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美菜と奈々

「俺、姉ちゃんのとこにお見舞い行こうと思う」


少し沈黙が続いていた中で俺はそう切り出した。母はちょっとだけ驚いた表情を見せたが、


「……そう言うのなら、仕方ないね」

と、了承してくれた。


「母さんは、行かないの?」

「……ちょっと考えさせて……」


母のこの発言は、先に俺が美菜のお見舞いに行って、様子を見てきてほしい、ということだろうか。少なくとも、短時間的に考えさせてということではないだろう。


朝食も食べ終わったところで、お見舞いに行く準備をした。


「気をつけて……」

「あぁ。行ってくる」


やっぱり、あの頃の父や姉の概念から離れられないようだ。どうしても、会わせてあげたい、あの頃とは全然違うんだからと思ってしまうが、先走りしてはいけないと焦る気持ちを抑える。


ここからは、1人で事件を調べていかなければならない。中村や村上には、これ以上迷惑はかけられない。



「1人か……」



まさに、今の俺にはお似合いかもしれない。






美菜は、首つりなんてしてなかったかのように元気だった。


絵を、描いている。


俺は、美菜がこちらに気づく前に、姉ちゃんと呼んでやりたいという思いが出てきた。


「……ねっ……」


しかし、言いかけたところで、ドアが音を立てて閉まる。


美菜は、さっきまで走っていた色鉛筆をふと止めた。

そして、振り返る。



「…………遼?」


美菜も目を丸くさせていたが、俺はもっと衝撃を受けた。

しかも、とんでもないことでだ。



「……メガネ……かけてんの?」



「……悪いかよ」



そんな驚くことでもないのに。別れたときから10年近く経っているのだから、目が悪くなっているのも別に不思議なことではないのにっ。ここは、姉と弟の記念すべき再会なのに!


でも、あまりにも、昔の姉の印象が強すぎた。昔はショートカットだったのに、今は茶髪のロングヘアとなっている。それは、後ろ姿からでも見えたので、覚悟していた。しかし、あの鋭かった瞳が、メガネによって緩和されすぎているのには、すごく動揺した。昔とは別人で、さっき美菜が俺の名前を呼んでいなかったら、病室を間違えたと思うかもしれない。


「……なんか、メガネって、合わんなと思って」


「学校では、コンタクトだし」


「……何描いてんの?」


見た感じ、夏の空を描いてるようにしか見えない。


「空。ナナが空を好きなこと、知ってたからさ。書いてるんだよ」

妹を思う気持ちまで大きくなっている。どんだけ優しすぎるんだ。


「遼とか、昔ウチを産んでくれた母さんに迷惑かけすぎたから、今このまま死ぬと地獄行き決定だからね。誰かに、のこのこと絞殺されてたまるかってんだよ。人の喜ぶ顔が、最近すっごく好きになってきたんだってのに」


迷惑をかけたこと、美菜も反省してるのか。この10年で、すごく変わった。変わりすぎだ。


「誰が……殺そうとしたんだよ」

言ってから俺は、しまったと思った。こんなに暗い話を、瞬時に持ち出してしまった。


しかし、美菜はことごとく元気だった。

「ん~、それが思い出せんのよね~。まったく」

「高次脳っていう、記憶障害が起きてる可能性もあるって言ってた」

「ウチも聞いたよ……そんなのには、なりたくなかったのに……」


絞められる直前の記憶まで、奪い取られてしまったのか。高次脳は、そんなにも残酷なのか。



「……遼が、助けてくれたんだよね」


急に、美菜がぽつりと言う。さっきの明るさとは、裏腹に。まるで、真冬の日の入りのように、瞬く間に暗くなっていく。



「ウチね……警察に聞かれたとき、最初は、自殺してない、って言い張ってたの。でも、警察にしつこく自殺じゃないのかって聞かれて。自殺自殺ってうるさかったから、もう帰ってほしくて……それに、本当に自殺してないのか、自信がなくなっちゃって……結局、自殺かもしれないって言っちゃったの。そしたら、間もないうちに警察が帰っていって……。絶対、自殺だと思われたわ」


「そう、だったんだ……」


美菜の言う通り、警察は自殺と断定してしまうだろう。もし、自殺ではなく、犯人がいたとしても、その犯人は捕まらない。もしそうだった場合、罪のある人間が町を歩いているという現状があることになってしまう。それは、絶対にいけない。


俺は美菜を見据える。


「俺は……」

この病室に入ってから、なかなか言えなくて、胸まででとどまっていた言葉を、口にする。



「姉ちゃん」



俺の、姉ちゃんは、自殺なんてしない!


