物だから、いろいろと調べたんだよ、たぶん」


俺たちの侵入をどうすることもできなかった内山の母は、ただ1つ、念のために靴を履いてこなかったことに安堵して、川崎宅を後にした。




「ふぅ……こんな感じかな。腰の抜けちゃうような話だけど、事実なんだ」


本当に、腰が抜けるような話である。内山とナナの異色な恋愛、美菜の自殺未遂などと、常に俺の身の回りを飛び交っていた信じられない出来事は、全て内山の仕業であることを知って、もっと信じられないと感じる。


「この事件の一部始終は、誰から?」

さも、こんな突飛な事件の内容の呑み込みが速いですよ的に、平然な顔してナナに聞いてみる。

ナナは最初のうちは目を見開いたが、俺の偽表情が下手だったのか、すぐに、気づいてるよとでも言う風に、目を細める。でも、ちゃんと答えてくれた。

「内山に会いに行って聞いたの。でもかたくなに、遼には会いたくないって言ってた。ライバルだったもんね」


ライバルか……。確かに手ごわい相手だったかもな。


そんなことを思って苦笑しながら、俺とナナは、あの人のもとへ歩き出す。







美菜は、事件が解決してもっと元気になっていた。


「では弟よ、この事件の推理を頼むぞ」

「推理って……。内山とその母が犯人だって。さっき話したでしょ」

「違う違う。どうして警察が、他殺と気づかずに自殺と断定してしまったのか」

「そりゃ、姉ちゃんが自殺かもしれないって言っちゃったからでしょうよ」

「なんらかの証拠があるでしょ。とにかくその推理を、次に会う時には聞かせてもらうからね、弟っ」

「ありかよ……」


そんな俺と美菜とのやりとりを、苦笑交じりに聞いていたナナの顔を、ふと思い出す。




俺と、血の繋がった姉、そしてその義理の妹。この3人は切っても切れない三角関係であることに、今さらながら気づく。天井に向けて指でトライアングルを描く。左下は俺、上は姉ちゃん、右下はナナ……。そのトライアングルの角に、俺の頭の中にあるそれぞれの顔写真をそれぞれの場所にはめ込む。鏡などでよく見る自分の顔、メガネが印象的な姉ちゃんの顔、そしてさっき思い出したナナの苦笑い顔…………。



今日は、久しぶりによく眠れそうだ。



俺は、掛布団を頭までかぶった瞬間、深い眠りに吸い込まれていった。

なによりも、書き下ろしという突拍子な更新なので、ストーリーを繋げていくのが大変だったんですが、ようやくここまで来ました!


次回が最終回なので、最後まで応援よろしくお願いします!

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