わからないことばかり
「ここにいたのか……」
病院を出たところの自動販売機の近くで、俯いているナナを見つけた。
ナナに近づいていくうちに、俺がいることに気づいたようだ。
「警察が、帰ったって」
ナナは無言でうなずき、静かに病院へ入っていった。
やっぱり、どうすることもできない。今度ばかりは、不法侵入と、ナナと内山との本当の関係を知られてしまったことをすごく悲しく思っている。
どうしようもないかもしれない。いくら、姉を自殺から救った救世主だと思っても、いきなり家に入ってきてのことだし、ナナ自身が気づいてやれなかったことを根に持っているかもしれない。
俺は、早く美菜に会いたい。少しでも、この事件の謎を暴きたい。その思いが今、俺の体を突き動かす。
ナナは、自身の父のもとへ行ってなかったようだ。
「……遼、本当にありがとう。お前が来てくれなかったら、美菜も助からなかったろうな」
ナナの父は、俺の本当の父でもある。その齟齬が、今回の事件を迷宮化させる。
「ナナは? こっちに来なかったか?」
「来てない。探してるのか?」
「探してるけど、あんたにも話が聞きたい」
そう言うと、父は少し視線を逸らした。
「美菜はな、自殺してないって言い張るらしいんだ。だけど、家には他にナナと……あと誰だったっけなあ、――」
「内山だろ」
「そうそう、内山くん。内山って誰だか知らないけど、なんか奈々とけっこう関係あるらしいね。なんか委員会でも一緒なのかな? ……戻すけど、奈々だって、自分も内山も殺してないって言うんだ。よくわからん」
父は一息置いて、
「高次脳機能障害っていうのになってるかもらしい。記憶障害の可能性もあるって」
「やっぱり、高次脳になってたのか」
中村が早急に集めてくれた情報により、自殺のことの知識は今までより一層深まった。
「お前、警察からの質問攻めは終わってんのか」
「もう終わって、帰ったらしい。すべて本当のことを言ったら、自殺とみて間違いないとか言ってた」
本当にすべてありのままを言ったわけではない。家に侵入してしまったことは無口状態のナナとなんとか力を合わせ、しのいだ。
「美菜が、自殺か……。自殺って言葉さえも忘れて、楽しく過ごしてたんだけどなあ……」
「姉ちゃんも、今のあんたみたいに変わったのかよ」
父は、相変わらず俺と視線を合わせようとしない。
「変わったさ。優しくなった。そんな美菜が……」
だんだん、父の右手に握りこぶしができてきているのが分かった。
「あのバカ娘がッ! なんというバカ! 今すぐ、殴ってやりたいくらいだッ!!」
父の変貌に少し驚いたが、予測していたことでもある。昔の父に、戻ってしまった。父がそう思うのはわかる。しかし……。
「姉ちゃんの言うこと、信じてやれないのかよ。記憶がないのかもしんないけどさ、MRIとかで高次脳になってるかわかるじゃん。今の姉ちゃんは、がんばって、今記憶の中にあるものを精一杯思い出してんだろ! せめて、高次脳だってことが分かってからにしろよ!!」
「……お前…………」
父はしばらくして、我を忘れてしまった。すまないと、小さく頭を下げ、病室に入っていった。
何年ぶりかの、大声を出した。あの父が、家庭から消えてからは、平穏な日々を暮らしていたので、大声なんて出したことがない。ここが病院だということも忘れ、むきになって言い返してしまった。
「……自殺してない、か……」
他殺……ではないのか。
そう考えれば考えるほど、この事件の真相を知りたくなるばかりだった。