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〈閑話〉 エアハルト王太子と本日の藁人形

 エアハルト王太子の趣味は、藁人形に釘を打つことである。


 中庭のテラスで、国家滅亡の未来を語る令嬢達について、友人と情報共有した日の夜。


 今日も今日とて、王宮の中庭に幽霊のように現れた白装束のエアハルト王太子は、頭に火をともした蝋燭を三本、白ハチマキで固定し、芙蓉が絡まる巨木に近づいた。


 エアハルトは無表情で懐から短冊を取り出す。

 そこには非常な達筆で、「アメルン伯爵」と書いてある。


 エアハルトは藁人形と短冊を木に叩きつけると、太い釘を取り出し、「アメルン伯爵」という単語の中央を貫くように、思いっきり打ち付けた。


 かあん、かあんと、鋭い音が中庭に響く。


 「呪いあれ」という呟きが、エアハルトの薄い唇から漏れる。


「呪いあれ、呪いあれ、呪いあれ、呪いあれ、呪いあれ、呪いあれ」

「やるだろうとは思っていましたが……」


 エアハルトの肩に手が置かれた。

 エアハルトが振り返るまでもない、フェリクスだ。


 フェリクスはエアハルトの頭を掴み、無理やり振り向かせると、怒鳴る。

 王太子相手にあるまじき不敬である。


「見張りの警備にばれたら、どうするんですか。エアハルト王太子の趣味が、藁人形に釘を打つことだなんて。未来の賢帝の名が地に堕ちますよ。というか、あなた体があまり強くないんだから、夜更かししないでください」


 エアハルトは微笑み、幼子に言い聞かせるように言った。


「不可抗力だ。アポロニアさんと将来結婚するなどという男の話を聞いて、呪わずにいられるわけがないだろう。僕なんて、アポロニアさんの婚約者の第一候補なのに、全っ然、噂にすら、なっていないのに!」


「呪いあれ!」とひときわ高く叫んで、エアハルトはもう一度、藁人形の釘に金槌を叩きつける。


「何でもいいから、とにかく落ち着いてください。例の令嬢どもの言葉が、真実だろうが妄想だろうが、いずれにせよアメルン伯爵は、未だ何もしていません。国家の危機だから、一応動いておかなければならないだけです。現時点、アメルン伯爵はガチめの被害者です」


