第24話 欲張りな自分
――彼女への想いは自覚しているつもりだった。
シルフィネスは中庭のベンチに腰かけ、重いため息をつく。
休憩を口実に外へ出ていた。机で資料をまとめているギュスターを見ていることはおろか、やましいのは自分の方だと分かっていながら、彼と同じ空気を吸っていることが耐えられなかった。
仕事をしなければと頭の中で声がしても、シルフは動き出せない。
日陰に立った背の低い木々が笑う。突風のような春風に押されて、情けないシルフを嘲笑う。
「……簡単な問題じゃないんだ」
イズンにえぐられた傷の奥底で、欲張りな自分が笑う。彼女に触りたい、彼女を抱きしめたい……彼女のすべてを自分のものにしたい。
どう足掻いたって結果は見えているのに、シルフは自身を偽れそうになかった。
「……」
シルフは両目を閉じた。
忘れようとして、想いを心の奥底へ閉じ込めようとして。何もなかったことにしたくて。そんなことよりも今は、もっと大事な任務があるだろうと自分自身に強く言い聞かせる。
「そうだ、今は他にやるべきことがある」
ぽつりとつぶやいて、両目を開ける。もやもやする胸の痛みを無視すると、シルフは腰を上げた。
扉が開くと、久しぶりに見るミシュガーナの姿がそこにあった。
「ミシュガーナ!」
予想外の来客にユーティアは思わず驚いてしまう。ノーアとダリウスも一緒に戻ってきたのを見ると、どうやら二人は車椅子の彼女を迎えに行っていたらしい。
「ようやく目覚めたようですね」
と、ノーアはつぶやいて微笑み、ミシュガーナはベッドのそばまでやってきた。
「話は聞いたわ、ユーティア。何だか大変なことになってるわね、身体はどう?」
心配そうな表情でそう問われ、ユーティアは言う。
「今日一日ゆっくり寝ていれば平気よ。それより、あなたの調子は?」
ミシュガーナはにこっと微笑んだ。
「私は元気よ。他人の心配はしないでいいから、自分を心配なさい」
「あ、うん……」
そして方向を転換したミシュガーナは、椅子に着いたノーアとダリウスに向かい合う。
「さっそくですが、私の予言は当たりましたわ。ユーティアは二度の危険にさらされましたが、結果は予想済みでした」
と、ミシュガーナはノーアを見た。彼女が部屋を訪れたのは、彼らと話をするためでもあったようだ。
ユーティアはベッドの中で耳を澄ませた。
「そうでしたか、ミス・オード。しかし、結果に関することを私たちに教えてくださらなかったのは何故です?」
「その必要がないからです。私はあなた方を信用しているし、結果を伝えることで、あなた方が少しでも油断してはいけないので」
一人の予言者として彼らと話をしている声は、立派な大人のものだった。十五歳の少女にはとうてい思えない。
「なるほど。ですが、今日はそれを伝えるためだけに来たのではないでしょう? 本題をお聞かせください」
ノーアがそう言うと、ミシュガーナはしばらく間を置いてから言った。
「近くに闇魔法とつながっている者がいます。その者自体に力はありませんが、これまでとは比べ物にならないほどの危険が迫りつつあります」
「やはり密偵が?」
「ええ、それが誰かまでは分かりませんが、確かに近くにいますわ」
ユーティアは小さくため息を漏らした。自分の近くに密偵がいるだなんて、考えたくなかった。
「ありがとうございます、ミス・オード。余裕があれば、こちらでも調査を進めていきましょう」
と、ノーアは言った。
「いえ、私にはこれくらいしかできませんから。それにこれは、大切な友人のためでもあるので」
ミシュガーナが少し微笑み、ユーティアの心は弾む。大切な友人、という響きがとてもうれしかった。
「話は以上ですか?」
「はい、今はこれだけです。また何か見えたら連絡しますわ」
そして車椅子を動かして彼女が再びこちらへやってくる。ユーティアがにっこりと微笑んで待っていると、ミシュガーナはきょとんとした顔をした。
少女たちの話し声が聞こえるだけの室内で、ダリウスはふいに呆れた声を出す。
「嫌ですね、密偵だなんて」
ノーアは彼を見ずに返事を返す。
「そうは言っても仕方ないでしょう。ミス・オードの予言能力は本物です、一度だって彼女の予言が外れたことはないんですよ」
「……まさに天才、ですね」
ダリウスが言うと、ノーアはどこか苦い顔で口を閉ざした。
夕食の後、ユーティアは三日前のことを思い出していた。
闇魔法の使い手である小柄な女性の姿は、ぼんやりとではあるが覚えている。その彼女がシルフに何か話しかけ、シルフの心が揺らいだ。
いっそう強くなった闇魔法にユーティアの身体は敏感に反応し、追い詰められていくシルフを見ていることすらままならない状態に陥った。
そして女性は言う。
『あたしには、人心が読めるんだよ』
その言葉は彼を動揺させるのに十分だったらしい。それから後のことは何も覚えていないが、いつも冷静なシルフがあからさまに動揺することだけは分かった。
ユーティアは何か読まれたくない感情でもあったのだろうかと疑問に思う。
カーテンに閉ざされた窓の外へ思いを馳せ、ユーティアは息をついた。
「どうかしたか? ユーティア」
と、ダリウスが声をかけてきてユーティアはびくっとした。
「あ、いえ……何でもないです」
「まだ体調が優れないとか?」
「そうじゃないんです。そうじゃないんですけど……その」
と、ユーティアはうつむく。
少し離れたところでノーアは二人の会話に耳を澄ましていた。
「人の心って、分からないものですよね」




