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04. 考えなしのアンネマリー(2)

「アンネちゃーん、勝手に入るよ」


 そう言って、乙女の部屋にずかずかと侵入してきた無礼千万なこの男は、フェリクス・バルツァーかつ辺境伯三男。


 アンネマリーの幼い頃からの腐れ縁である。


「……今日は何しに来たんですか」

「おお怖。ただの生死確認だって。アポロニア嬢に、小言を言われてたから」


 見ていたくせに、こいつは軽やかにアンネマリーを見捨てる。

 そういう奴なのである。

 アンネマリーは苛立ちをつのらせた。


 フェリクスはベッドのそばにしゃがんで、アンネマリーの顔を覗き込む。


「なんだ。元気そうじゃん」


 ウルフカットの柔らかそうな淡い金髪に、青色の瞳が視界一杯に映る。

 たくさんのピアスに着崩した衣服は、「軽そう」な印象だ。


 確かにアンネマリーは、恐ろしきアポロニア様に嫌味を言われた日には、それから三日間は再起不能であった。


 だが、今のアンネマリーはそれどころではない。


「ちょっと今、考え事で忙しいんです。帰ってください」

「まぁまぁ、そう言わずに。ほら、最近王都で流行の洋菓子」


 フェリクスは顔の横で、水玉模様の紙袋をひらひら見せびらかすように振る。


 アンネマリーは、その生涯で色々な人物を見てきた。

 だが、こいつだけは謎だ。


 フェリクスはアンネマリーの現お母様――今世の母親の友人の息子だ。

 つまり、いとこより遠い関係である。


 思春期越えたらほとんど他人になるはずのこの男が、何がためにわざわざ流行りの菓子なんか持って、アンネマリーを訪ねてくるのか。


 アンネマリーの疑惑も知らず、フェリクスは心底楽しそうに言う。


「ほら、今日知りあった可愛い女の子たちと、菓子屋に行ってみたもんだから」


 おまけにこれである。


 良く言って顔が広い、悪く言えば軽薄。

 公明正大に言えば、ただのチャラ男。


 これでもご令嬢方に大人気なのである。


 言うなれば、日向を美しい少女たちに囲まれて闊歩する青年が、日陰の雑草の脇に隠れる小石に、ちょっかいをかけているようなものである。


 アンネマリーにしてみれば、彼にはもっと有意義な生活習慣があるとしか思えないのだが。


「なーに、機嫌治らないの? ああ、また徹夜で男同士の春画、描いてたのか。やめろっての、その趣味―」


 フェリクスはゲラゲラと笑う。

 いくら自己卑下をしようとて、日陰の雑草の脇に隠れる小石にも矜持はある。


「明確な殺意……」

「分かった分かった。で、何を描いたんだ。見てやるよ、興味本位で」

「勝手に引き出しを開けるな馬鹿野郎!」


 この男は、何故か幼少期からアンネマリーの趣味を知っている。

 幼いアンネマリーが描いた、拙い殿方同士のラブの春画を覗き見られたか、殿方同士の戯れに高まる鼻息を聞かれたか。


 しかし、アンネマリーは恥じない。


 これが出会ったばかりの一般人であれば、アンネマリーは穴に埋まりたいほど恥ずかしかったであろう。

 だが、フェリクスは幼い頃からの腐れ縁で、付き合いは非常に長い。

 もはや取り繕う気すら起きず、恥の感情など霞のごとく消え失せた。


「その新作の春画はですね、新訳クトリニ島探検記。隊長と副隊長の絆が大変かぐわしい、名著です」

「うわー。見てらんねえよ、この変態ー」


 フェリクスはアンネマリーを指さして、笑い転げる。

 アンネマリーは気にせず、話を続ける。


「私の描いた春画なんて、今はどうでもいいんです。やることがあるから」

「え、何」

「私の姉たちを探します」


 フェリクスはぽかんとして、アンネマリーを見る。


「アンネちゃん、一人っ子だよな」

「血筋のじゃなくて、魂の方の姉妹です」


 言い方がまずかった。

 フェリクスは青ざめて、首を振る。


「アンネちゃん、そんな中二病に走らなくても、友達はそこそこいるじゃないか。大人しくて庇護欲を掻き立てる、『貞淑のブッケル家長女』って、老若男女問わず人気あるぞー。早まるな、早まるな」

