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〈閑話〉 盲信者が二人

「ギル。俺はあなたのことを、堅物すぎる面はあれど、真面目で素直で純粋な人間だと思っている。ヒルデさんもエアハルト殿下も、多分同意だろう」


 フェリクスは沈痛な面持ちで言う。

 ギルベルトは首を傾げる。


「いきなり怖いですね。何の話ですか?」

「……怖いのは俺だ。この前、クラウディアさんと二人で話していたんだが」


 ギルベルトは眉をひそめる。


「前から思っていたんですが、ちょっと人と距離を詰めるのが速すぎるのでは?」

「そこは人によりけり。いや、まずはこっちの話。後で聞くから――懐剣を持ち出したクラウディアさんを、羽交い絞めにしたと聞いたよ」

「はい。危ない雰囲気だったので」

「クラウディアさんが芸術科棟にいたのに、運動場にいたお前はすぐに追いついた。理由が分からなくて、俺はクラウディアさんに聞いてみた。クラウディアさんは、『個人試合の後に目が合ったから、ギルは自分の動きを見ていたんだろう』と言った」

「そういえば、目が合いましたね」


 フェリクスは額を押さえながら言う。


「クラウディアさんは双眼鏡、お前は裸眼。普通なら目は合わない」

「それは……俺が視界を広げる魔術を使うからです。幸い俺にはそこそこ魔力があるので、遠距離を見る時と近距離を見る時で、すぐにピントを合わせる練習を兼ねて、この魔術は常に使用しています」


 ギルベルトは自らの両眼を指しながら言う。


「うん、それは俺も知ってる。というか、前に聞いた。俺が言いたいのは――なぜ、クラウディアさんの位置に気づいた? いくら遠くが見れても、脳が広範囲の情報を処理できるわけではない。近接戦闘に集中した直後、遠くの位置にいるクラウディアさんに気づくのは、至難の業のはずだ」

「ああ、それも魔術です。一部の騎士はお互いの連携をとるため、位置情報を相手に知らせるマーカーのような魔術を使用します。今の技術では魔力消費量が多いので、皆が使う訳にはいきませんが、俺の魔力なら一応、四六時中使えるみたいです」

「……四六時中、クラウディアさんにマーカーを付けている?」

「はい」


 ギルベルトはあっさりと頷く。


「……一応聞くよ。何故そんな真似をしている?」

「えっと、義姉さんが宮廷学校に入学してから、図書室にこもるようになって、帰る時間がまちまちだったんです。特に夜遅くだと、俺が部屋で勉強していたら、義姉さんは何も言わずに寝に行ってしまうことがあって……それなら帰って来たことが分かれば、俺は一旦勉強を止めて、『お帰りなさい』って言うことができます」