 フェリクスは額に手を当てて嘆息すると、木に張り付いている藁人形の上に、紙束を掲げて見せる。


「俺は殿下が藁人形を打ち付けに行った日を、夜な夜な記録していました。これを見て、反省に努めてください」

「おお、週に一回ペース。中々ストレスたまっているね」

「そのあと原因を確認した書類。七割がアポロニア嬢関連ですね。恋愛相談なんて、俺たちにすればいいじゃないですか。そろそろ自重というものを、覚えてください」


 すると、エアハルトはすうと目を細めた。


「フェリクス君フェリクス君、自重なんてものは不可能だ。だってあの、アポロニアさんだぞ」

「な、何故……」

「あれは、僕がアポロニアさんと初めて出会った日のこと」

「……ん? 何か回想シーン入ります?」

「十二年前の春の日だった」

「長くなるやつじゃないですか。やめてください。ちょっと、聞こえていますか、ちょっと――」


***


 十二年前の春の日だった。


「ヒルデおにいさま……皆様、どこですか……」


 僕は子供のころ病弱だった。

 外で遊ぶ同年代に交ざらず、いつものテラスで本を読んでいると、か細い泣き声が聞こえてきた。


 王宮の中庭は、広いうえに入り組んでいるため、たまに迷う人がいる。


 その日僕が目にしたのは、淡い色彩の花園の小路で、小さな肩、赤色のふわふわの髪を震わせて泣く、五歳くらいの女の子だった。


「道に迷っちゃったのかな?」


 僕が近づいて、しゃがみこんで目線を合わせると、ようやく女の子は泣き止んだ。


 そのとき僕は、おや、と思った。

 この顔立ちや特徴的な黄色の瞳は、釣り書きで目を通したことがある。


 公爵家長女、アポロニア・アードルング。

 僕の婚約者の第一候補だ。


 女の子――アポロニアさんは、僕の顔を見るとぎゅっと顔をしかめた。

 どうやら、泣くのを我慢しているらしい。


 それでも、涙はぽろぽろ零れ落ちる。

 耐え切れずに、アポロニアさんはまた泣きだしてしまった。


「大丈夫、この庭からはすぐに出られるよ。お父様、お母様と一緒に来たのかな?」


 僕が訊ねると、アポロニアさんは小さな声で「……ヒルデおにいさま」と答えた。


 さっとアードルング家の息子たちを思い出す。


 善性の塊と評判が高い、アードルング家長男コンラート。

 魔術の天才にしてド変人、アードルング家次男ヒルデベルト。


 ……後者であろう。

 大方、宮廷図書館の近道に宮廷を突っ切ることを選び、連れてきた妹を放置して、どこかで本を読みふけっているのだろう。


「僕がお兄様のところへ、案内するよ。お手をどうぞ」


 僕はその場で膝をついて、手を差し出した。

 安心してくれたのか、おずおずと自分の手をのせるアポロニアさんの顔を、ハンカチでそっとぬぐう。


「あなた、だあれ?」


 アポロニアさんは、琥珀色の瞳をまん丸にして問う。


「あー……エルでいいよ」


 アポロニアさんはぱあっと顔を輝かせ、涙の痕が付いたまま、顔いっぱいに笑った。


「はい、エルおにいさま!」

「ぐふっ」


 エアハルトの心臓に、ぶっとい何かが刺さる感触がした――



***


「――これが、僕とアポロニアさんの出会い」

「児童買春に関わる行為などの規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」

「ん?」

「児ポ法」


 その時エアハルトの持つ金槌が一閃。

 慌てて右によけたフェリクスの頭をかすめた。


「何するんですか、危ない!」

「誰がロリコンだ。失礼な奴だな」

「うるさい、俺は王太子より子供の安全を優先する」

「全く違うぞ。僕は十歳だった。可愛い妹分ができたなっていう、幸せな出会いの話だよ」

「黙らっしゃい、心なしか早口ですよ」


 その時エアハルトの持つ金槌が一閃。

 慌てて左によけたフェリクスの頭をかすめた。


「何するんですか、さっきから!」

「君の屁理屈に対処するより、物理的に口を封じた方が、早い気がしてきた」

「衛兵呼びますよこのすっとこどっこい」


 言葉とは裏腹に、エアハルトが見つからないよう、ちらちらと周囲を気にするフェリクスに向かって、エアハルトは言う。


「とにかく、アポロニアさんは幼いころから、魅力的な人だった。いつもは強がって、泣きながら努力するような子が、僕の前では自分らしく笑ってくれるのが、本当に可愛かったんだよ」