「俺は、姉ちゃんのこと信じる! 自殺なんて、してないだろ! 今もこんなにも妹思いで、優しすぎる姉ちゃんが、自殺なんてするわきゃねえ!」






「今日はありがと。またね」

「うん。必ず犯人見つけてやるよ」

「ついでに殺さない程度にやっつけてきて!」

「え、あっ、うん了解」


やっぱり、根は変わってないかもしれない。そう思いながら、さっきの美菜が言った無茶ぶりに苦笑し、病室を出た。


「……やはり犯人がいるのか」


そう独り言をつぶやき、エレベータがあるほうへ向かった。すると、ちょうどエレベータが来たようで、扉が開いた。

そこに、いたのは……



「あれあれ? あそこにいるのは篠崎くんじゃないですか~」


「え~? なに、君は1人で美菜さんにお見舞いかい? ずるいな~! 自分だけで助けたとか言ってないよなぁ?」




「…………マジかよ……」




中村と村上。2人がぞろぞろとエレベータから出てくる。



「あの美菜さんが自殺してるのを発見したのは俺なんだからさ~、せめて俺たちを誘ってよ~」


すまない村上。すまないが、そのイラつく声で言われると謝るに謝れないんだけど。


「美菜さんを縄からほどいてあげたのは俺だよ? 本当は1人で来て、美菜さんを独り占めしたかったんだけどなぁ」


この期に及んで変態発言はやめろ中村!


「パニック状態のお前らとナナに指示を出したり、119番通報したのは誰だと思ってんだ」

かっこつけて放った言葉だが、本当は、俺が1番混乱していたと思う。


「えへへ、そうでしたぁ~」


そう言う村上をよそに、中村は難しい顔をして、俺にあることを尋ねる。


「俺たち2人と、川崎しかパニクってなかったのか?」

「あぁ。警察が来て、パニックだった俺らから事情聴取しただろ。俺ら4人合わせて自殺の光景を聞かれて、その後は、ナナだけが美菜の最近の状況を知ってるから、そのへんをナナが詳しく聞かれてる間、パニックが少しずつおさまってきただろ」


と言ってから、少々つっかかるとこがあるのに気づき、眉間にしわを寄せていた。


「……なんか、忘れてる気がするんだけど」

「お前も気づいたか。内山がいないんだよ内山が!」


そうだ! 内山が、警察らが来たときにはいなくなっていたのだ!


俺は、美菜が自殺した後、内山がいたかいなかったかなんて、知らなかった。ただ、

「いたんでしょ?」

ぐらいにしか思っていなかった。


しかし、警察に、

「ここには、君たち4人しかいなかったの?」

と聞かれ、

「はっ、はい……」

と言ったのを、うっすらと覚えている。4人だということを確認もせずに、その場しのぎで「はい」と言ったことを覚えている。


「内山は、面倒ごとにとらわれたくないから、逃げたんじゃないかな。全く、人情のないやつめ」

「本当に、そうなのか?」

そんな簡単なことで、逃げられるのか?