 ギルベルトの曇りなき灰色の眼(まなこ)が輝いている。


 フェリクスには手に取るように分かるが、「こんな使い道があるんだぞ。すごいだろう」くらいにしか考えていない。


「……で、今もなお、それを……」

「宮廷学校とか人ごみに居ても、義姉さんが近くに来たことがすぐに分かって、とても便利ですよ」


 ギルベルトの曇りなき灰色の眼が輝いている。


 フェリクスはもう一度頭を抱えると、絞り出すように言った。


「……あなたの言いたいことは、分かった。だけど、ちょっと想像してみて。それ、クラウディアさんから見たら、どうなる?」

「どう……?」


 ギルベルトはしばらく腕を組んで思案していたが、はっとしたように青ざめた。


「誰かに危険な場所に連れていかれた時、俺がこの魔術を使用していなければ、すごく危ないですね。全然気づかなかった。これ、常に発動していなきゃいけないんですね」

「違う、違う……全然違う……」


 フェリクスはまた頭を抱えていたが、やがて真顔で向き合った。


「率直に言おう。それは犯罪だ。そういう法はまだないが、多分これからそうなる」

「犯罪……? この魔術って、犯罪にも使えるんですか?」

「使えるというか……ギルはその魔術を、学校で教わったんだろう。先生から何も言われてないの?」

「いや、これは独学です」

「は?」

「こういう魔術があることを知って、義姉さんに使用方法の解説を頼みました」

「自滅してる……」

「……? 義姉さんは聡明なので、自滅なんてしませんよ」


 ギルベルトの曇りなき灰色の眼が輝いている。


 フェリクスはさらにもう一度頭を抱えると、絞り出すように言う。


「例えばだけど、クラウディアさんにだって、行ったことをギルに知られたくない場所に、行く権利がある」

「知られたくない場所、とは?」

「それを考えてしまう段階で、多分アウトな気がする。そ、そうだ。ギルにだって、行ったことを誰にも知られたくない場所とか、あるでしょ?」

「え? 行ったことを、知られたくない場所? なぞなぞですか?」


 フェリクスは深く深くため息をついた。


「俺は今、とんでもない藪蛇をつついているのでは……」


 ギルベルトにクラウディアへの恋心があることは、フェリクスにも察しが付く。

 というか気づいていないのは、クラウディアとギルベルト本人だけであるというのが、フェリクスの見立てである。(←合ってる)


 フェリクスにとってギルベルトは友人であり、かわいい後輩でもあるので、ギルベルトの恋路を応援するポジションにいたつもりだったが、今それが大きく揺らぎ始めている。


 ギルベルトの曇りなき灰色の眼が輝いている。


 これが純粋すぎる精神故なのか、逆に精神がねじ曲がりすぎてこういう結果を迎えているのか、フェリクスには全く見当がつかない。


(というか、これをギルベルトに伝えてしまっていいのか? 少なくとも二人の関係を大きく変える選択になるだろうし、そうなったら俺は、クラウディアさんに恨まれる可能性すらある)


 クラウディアに恨まれるということは、下手を打てばアンネマリーとコルネリアに恨まれる可能性まで出てくる。


 この三人に恨まれた場合どうなるかなんて、ほとんど未知数である。


「……思いついた。そうだ、お互い妄信してるんだから、二人で解決してしまえばいい」

「……? 二人で?」


 首を傾げるギルベルトに、フェリクスは顔を上げて説明する。


「その魔術に関する一切のことを、クラウディアさんに説明なさい。どういう反応をするか想像もつかないが、どうせこの手順はいつか必ず必要になる。説明するときは、他人に同じ場にいてもらいなさい。その他人は、近すぎず遠すぎない人が望ましいだろう。例えば、ご両親とかは駄目」

「……分かりましたが、話が見えません」

「最終的に分かるはずだ。事前に言っておくけど、俺は今回はクラウディアさんの味方はしないが、ギルの味方でもない。俺は常に事態の良化の味方だ」

「はぁ……」


 ギルベルトのきょとんとした顔は、「この人、回りくどい言い方を好むよな」とでも思っていそうだ。(←合ってる)


 クラウディアの妄信とギルベルトの妄信が絶望的に食い違い、だがなぜか一部が奇跡的にかみ合っているこの現状を、何とかあるべき場所に落とし込むには、もうこの道しかあるまい。


 フェリクスは思考を放棄することにした。


***


「昨日、義姉さんに例の魔術のことを話したら、めちゃくちゃ褒めてくれました。『四六時中の魔術展開なんて、誰にでもできることじゃない。自分でよければ、いくらでも練習台になる』って。練習台って、何のことでしょう?」

「あああ……」


 フェリクスは翌日もまた頭を抱えていたが、やがてはっとしたように顔を上げる。


「他人は? 他人を交えろって言ったのは?」

「ヒルデさんとアンネマリー嬢にお願いしました」

「何故よりにもよって!? あと、どういう組み合わせ!?」

「近すぎず遠すぎない友人って、これくらいかなと思い」

「ち、ちなみに二人の反応は……」

「にこにこしてました。『よかったね~』って」


 ギルベルトは顔を輝かせた。


「義姉さんは、すごく喜んでくれました。フェリクスさんって、本当にすごいんですね!」

「もう二人で勝手に自滅してくれ……」

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