「それで正体を隠し続けた結果、アポロニア嬢はデビュタントの日に、あなたの正体を知ってぶっ倒れたと」

「出会った時から、僕はアポロニアさんの前では、ちょっといい感じの王子様として振舞ってきた。なるべく好かれたかったから」

「あー、だから見られてないところでは、藁人形に釘くらい打つと」

「フェリクス君、分ってくれるかい」

「分かりません」


 フェリクスは額に手を当てて呟いた。


「俺の周りにだけ、変人が集まっているのか。それとも、俺が知らないだけで、この世は変人で埋め尽くされているのか。それが問題だ」


***


 ひと月が経った。


 三人の娘たちが王都を腐海に染めて喜んでいるころ、エアハルト王太子とフェリクスは、アメルン伯爵捕縛のために激戦を繰り広げていた。


 またひと月が経った。


「仕事……終わらないねぇ」


 エアハルトが安楽椅子の上で、書類にサインをする。


「はい……」


 フェリクスが次々と書類を片付けていく。


 三人の娘たちが魔力切れによって、王宮の一室で寝込んでいるころ、エアハルトとフェリクスは、王都の復興やアメルン伯爵の裁判などの仕事に追われていた。

 せめてもの気分転換に、二人は中庭のテラスで仕事をしている。


「ギル君にも手伝いを、頼みたいところだけれど……」

「王都復興のために、本職の騎士たちと走り回っています」

「ヒルデベルト君は……」

「ヒルデさんはだめ! 彼に政務をさせたら、魔術発展のためとか言って、王都どころか国を撲滅しかねません」


 二人は深々とため息をつくと、顔を見合わせて、へらりと苦笑した。


「フェリクス君、いつもそばで、僕を助けてくれてありがとう」

「宰相補佐なんだから、当たり前ですよ。俺は小器用ですし」

「それだけじゃないよ」


 微笑みながら、エアハルトは書類に書き込んでいく。


「フェリクス君は、誰がどんな変なことを言っても、文句を言いながら、必ずついてきてくれる。馬鹿が付くほど丁寧で、真摯なんだ」


 エアハルトはフェリクスの顔を見た。


「僕は、君には幸せになってもらわないと、困る」

「一昨日の夜、藁人形でめちゃくちゃ困らせてた人の発言じゃない」

「君、幼馴染のご令嬢と、いい感じなんだろう。そのあとどうなんだい」

「どうもなりませんよ」

「またまた」

「俺は奥手なんですよ」

「キャー、フェリクス様がいらっしゃるわ」

「フェリクス様ー、ごきげんよう」


 中庭を通りかかったご令嬢たちが、フェリクスを見つけて黄色い声を上げる。

 王都の混乱で屋敷を破壊され、領地も遠い貴族たちは、一時的に王宮に匿われているのだ。


 フェリクスがにこやかに手を振ると、またご令嬢たちは歓声をあげる。


「フェリクス様、次は私と、お菓子屋に行きましょう」

「あなた、ずるいわ。今度はわたくしと、花屋に行きますよね、フェリクス様?」

「フェリクス様、次はわたくしと……」


 テラスのまわりをきゃあきゃあ取り囲む令嬢たちに、フェリクスは「本当に残念だけれど、今は仕事から手が離せないんだ。再来週にでも、エスコートさせてくれる?」と、寂しげに微笑んで、ご令嬢たちがまた沸き返る。


「あら? そこにいらっしゃるのは、王太子様」


 一瞬で空気に緊張が走り、令嬢たちは優雅に礼をする。


「王太子様、ごきげんよう」

「お邪魔をしてしまい、大変申し訳ありません。わたくしたちはこれで」


 しずしずと去り行く令嬢たちに、ひらひらと手を振るフェリクス。


 エアハルトは懐から藁人形を取り出すと、短冊に達筆で「フェリクス」と書き――


「ぎゃあっ、なんてことするんですか」

「そうだ、そうだった。君はモテるんだった」

「殿下とジャンルが違うだけですよ」

「僕だけずっと、彼女たちに見つからなかったけど」

「それは殿下の影が薄いからです。生命力も薄そうなので、さっさと体力付けてください」

「呪いあれ……」

「呪いない! ええい、幸せになれと言った、舌の根の乾かぬうちに……」


 フェリクスはダァンと書類の束を机に叩きつけると、エアハルトを指さした。


「そんなに言うなら、まず貴方から成し遂げて見せなさい!」


***


「今日は、わたくしのほかに、誰もいらっしゃいませんのね。これからいらっしゃるのかしら」


 アポロニアは少しそわそわした様子で、紅茶に砂糖を入れる。

 ここはエアハルト達がいつも陣取っている、中庭のテラスである。


「いや、今日はアポロニアさんしか来ない。君しか呼んでないから」


 王太子は穏やかにほほ笑むと、紅茶を口に含む。


「そうでしたの。珍しいことですわね」

(まずいです、フェリクスさん。殿下すでにカチコチです)

(ギル、カンペ出せカンペ)

「ああ。で、早速、本題に入るけどね」

(まずい、緊張に耐え切れなくなった!)

