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あの人の行き先を知りたくなった朝

 主人公の雨宮は、朝の散歩が好きです。そんな朝の静かな時間にみつけた小さな物語。どうぞ、気軽にお楽しみください。

 雨があがった涼しい朝、雨宮は今日も外へ出る。大学を卒業後、就職のためこの街へ引っ越してきた。趣味は、朝の散歩。空気は澄み、まだ眠っている街に自分だけが取り残されたような、そんな不思議な時間。雨宮は、この朝五時の時間帯が一番好きだった。


 雨宮は、まだこの街に引っ越して間もない。気の向くまま、見知らぬ道を歩く。やがて、数ヶ月が経つと、毎日決まった時間にすれ違う人たちができてきた。 


 五時十分、犬を連れた若い女性。

「おはようございます。」

 今日も変わらぬ優しそうな笑顔でそう声をかけてくる。

「あ、おはようございます。」

 雨宮も、軽く挨拶を返す。

「ワン!ワン!ワン!」

 女性の連れたトイプードルは、相変わらず雨宮に吠えてくる。

「ごめんなさい、この子人見知りなんです」

 そう言って女性は苦笑いするが、その声色はどこか嬉しそうだ。警戒心や恐怖から吠えてくるのだろうか。だけど、その姿がものすごくかわいい。


 五時二十分、ラジオを大音量で流すおじさん。白髪まじりの髪に帽子、眼鏡という絵に描いたような姿。まるで、学校の教科書にでもでてきそうな姿のおじさんである。どうやら、流しているのは朝の情報番組で、いつも同じチャンネルを流している。


 そして、五時三十分。雨宮が、密かに気になっているのが、ショートカットの綺麗な女性だ。年齢は、四十前後だろうか。凛とした雰囲気に、ふわりと残る香水の匂い。雨宮は、すれ違うその瞬間だけ、わざと大きく息を吸い込む。言葉を交わしたことはない。声をかけたいと思っても、目が合った途端に喉が詰まる。だから、今日もなにも言えないまますれ違う。


 いつしか雨宮は、散歩よりも彼女とすれ違う時間を心待ちにするようになっていた。


 彼女のことが気になって仕方がなかった雨宮は、ある日「どこへ行くんだろう」という好奇心に負けて、少しだけ距離を保って彼女の後をつけることにした。やがて、住宅地をぬけて公園へ。ベンチに腰掛け、何やら手帳を取り出して書き込んでいる。その日は、そこまでの様子をみて、雨宮は公園を後にした。


 だが翌日も、さらにその翌日も、雨宮は散歩ついでに、彼女の後をつけるようになっていく。しかし、彼女はいつもベンチに腰掛け、手帳になにかを書き込んでいるだけのようだった。


 雨宮は、公園にあった自動販売機で飲み物を購入し、しばらく休憩しているふりをして様子をみたが、彼女はしばらくの間ベンチに座ったままだった。


 雨宮は、いつもあっという間に仕事に行かないといけない時間になってしまう。だから、彼女のその後の行動がよく分からなかった。


 そしてある日、雨宮の休日に彼女の後をつけることに成功した。彼女は、いつも通りベンチに腰掛け、手帳に書き込んでいたが、しばらくすると立ち上がり、公園をぬけてまた歩き出した。雨宮は、胸の高鳴りを抑えながら足を忍ばせていく。


 そして、住宅地の奥にある二階建てのアパートのドアの前で、彼女は立ち止まった。


 ーここが家か。

 雨宮がそう思って、満足して帰ろうとしたその瞬間、アパートのドアが開いた。


 中から現れたのは、二十代後半ほどの若い男。寝癖のついた髪、だらしなく伸びたパーカーの袖。

「おはよう」

 男は、笑顔で彼女の肩を抱き寄せ、頬がかすかに触れた。香水の匂いが、風にまじって雨宮の方まで届く。二人はお互いに微笑み合いながら、静かに家の中へと入っていった。


 ...彼女は、雨宮の知らない誰かの特別な人だった。


 胸の奥が少し重くなる。けれど、どこかで予感していたことかもしれない。あんなに美しい女性に男がいない訳がない。ただいつもの散歩ですれ違う相手に、自分の物語を勝手に重ねていただけだった。


 雨宮は、背を向けてまたゆっくりと歩き出した。彼女の香水の匂いは、もう風に流されてどこかへと消えていた。

 最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。主人公の雨宮にとっては、届かない片想いでしたが、こういう出来事が本人の成長に繋がる日常の一部なのかもしれません。

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