走る川
不良事件から2日がたった。
大晦日が明後日に迫ってきている。部活は年末年始のため今日から休みだ。俺は、朝食もあまり食べずにオンラインゲームをやっていた。
「そういやさ、皆さん」
中村の画面内のキャラは相変わらず敵を攻撃しているが、イヤホン内からは中村の声が聞こえる。通信会話ソフトを立ち上げながらゲームをしているからだ。
「なんだよ」「なに?」
俺と村上が返す。
「俺さぁ、女子の部屋の中を盗聴してんだぜ? いいだろー」
なんて変態発言してんだバカ野郎。
「マジで!?」
それに乗る村上もバカだな。
「ああ。大マジだ。しかも、かわいいやつだし!」
はぁ……こいつと友達なのがだんだん嫌になってきた。
「いくらなんでもそんな情報は俺には回ってこなかったぞ! すごい情報だ!」
てか、そんなこと村上に話したら、3学期が始まるまでには学年中に知れ渡ってるぞ。
「この3人の内緒だからな。親友だから言うんだぞ」
あ、中村からアイテムが渡された。
「わぁ、すげえ、何コレ?」
村上にも渡したようだ。
「それは、けっこう高価なんだぞ。売ったらすごいメントで取引されるけど、自分のキャラに使ってもいいと思うな」
メントとは、ゲーム内でのお金である。
「やったぁ! 誰にも言わないよ、約束する! だから……」
ものをあげたら村上は本当に誰にも言わない、ということを中村もよく心得てるようだ。
「盗聴してる女子を教えてほしいんだろ」
そうだな、その展開が妥当だろう。
「誰? 誰?」
だめだ、村上もだんだん中村にむしばまれてゆく……。
「それは――」
「ナナだろ」
間髪入れずに言えた。この瞬間を待っていたのだ!
「な……なぜそれを、まさかもうあれを渡したときから」
「知ってたよ」
「何? 何? 誰なの?」
村上は聞き逃したようだ。
「川崎奈々の部屋を盗聴してんだよ、中村が」
「そうなんだよ、今はナナの部屋に内山が来てるみたいなんだ」
「すごっ! 川崎?」
村上の驚く声の大きさに少々びくったが、その前の中村の発言に俺は食いついた。
「内山? ちょっと聞かせろ」
「はいはい、そうするつもりだったよ」
少し、雑音が大きくなった気がする。気がする程度で、気にはならない。
『ねえ、僕のこと好き?』
内山の声が聞こえる。
『……好きだよ、とっても』
『愛してる?』
『愛してる』
内山とナナの会話が聞こえる。
「……なんか、とっても恋愛が進んでるようじゃないか」
俺は今抑えてる。そのまま、抑えるんだ。
「そうなんだよ、なんか、いつもこうなんだよ」
そんなに好きなのか? なんか内山と太刀打ちしようとしてるのがバカみたいじゃないか。
「すげえ、マジで盗聴してる」
村上はまだ盗聴してるということだけに感動している。
『ホントに愛してるかい?』
『うん、愛してる』
『篠崎の肩に身をゆだねてたくせに』
ちくしょう、あの野郎、やっぱ見てたのか!
「そうなのぉ~?」
中村ここぞとばかりにさりげなくヴィ○○ージ武○風に驚いてんじゃねぇ!
「あ、そういえば先週のイ○テQ見た?」
村上は空気読まずに話展開しちゃだめ!
『脱ぎなさい、言うことを守らない子にはおしおきだ』
『やだっ殺さないで!!』
「ふざけんな!!!」
3人は沈黙、盗聴先の会話だけが聞こえる。
「おい、2人とも、ナナを助けにいくぞ」
「え?」「へ?」
「ナナの家に集まれ。早くな!」
PCの電源を切る。エアーガンを左手に持ち、右手には自転車の鍵を持った。
「母さん、出かけてくる」
「どこ? 何時に――」
「買うものがあんだよ。あそこのスーパー。遅くはなんない」
そう言って素早く家を出た。エアーガンが見つかったらどうしようもない。
前かごにエアーガンを入れ、自転車の鍵を差し込む。
全速力でこぐ。タイミング悪く、ひかれそうになる。クラクションが鳴り響く。軽く頭を下げ、再び前を見る。
ナナの家に着くまでそこまでかからなかった。まだ2人は来てない。インターホンを押す。
「早くあけろよ!」
3回目のインターホンを押したとき、2人が来た。
「親はいないらしい」
と中村が言う。
「美菜がいるだろ?」
誰も出ない。5回目のインターホンを押した瞬間に村上がすごいことに気づく。
「あそこの窓、開いてんじゃない?」
「ホントだ!」
俺はすごく大きい声を上げてから、少し恥を感じた。
感じている場合ではない。ナナを助けなければいけないのだ!
窓から簡単に入ることができた。父の部屋らしい。ワインの本がきれいに並べられている。
ナナの部屋はどこだよ! 2階かっ?
階段を上がり、奥の部屋を選んだ。後からくる2人は、近い部屋から探すと思ったからだ。
ドアを開ける。
ドンピシャ、ナナの部屋だった。
ナナは、上半身の洋服を脱がされ、下着姿だった。下のジーパンには内山が手をかけている。
一瞬……というかけっこう動揺した。それでも気は確かに取り戻した。
「ナナ、ゴメン!! ……お前ッ!!」
しのばせてあったエアーガンを内山に突き付け、硬直させる。
「ふざけんな!! 警察に通報するぞ!」
「うっ……うるせぇ! あっ、が、学級委員がそんなもの、もっ、もっていいのかよぉ」
それは確かにそうだ、的を得ている。しかし、そんなこと言える立場ではない。
内山を殴りたい気持ちもあったが、ここで怪我をさせてはいけない。エアーガンを投げ捨て、内山に一歩ずつ近づいていく。
「こ……こっちく――」
「大変だあ!!!」
部屋に入ってきた中村が大声を出す。ナナの姿には気づかないほど目が泳いでいた。
「なにが……大変だって?」
「とっ……隣の部屋で……死んでるんだよ!!」
「なんだって!?」
俺は全く状況が読めないでいた。
「くっ、首つり自殺!!!」
しばらくの沈黙のあと、ナナの叫び声が聞こえた……。