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35.  魔法陣(2)

 コルネリアがチョークで魔法陣の最後の一筆を描いた。


 途端、チョークの粉がぐるぐるぐると石畳の上で渦巻く。

 チョークの粉は、小さなつむじ風に拭き上げられるように舞い上がると、やがて陣の上に不思議な模様を作った。


「……これが、魔法陣の跡。成功のはず、だけど」


 コルネリアが呟くと同時に、結界の外で騒いでいた暴徒たちの声がやんだ。


 頭上から、風を切るような音が聞こえる。

 同時に、狂ったように魔術言語で何かを叫ぶ、アメルン伯爵の声も聞こえる。


 その場にいた全員が空を見上げた。


 怪鳥が頭上を飛んでいる。

 上に乗ったアメルン伯爵は「貴様、なにをしている、僕の言うことが聞けないのか――」と叫んでいる。


 しかし、怪鳥はアメルン伯爵をぽいっと放り出した。

 アメルン伯爵は運動場の観客席まで吹き飛ぶ。


 アメルン伯爵はよろよろと立ち上がると、忿怒の表情で、懐から描きかけの魔法陣が写された大量の紙片を取り出し、ばらまいた。

 アメルン伯爵はすばやく魔法陣を完成させていき、その場で大量の魔物が召喚されていく。


 ――その中にあの怪鳥の姿はない。

 やはり、彼は二体は召還できないようだ。


 つまり、成功だ。


「皆さん、お願いします!」


 フェリクスが鋭く叫ぶと、運動場の観客席の影から、大勢の騎士や宮廷魔術師達が飛び出してきた。


 これから大戦闘がはじまるのだ。


 しかし、三人の少女たちはその場から動けなかった。

 怪鳥が一声鳴くと、三人の前にひざまずくようなそぶりをしたからである。


「なんで? 隷従の模様は入れてないのに」


 不思議そうにコルネリアが呟くと、アンネマリーが静かに「見てください」と言って、宮廷学校の外を指さした。


 暴徒と化していた民衆が、「殿方同士ラブ万歳! 殿方同士ラブ万歳!」と、叫んでいたからである。


「……どういうこと?」


 クラウディアの言葉に、アンネマリーが眼鏡を直しながら言う。


「もしかしての話、ですが……私たちは大量の殿方同士ラブの情報を、怪鳥の脳に注ぎ込みましたよね。……それって、今怪鳥は、『殿方同士ラブのことで頭がいっぱい』という、状態なのでは」

「それは、つまり、鳴き声を聞いた人々も……」

「いや、まさか、あまりにも、都合が良すぎる……」


 言いながらも、クラウディアとコルネリアは、呆然と外を眺める。

 結界の外の住民たちは、「うおお、殿方同士ラブ、最高! 最高!」と騒いでいる。


 アンネマリーはとっさに言葉を、暗号化した古代魔術語に切り替えた。


《もしかして、なんですが。今外に出れば、私達は天国にありつけるってことじゃないですか?》


 アンネマリーの言葉に、クラウディアが《駄目よ、そんな。いろいろな人に怒られる……》と呟き、しかし途中で黙った。


 三人の少女たちは、誰もがみとれる完璧に上品なしぐさで、左を見る。


 左では、騎士達が魔物相手に奮闘している。

 だれも三人のことなど見ていない。


 三人の少女たちは、非の打ち所がない完璧に上品なしぐさで、右を見る。


 右では、魔術師達が魔物相手に奮戦している。

 だれも三人のことなど気にも留めない。


 そして、三人は窺うように前を見た。


 怪鳥は依然として、自分たちの前にひざまずいている。


 まるで、「自分の背中に乗れ」とでもいうように。


《あなた達の趣味は、ぶちまけるべきでないところで、ぶちまけてはいけませんわ。でも、そうでない範囲なら、好きなだけ胸を張っていなさい。……そう言ったのが誰か、覚えてます?》