「ちょっと、内山のとこに行ってくる!」


「おい、ちょっと……」



俺は、1つでも謎があると、そこに突き進んでいくという、一種の病気にかかっていた。


この突拍子もない行動をしていく、自称「篠崎病」という病気が中村と村上に感染し、そこからの急展開が待ち受けていることを、この時の俺にはまだ知る由もなかった。






「いないのかな」


2回目のインターホン。車はあるのに、家には誰もいないご様子。

しゃあない、帰るか。俺は踵を返し、家の敷地から出た。


家の前のインターホンが完全に見えなくなったところで、俺は足を止めた。


「……こんなところで妥協する俺じゃねえんだよ」


俺は、携帯のアドレス帳から「内山家」という項目を選択し、電話番号を選び、「発信する」を押した。


安心しきっていたのだろう、非通知設定にしているのにもつゆ知らず、2コールで出た。

「もしもし」

母が出た。


「ふみや君の同級生の篠崎という者です。やっぱり、家にいるんですね?」

「……いえ、ふみやは今家には……」

「だったら、あなたでもいいです。ふみや君のことをききたいなと思って」


やはり、母も子も似ている。早口で物事を進め、窮地に立たせると、口ごもった声を出しながら、

「いえ……ふみやはいます…………」

「あ、そうですか。だったら今行きます」

即、切る。嘘はよくないよ、内山の母さん。


再び戻り、家のインターホンを押すと、内山ふみやが出てきた。赤面でだ。


「おう、内山」


内山は、その呼びかけには答えず、ただ玄関の前で立っていた。


「そこでつっ立ってんじゃなくて、こっちに来たらどうなんだ? ただ話がしたいだけなんだし」


少しずつ、おぼつかない足取りでこちらへ歩き出した内山を見て、あきれる。さっさと来いよ。


「ちょっと、近くの広場で、話そう。お前に、いろいろ聞きたいことがある」






「なんで、急にいなくなったりしたんだよ?」


林のような広場に着くなり、俺が内山に一番聞きたかった疑問を投げかける。だが、内山はなかなか答えようとしない。


「面倒ごとに、まきこまれたくなかったとか?」

途端に、内山は人差し指を少し出し、

「そ、そう……それ……」

と言った。


「じゃあ、家を出たのは、玄関?」

別に、問い詰めているわけではなかった。ただ、単純に玄関から出たのか確かめたかっただけなのである。

しかし、当の内山は、そうだとも言わず、ただおどおどしているだけであった。


「……玄関から出たの? どうなんだよ」

予想外である。内山から、もっと話が聞きたい。ここでつっかかっているわけにはいかない。もう一度、急かすために息を吸い込んだ瞬間、内山はとんでもない言葉を発した。



「玄関じゃない……部屋の窓から……と――」

「あの、部屋の窓かっ!?」

あの、俺らが不法侵入した部屋からか? 俺らがあそこから入ってきたことを、知っているのか……? だとしたら、それは誰にも言わないでほしいのだが……特にナナには。


「……あっあぁ……あの窓から」

やばいやばい、あそこに俺らの靴があったのだ、バレないはずがない。ここは一旦攻撃中止だ。


「靴はっ?」

「…………」


その質問がきたか……と言わんばかりの無言である。やっぱり、知っている。できれば、ここで頭を下げて口止めしたい。もう一度問う。

「……靴は、あっ――」

「はっ、履いてない……」



……へ?



…………履いてない?


「……履かないで……出たのか?」

なぜ、玄関からではなく、俺たちが入ってきた、父が使っていると思わしき部屋の窓から出ようとしたのかも不思議だ。しかし、それには何らかの理由があるとして、なぜ、自分の靴を窓に持ってこなかったのだろう。玄関から父の部屋は、そう遠くはなかった。それくらい、焦っていたということなのか。



「そっか……」



よかったかもしれない。焦っていたなら、不自然な3足の靴には、気づかない可能性もあると思う。


ほっと胸を撫で下ろしているうちに、次の質問を忘れてしまった。あれこれいろいろ考えていると、携帯が鳴り出した。


中村からだった。


「もしもし中村?」

「今すぐ、……どこだよここは。なんていう公園? え~と、北野台町第三公園ってとこ」

「は?」


わかるわけがない。そんな名前、誰が知ってるんだ。


「とにかく小さい公園だ。ブランコとベンチぐらいしかない。……あぁ、近くに駄菓子屋があったな」


近くに、駄菓子屋……?


あの時の。



俺がまだ小さいころ、少ない小遣いをみんなで持ち合って、駄菓子屋で菓子を買い、近くの公園で食べたんだった……。



「そこに、今から?」

「うん、今すぐ。川崎が、話したいことがあるって」


「ナナが?」


その言葉は、内山にも聞こえていたらしい。目を見開いてこちらを見る。


「場所はわかるのか? ……あ、それと、内山のところにいるんだよな、連れてこ――」

「わかった、今すぐ行く」


通話を切ったあと、内山を見据える。


「ちょっと、お前にも来てもらう」


内山は俯く。なにか都合が悪いのか。



……ナナ、今度は、いったい……。




待ち合わせ場所は、あの日の公園だった……。

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