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37.  これから

「何故、私は部屋から出してもらえないんでしょう……」


 自室で愛用の机の前に腰かけて、アンネマリーは呟いた。


 三人の少女たちはすでに体調を持ち直して、家に帰っていた。


 クラウディアもコルネリアも今まで通り、普通に暮らしているらしいが、アンネマリーは何故か両親から、屋敷の外に出ないよう言いつかっている。

 おかげで町の様子も見に行けない。


「やっぱり、あの天国の三日間の仕業が、ばれて……」

「ばれてないよ、大丈夫」


 そう言いながら乙女の部屋にずかずか入ってきた無礼千万な男は、フェリクスだ。


「あの三日間どころか、怪鳥が出た間の日々は、人々の記憶からすっかり消えているらしい。……謎の『殿方同士ラブ』の書物には署名がしてあったけれど、『アン』と『ディア』って書いてあるだけだったから、誰だったかなんて分からない。……でも、怪鳥を君たちが制したって噂は流れてるから、叱るに叱れないけど、『貞淑じゃない』ってことで、お怒りなんじゃないかな」

「ええ、お父様もお母様も、それのおかげで助かったのに。理不尽……」


 アンネマリーは机の上に頬を置く。


「私、お姉さま達の様子を見て、ちょっと企んでいることがあるんです」

「何?」

「私も宮廷学校に入りたいです」


 アンネマリーはフェリクスの方に振り返った。


「貞淑じゃないって、止めますか」


 否定の代わりに、フェリクスはくすくすと笑い、「座学ならみられるよ」と言った。


 こいつはこういう奴である。

 アンネマリーの行動に何を言おうとも、結局こいつは応援してくれるのだ。


「じゃあ、淑女科にする? 勉強、意外と大変らしいけど。魔術科のほうが、あなたは向いてるかもね」

「いえ、私は芸術科にしようと思ってます」


 アンネマリーがそう言うと、フェリクスは目を丸くした。


「確かにアンネちゃんの絵は大したものだけど、あなたはどこのアトリエにも、師事したことが無いじゃないか。きついと思うよ」

「分かってます。でも……」


 アンネマリーは椅子から立ち上がると、フェリクスに近寄って、内緒話をするように囁く。


「殿方同士ラブの春画を極めたいんです」

「最高じゃん」

「……なんて?」

「……再考すべきだって言った」


 フェリクスが咳ばらいをしながら言った。

 アンネマリーは首をかしげて、フェリクスの顔を覗き込む。


「……アンネちゃん、男をそんなに見つめるもんじゃないよ」

「フェリクスさん。あなた何か、隠してませんか」

「何を隠すって言うの?」


 笑顔で言い切るフェリクスに、アンネマリーは眉を寄せた。


 やはり、ごまかされている気がする。

 こいつはいかにも隠し事が多そうなやつだが、時々挙動不審になるのが、妙に気にかかる。


 アンネマリーは肩をすくめた。


 宮廷学校に入学して、フェリクスと会う機会が増えれば、いずれ分かるかもしれない。


 なんにせよ、すべてこれからだ。


***


「ディアお姉さま、ネリお姉さま、こちらにいらっしゃったのですね」


 色とりどりの花が咲く宮廷学校の中庭で、栗色の髪の少女が軽やかな声を上げる。

 宮廷学校の制服を控えめに着こなす、銀縁の丸眼鏡に縁どられた大きな緑色の瞳が印象的な、愛らしい少女だ。


「アン、待っていたのよ」


 芙蓉の花が絡まる木の根元のベンチに腰かけていた、黒髪の背の高い少女が立ち上がる。

 ほっそりとした四肢に、白い頬が美しい少女だ。


「アン、紹介したい本があるんだ」


 隣に座っていた灰色の髪の少女が、顔いっぱいに笑う。

 幼げな容姿と紫の宝石のような瞳が相まって、まるで妖精のようだ。


 少し離れたところで様子を見守りながら、令嬢たちがほぅ、とため息をつく。


「ご覧になって。『貞淑のブッケル家長女』のアンネマリー様と、『図書室の君』クラウディア様よ。あそこにいらっしゃるのは、『ファーナー家の掌中の珠』コルネリア様ね」

「本当に仲良しでいらっしゃること」

「皆さま、お互いに愛称をつけて、姉や妹と呼び合うのよ。素敵だわ」


 ほほえましく会話を楽しんでいるらしい三人の少女達に、つかつかともう一人の少女が歩み寄る。


「全く、声が大きくてよ。ここが勉強の場だということを、お忘れかしら」


 少し意地悪そうに言うのは、赤い巻き毛と利発そうな黄色の瞳が目を引く美しい少女、アポロニア・アードルングである。


 三人の少女の楽しい会話を邪魔しやしないかと、周囲が少し緊張する。


 だが、三人の少女たちは一瞬で顔を緩めた。


「アポロニアおか……おかおか、あの丘、綺麗ですね」

「ごめんなさいね。わたくしたち、とても面白い本を読んでいて。少し興奮しちゃったみたい」

「これからは、ちょっと気を付けます」

「ちょっとじゃなくて、ちゃんと気をつけなさい……もう」


 アポロニアは少し息をつくと、心底楽しそうな笑顔を浮かべた。

 周囲にふんわりと和やかな空気が流れる。


「それより、アポロニア様もこれ、読みませんか」

「本当に素晴らしいのよ」

「全く、仕方がないわね」


 本を受け取るアポロニアの左手の薬指には、優美な指輪がはまっている。

 あれがこの国の王太子から受け取ったものであることは、周知の事実である。


「素敵な人たちね、みなさん」

「巷では、『四枚の淑女の鑑』と名高いらしいわよ」

「ただ……」


 その時、アポロニアが「何よ、これ!」と叫んだ。


「何故、『騎士団 購入品録 十年版』なんぞを見て、そんなに興奮してるのよ」


 令嬢たちは、きゃっきゃと喜ぶ三人娘を見て、首を傾げる。


「ちょっと、選ぶ本が、不思議よね……」




 クラウディア・ツァールマン。


 彼女は明晰な頭脳と、豊富な知識を持っている。

 だが、そのすべてを殿方同士ラブのこじつけた立証にしか使えない。


 コルネリア・ファーナー。


 彼女は宮廷魔術師すらも圧倒する魔法陣を描ける。

 だが、何も起こらない。


 アンネマリー・ブッケル。


 彼女は控えめでたおやかな淑女。

 だが、尋常じゃない行動力が、大規模な騒動を引き起こす。


 ある幼馴染は、彼女を「人間災害」と称したという。


 女三人寄れば姦しいを体現した三人組。

 それが狂った馬鹿であれば、事態はさらに混迷する。


 彼女達には二つの壮大な目的がある。


 一つは、殿方同士ラブを極め、ついでに幸せも極めること。


 もう一つは、アポロニアも幸せにすること。


 ――なぜなら、その心優しい令嬢は、三人の大好きな大好きなお母様だからだ。

次回で本編の最終話です。

どうぞよろしくお願い致します。

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