「適当なこと言わないでください」


 さすが日向の者らしく、ペラペラとお世辞をいうフェリクスに呆れつつも、アンネマリーは企んだ。


 こいつも巻き込んでやろう。

 もとより、かなり前から殿方同士の恋愛趣味がばれているのに、フェリクスは一言も漏らさない。

 少なくとも、見た目に反して口は堅い人間だった。


 


 一通りの説明を終えた後、フェリクスは頭を抱えた。


「アンネちゃんがアポロニア嬢の娘……? 時間の巻き戻し? 黒魔術?」

「理解しましたか」

「これが理解できたら、俺は天才か変人、もしくは天才且つ変人だ」

「あなたが天才だろうが変態だろうが、どうでもいいんです。私はお姉さまたちを、捜さないといけない。私に記憶が戻った以上、お姉さまたちにも戻っているはずですから。皆で協力して、アポロニア様の結婚を止めないと」

「そりゃあ、アンネちゃんの話が本当なら、アポロニア嬢の結婚は、尋常じゃない事態だな……」


 腕を組んで呟いたフェリクスに、アンネマリーは首を傾げる。


「なんでですか?」

「なんでですかって、あなたねぇ。アポロニア嬢は、今をときめくアードルング公爵家の長女だろ」

「だから?」

「……あのね」


 フェリクスは呆れた顔をしつつ、椅子に座りなおす。


「アードルング公爵家の長女なら、王太子の婚約者の第一候補だろ。アメルン家は未来で侯爵になるってアンネちゃんは言ったけど、少なくとも今は貧乏伯爵家に過ぎない。嫁入りする家なら他にいくらでもあるのに、わざわざ彼を選ぶなんて、信じられない」

「言われてみれば」

「そのうえ、アポロニア嬢が明らかに不当な目にあっているのに、アードルング公爵家は何もしないのか? あれだけ優秀なアポロニア嬢も、逃げ出さずにアメルン家に居残っている? どう考えてもおかしい」

「……」


 黙って考え込むアンネマリーに、フェリクスが問いかける。


「とりあえず、今の情報だけでは、アポロニア嬢が逃亡しない理由が思い当たらないけど。他に覚えていることはないの?」

「殿方殿方ラブについてなら」

「おたくの来世での生活習慣、容易に想像ついたわ……」


 アンネマリーは咳ばらいをして、手を叩いた。


「何にせよ、今はお姉さま達の助けが欲しい。長女のディアお姉さまは、世情に詳しかったはずです。『文句を垂れる時は、それなりの根拠があると、一見それっぽいのよ』が、彼女の口癖で」

「でも、どうするんだ。まさか国中の女の子、一人一人に声を掛けるわけにもいかないし」

「そのために、あなたです。フェリクスさんは、よく新聞を読んでいますよね」

「は?」

「国で一番読まれている新聞が知りたいです」

「一応聞くよ、何するんだ」


 アンネマリーはにっこり笑った。


「新聞広告を出します」

「このド馬鹿」

「相変わらず、失礼ですね」

「一寸たがわぬ正論だから。『来世の姉妹は名乗り出てください』なんて、広告で出すつもりなの」


 アンネマリーは少し考えると、口を開いた。


「全文、古代魔術語を暗号化して書きます。私たちは一般人には分からないように、殿方殿方ラブについては、暗号化した古代魔術語で話していたのです」

「待って情報が多すぎる」


 フェリクスは頭を抱えると、やがて真顔で向き直った。


「古代魔術語は駄目。普通に魔法が発動する。新聞に魔法がかけられてたら、町は大混乱だ」

「だから、暗号化すれば……」

「それも駄目。古代魔術語を自由に操れることがばれたら、アンネちゃんは宮廷学校に引き抜かれる。目立ちたくないんだろ」


 その言葉に、アンネマリーはしばらく考えると、宣言した。


「じゃあ、姉にしか分からないことを、書きます」

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