手入れの先
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
お手入れ。これ、君は好きだろうか?
メンテナンスはひとつのものを長く使い続けるのに、重要な仕事のひとつだ。消耗品の名の通り、物は使えばすり減って消えていってしまう。
その兆しが見られたら、直したり、補充したりして低下したパフォーマンスを回復していくのが吉。完全に当初のような実力は発揮できなかったとしても、それに近い性能を保つことができれば、次の出動もうまくいくかもしれない。
だが、お手入れなり修理なりは相応の知識がなくては、ただ壊すだけと相違ない。僕はかつて調子の悪くなった電卓を自分で直そうとして、ドライバーでネジを外したまではよかったが、中身について詳しい知識を持っていたわけじゃなかった。
自分が良かれと思ってやった勝手な行いは実を結ぶことはなく、けっきょく電卓とは今生の別れとなったよ。シンプルな道具はともかく、精密機械は専門の人に任せなくてはどうにもならない。あるいは、趣味でプロ顔負けの腕を身に着けた人でなくては……。
この未熟ゆえの失敗体験を成長の糧にすることは、僕にはできなかった。ただ怖さとみじめさが心に刻まれる。
自分はやりっぱなし、使いっぱなしの存在でいいや。そう思うようになってしまったんだ。何事もやってみろとはいうが、そこにかけがえない栄光ばかりでなく、取り返しのつかない痛手も待っていることを忘れちゃいけないね。
中にはめぐりあわせか、度が過ぎた手の入れ方を身に着けてしまったケースもあるみたいだ……僕の昔の友達の話なのだけど、聞いてみないか?
自分の家、友達の家に集まってワイワイとゲームをやる。
ひと昔前はしばしば見られた光景だ。今はわざわざ出向かなくても、整ったネット環境などでリアルタイムな体験をするのは難しくない。互いに部屋から一歩も出ない、なんてことも普通にありえる。
だが、面と向かっていないと、何かしら細工をされているんじゃないかという猜疑も強まってしまう。ゲームもプレイ状況に合わせて個々人に補正をかけるケースもあるようで、実力の「実際の力」などという部分が疑わしくなってくる。
対面なら、細工されたならば気づきやすいし、ガチンコ勝負である雰囲気も強まっていく。
自分の得意分野であるなら、なおのこと自他の力をはかりランク付けをしてやりたいこともある。
僕もゲームはうまい自負はあった。けれど、その友達とやりあったときにいろいろと自信がなくなり始めたよ。
「こいつで勝つたび、アイス一本をおごる。それでどう?」
夏休みに、友達の家へ遊びに行ったおり、そのような提案をされた。
ウチはエアコンがなく、もっぱら暑さをしのぐハイテク機器は扇風機が一番。なので、エアコンがある友達の家は体のいい避暑地ならぬ避暑家だったんだ。
その日は、普段お菓子などを出してくれる家の人がおらず、自分たちで用意せねばならなかった。暑い盛りに、なにを食べようかと考えたら思いつくのがアイス。
そう考えたときに出されたのが、彼の提案だった。双方が食べたいから、最低限度の購入ラインは決めておいて、そこへどれだけ上乗せされるか、というわけ。
こいつ、というのが僕の得意とする格闘ゲームだから、内心でいい度胸だと思ったね。こりゃひょっとすると、がっぽがっぽかもなんて期待をしていた。
が、いざ始まってみると、なかなか想定通りにいかない。
こまごまとした挙動から、友達もこのゲームをやりこんでいることが悟れた。でも、実力ではこちらのほうが上手だなと肌で感じてはいた……のだけど。
肝心なところで、コントローラーの効きが弱まる。おかげで入力が遅れて致命的なスキをさらし、逆転負けを喫することが何度かあった。
調子が悪いのか、と友達とコントローラーを交換してみても、やはり同じような違和感を覚える瞬間が幾度も。
完全に読み切ったり、勢いで押しきったりして勝利も拾ったものの、結果は50戦やって35敗。あのときコントローラーがきいていれば、おそらく友達のほうがこのスコアになっていたはずだ。
「ここんところね。ゲームが僕にそんたくしてくれるんじゃないかと思うんだよ」
購入したアイスの山を、二人して切り崩しながら友達がそのようなことを話してくれる。
そんたく? キャラの名前か何か? とかあのとき返したら、西遊記じゃあるまいし~と笑われたよ。どうやら孫悟空のもじりで、そんたくうと思われたようで。
そんたくとは、忖度。配慮に似た感じで気をつかってもらえる、という意味らしいけれど、どうも媚びとか売ってんじゃないのか……なんて響きがそこはかとなく漂ったよ。
友達がそれを悟ったのは、つい最近のことで僕はその実験台にされたようなものと判明して、まあいい気はしなかったね。5本ほどアイスを多めに恵んでもらって不問にしたけれど。
友達の家へ遊びに行くと、朝から夕方あたりまで滞在するのが常。天気予報では一日を通して晴れとのことだし、このまま午後も……と考えていた矢先。
ぽつぽつと、家じゅうの窓を無数の物体が叩く音。そのガラスの表面に見慣れた水のしずくたちが浮かび始める。
雨だ、と思ったけれども空にはさほど雲がなく、通り雨かと思われた。けれども、遠くからは雷らしき音が聞こえるし、いやに張り切った狐の嫁入りだなあ、などと僕はのんきに構えていたんだよ。
けれど、アイスを食べ終えた友達の顔色がさっと変わる。
「お手入れしなきゃ!」
アイスでべたつく手を、そばに置いていたウェットティッシュでささっと拭うと、テレビへつないだままのゲームのコントローラーへ手を伸ばす。
電源は入っていない。なのに友達は画面をにらみながら、ガチャガチャとコントローラーの全ボタンをやたらめったらに押しまくりはじめた。
ゲーム中はかけらも見せない奇行ぷりに、ちょっと思考が停止しかけるも、またもとどろく雷音がすぐさま喝を入れてくれた。
音は、止みきらない。
いったんゴロゴロと響いてやみかけては、再び落雷したかのようが轟音を補充していく。耳を拷問にかけるにはなかなか適した方法だったな。
けれども、でかさそのものは確かに大きくなっていて、こちらへ接近。ついには家全体を揺るがすほどの一撃が部屋中に広がった。
比喩じゃなかった。僕たちのいるこの家は確かにすべてがわずかに浮いて、また着地した。アイスと一緒に買ってきて、コップについでいたジュースの一滴さえもこぼさない正確さでもって。
その中でただ二つ、薄く煙をあげているものがある。
ゲーム機と友達自身だ。ゲーム機は接続されたコードも含めて、友達はその体中から、線香の香りとともに白煙を吐き出していた。
煙も香りもほどなく消える。コントローラーのガチャ押しも止まっている。その身はピクリとも動かない。
それでも声をかければ、びっくりしたように肩をいからせ、ぎぎぎっと音が立つくらいにぎこちなく顔をこちらへ向けた友達。
「なあ、勝負しないか? もうアイスとか賭けず、純粋にさ」
それから帰るまでの数時間、僕は友達の相手をした。
相手にならないどころか、お話にならなかった。
友達には正攻法もフェイントもハメ技も、すべてが見透かされたかのように通じず、まぐれあたりをのぞけばパーフェクト負けばかりだった。戦いではなく蹂躙だったよ。
こうなっては僕もモチベがダダ下がり。二度と彼とゲームをすることはなかったな。
そん たくうか。
いかなる手入れをしたら、そこまで愛されるのか。いや、そのように思いこまされているのかな。