 アンネマリーが聞いた。


《……敬愛する、アポロニアお母様よ》


 クラウディアが静かに答えた。


《それじゃあ、ぶちまけるときって、いつだと思います?》


 アンネマリーがまた聞いた。


《当然、今でしょう》


 コルネリアも静かに答えた。


 抜き足、差し足、忍び足。

 三人はこっそり、静かに怪鳥の背中に乗る。


 宮廷中の誰もがアメルン伯爵と彼が操る魔物たちに夢中で、気づかない。


 やがて、怪鳥が羽ばたいた。


 ようやく三人の少女たちは、歓喜の雄たけびを上げた。


「我ら腐りし令嬢、すなわち腐女子なり。腐敗の伝染の速きこと、ミカンのごとし――!」


***


 噴水広場、殿方同士ラブで頭がいっぱいになった群衆の中に、怪鳥が王都中に響き渡る大声で鳴きながら降り立った。

 三人が地面に足をつけると同時に、群衆が歓声を上げながら取り囲む。


「殿方同士ラブ万歳! 殿方同士ラブ万歳!」

「私たちに殿方同士ラブを、もたらしてください!」

「もっと、もっと殿方同士ラブの供給を!」


「すごいですよ、王都中の人々が殿方同士ラブを求めている……」

「こんなに多くの人に、殿方同士ラブを広めるには、何をしたらいいんだろう」


 喜びに顔を上気させながらも、首をかしげる三人に、群衆の中から現れた一人の老人が声をかける。


「多くの人に知識を与えるものが何か、お嬢さん方はわかるじゃろ……印刷じゃ」


 人々に導かれるまま、三人はまず屋敷に戻って各自の作品を持ちだすと、活版印刷所に向かった。


 クラウディア著の殿方同士ラブ小説が、大量に刷られていく。


「次はアンの春画だよ」


 コルネリアが叫んだ。


 すぐに多色刷りのアンネマリーの春画が大量生産され、アンネマリーの画集が生まれた。


 三人を乗せた怪鳥を先頭にして、巨大な行列は本屋を巡り、王都中の本屋に「殿方同士ラブコーナー」をもうけていく。


「でゅふふ、夢にまで見た光景……」


 気持ち悪い笑みをこぼしたのはクラウディア。


「私の絵、私の絵がこんなにたくさん……ヒヒヒ」


 顔をゆるんゆるんにして、やはり気持ち悪い笑みをこぼすのはアンネマリー。


「いいなぁ、二人とも。私の魔法陣は沢山印刷したら危ないし、さすがにどうしようもないでしょう……?」


 コルネリアが寂しそうな顔をして言うと、二人はにやりと笑った。


「ネリ姉さま、お忘れですか? 王都には素晴らしい針子たちが、大量にいることを」


 やがて、王都一の針子がバッグやスカーフなどに、コルネリアの魔法陣を刺繍しだした。

 これで、いつでもコルネリアの創作物を、身に着けられるというわけである。


「にへへ、にへへ」


 コルネリアは両手いっぱいに自分の作品から生まれた小物を抱えて、顔を真っ赤にして笑った。


「まだまだよ、お嬢さん方。次は劇場に行くのよ」


 三人の少女たちは怪鳥に乗り、民衆を引き連れて王都中を飛び回る。


 劇場では、殿方同士ラブの物語が上演されていた。

 もちろん、舞台音楽は生演奏の「伽羅尊」である。

 三人は感動のあまり頬を真っ赤に染めて、おいおいと号泣した。


 あちらの通りでは、殿方同士ラブの登場人物を模した格好の人々が、パレードをしている。


 あちらの酒場では、殿方同士ラブの色っぽい寸劇をしている。


「なんてセクシーな世界!」


 怪鳥の上で、ネリは空に向かって叫んだ。


「次は何を作るの?」

「お姉さま、私、殿方同士ラブをイメージした香水が、作りたいです」

「アン、それならきっと、アロマキャンドルもできるよ」

「アクセサリーも作れるわね」


 夕焼けで淡いピンク色に染まった空の下、少女達はきゃらきゃら笑いながら走った。


 か弱い小娘が三人、心の中は――そして今は名実ともに――王様であった!

初稿の時は「ある種の理想郷」を目指して書きましたが、今読んだらどっからどう見てもディストピアですね、これ……

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