「僕は、君が安心して、一番幸せな形でうちに来れるよう、きちんと準備しておこうと思っていたんだ」

(フェリクスさん、計画にはない言葉ですが……)

(ああ、台本がとんだな!? ギル、カンペに「撤退」と――)

「……? うちに来る、とは、宮廷に来るということですか」

「いや、お嫁に来てほしい」

「!?」


 アポロニアの顔が、その赤毛のようにみるみる真っ赤になった。


(遅かった――!)

(フェリクスさんの完璧な原稿が――!)


 エアハルト王太子は微笑んだまま、淡々と続ける。


「でも、それじゃあ駄目だったんだ。友人の話によると、僕はこの局面で、君を取られるところだったらしい。それも、とんでもない男に」

(フェリクスさん、普通っぽく話してます)

(違う、ギル。あれは普通なんじゃない。一周回って普通に見えるだけだ)

「それは、ありえません」


 アポロニアは即答して、直後に言った意味に気づいて、さらに顔を赤く染めて俯いた。


「ありえない、と思いますわ」

(……お?)

(フェリクスさん! 好感触! 好感触ですよ!)

「僕も、あり得ないと思っていたんだ」


 エアハルトは一見すると静かな目で、ティーカップの水面に揺れるさざ波を見つめていた。


「その場合、僕は死んでいたのかな。側近たちを止められなかったのかな。誰かが君を唆して、僕はそれを止められないほど臆病だったのかな」

「そんな、あなたが臆病なわけが」

「だから」


 立ち上がりかけたアポロニアを手で制して、王太子はアポロニアの黄色の瞳を、じっと見つめる。


(アポロニア嬢が五歳の時から、王子様対応をしていた、成果が……)

(今……)

(頑張れ……!)

「だから、早急に、性急に、速攻で君を僕のものにしようと思うんだ。もう、他の誰にも取られようがないように。誰がどうあがいても、君が僕の前からいなくならないように」

(駄目だった――!)

(あらゆる意味で重いです殿下――!)

(ねえどうする? 魔術で二人の記憶消しちゃう?)

(ヒルデさん! 今は! 今は出てこないで!)




「ひぃぃ……」


 アポロニアは耳まで真っ赤にして俯いた。

 赤い巻き毛がアポロニアの頭の上でふるふると揺れる。


(……お?)

(これは……?)


 エアハルト王太子はわずかに笑って、言った。


「だから、まず君の気持ちを確認したい。アポロニアさん、僕の求婚を受け入れてほしいんだが……駄目かな」

(殿下はもはや諦念の笑みだ)

(でも結構いい感じなのでは……?)

(よし、僕が魔術で演出しよう)

(下手したら縁切られるからやめなさい)


***


「おや、またいたずらじゃ……誰かね、王宮に藁人形など付ける不審者は……」


 庭師のおじいさんは、ため息をつきながら藁人形を引きはがすと、しげしげと短冊に書かれた達筆の文字を見た。


「『大事な人と居られない未来』か……ここは縁結びの神殿じゃないっちゅうに……」

仮にアポロニアさんとエアハルト王太子の結婚が、幸せなものにならなかったとしても、全員でエアハルト王太子をボコる土壌は出来ているようです。


ちなみに私は最近、今まで見てきたイケメンの要素を整頓して、自分なりに定義を考えました。

・突っ込み役

・包容力がある

・顔が可愛い

・たくさん死ぬ

・一話ごとに死ぬ

・アリのケツを舐める

つまり、「突っ込み役の包容力がある顔が可愛いくてたくさん死んで一話ごとに死ぬアリのケツを舐める男(あるいは女)」が、一番のイケメンです!

よし! 書いてみせる! 書くぞおお!

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