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34.  魔法陣(1)

 翌日、紺色のマントをまとった男が、三人の部屋に現れた。

 ギルベルトである。


「今、帰りました。暴徒は皆、王宮や討伐隊に意識が向いているみたいで、何とか指示通り、取って来れました」

「ギル、怪我はないの」


 クラウディアが問う。


「マントに傷がついただけです」


 ギルベルトは目深に被ったフードを脱ぎながら、一枚の紙片を渡した。


 それは、アメルン伯爵がコルネリアの家の応接室で落とした、魔法陣が描かれた紙である。


 クラウディアがそれを受け取ると、アンネマリーとコルネリアが横からのぞき込んだ。


「やっぱり、残っているのは魔法陣が使われた痕跡、『魔法陣の跡』だけですね」


 この国の魔法陣は、封印陣などの持続の効果を持つ特殊な陣を除いて、一度使ってしまえば陣は掻き消える。


 だが、その魔術の痕跡である「魔法陣の跡」と呼ばれる模様が残る。


「これで、アメルン伯爵が、具体的にどんな魔術を使ったのか調べます」

「……ただの召還陣じゃないってことか」


 フェリクスの言葉に、アンネマリーがうなずく。


「はい。この魔法陣の中に、怪鳥を操る魔術が組み込まれている可能性があります。そしてもしそうなら、その魔術に対抗する魔術が、作れるかもしれません」


 コルネリアがじっと紙片を見つめながら言う。


「私たちが死なずにできることと言ったら、これくらいだもんね」

「十分。僕も王宮の結界張りながらで良かったら、解析手伝うよー」


 隣からヒルベルトも魔法陣を覗き込んだ。


***


「アン。ヒルデさんも言ってたけど、これは間違いなく、単純な使役魔術とか、隷従魔術じゃないよ」


 コルネリアの言葉に、アンネマリーがうなずく。


「そうですね。これは……怪鳥の脳に直接、情報を送り込んでるってことでしょうか、ディア姉さま?」


 クラウディアが魔法陣の跡を、至近距離でにらみながら言った。


「仮にそうだとして、矛盾点は見当たらないわ。怪鳥の小さな脳に、莫大な情報を命令として流し込んでいる。それで、頭がぱんぱんになった怪鳥は、自分の意思を保つことができずに、ただその情報に従っている。まるで人形のように」

「ぱんぱんですか」

「ぱんぱん……」

「ぱんぱん……ふふ……」

「議題をもどしてくれ」


 フェリクスの言葉に、我に返ったアンネマリーは、腕を組んで考え込む。


「じゃあ、送り込まれる情報の元を断てばよい」

「無理ね、その情報の元は、おそらくアメルン伯爵よ。操られている民衆が、肉壁になったり、明らかに臨機応変に対応してるもの。アメルン伯爵が、その場その場で怪鳥に鳴かせる情報を変えているとしか、考えられない。そしてそのアメルン伯爵は、怪鳥と一緒にいるから捕まらない」


 クラウディアが即座に否定する。

 アンネマリーはなおも考える。


「じゃあ、それ以上の量の情報を与えて、こちらが怪鳥を乗っ取る」

「それも無理。怪鳥がどこにいるのかも、わたくし達には分からない。大量の情報を作ったとして、どうやって送り込むの」


 クラウディアの言葉に、コルネリアが「待った!」と叫んだ。


「この魔法陣の跡、魔物の名前が残ってる」


 アンネマリーとクラウディアは一瞬顔を見合わせると、「どういうこと」と聞いた。


 コルネリアは語りだす。


「つまり、魔物の名前っていうのは、人間の名前と違うの。人間が付ける名前は、単純に他の人や動物と区別するためだけのものだけど、魔物がつけた名前は、魂や存在そのものに、刻み込まれた名前なの」


 コルネリアはぱっと顔を上げると、力強くうなずいた。


「この名前を使って、存在そのものを対象にして、『情報を送り込む』魔法陣を作れば、怪鳥がどこにいても、乗っ取れるよ」

「じゃあ、さっそく魔法陣を作りましょうよ」

「待って、アン。その情報はどうやって作って、どうやって魔法陣として組み込む……」


 そこまで言いかけて、クラウディアは苦笑して首を振った。


「聞くまでもなかったわね。ネリの得意分野よ」


***


 そういうわけで、さっそく魔法陣制作が始まった。

 場所は宮廷と同じく結界が張られた宮廷学校の、運動場の石畳である。

 今回は掃除で落ちなかったら困るので、魔術師御用達の特殊なチョークを使って描きこんでいく。


 日が暮れれば、蝋燭をともしてまた描いた。


 中央に怪鳥の名前を書き、その周囲にとにかく大量の、複雑な情報を描きこんでいく。


 ……ちなみに、その複雑な情報というのは、魔法陣の形で記すことにした。


 いわば、怪鳥を操るための一つの魔法陣の中に、情報となるための大量の魔法陣が詰まっている形になっているのである。


 情報になる魔法陣は、コルネリアがこれまで作ってきた、殿方同士ラブの魔法陣にすることにした。

 理由は単純に、わざわざ最初から作らずとも、情報のストックとして使えるからである。


 コルネリアは言った。


「実は二人に会う前から、ディア姉さんとアンが作った物語も、魔法陣にしておいたんだ。私なりにだけどね」

「きゃあ、ありがとうございます、ネリ姉さま」

「やだ超嬉しい」


 魔法陣をコルネリアの指示通りに、すらすらと描いていくアンネマリーを見て、コルネリアが呟く。


「やっぱりアン、図案描くの上手いよ。魔法陣ばっかり作ってた私が描くより、ずっと速くきれいに描くもの。君、絵描きにでもなったら?」

「春画描きになって、家を出ます?」

「ふふふ、そんな話もしたね」


 そんなことを話しているうちに、数日が立った。


 ある朝、魔法陣が完成まであと一筆というところまでこぎついた。

 三人は、ほう、と息をついてそれを眺めた。


 運動場一杯に描かれたそれは、非常に巨大で精密なものだった。

 中央に記された魔物をあらわす小さな文字に、運動場一杯分の殿方同士ラブが流れ込むという、見る人が見れば悪逆非道と罵るような、最狂最悪の魔法陣である。


 完成すると同時に、運よく仕事を抜け出してきたヒルデベルトが運動場に現れて、感嘆した。


「……完璧だ。太鼓判を押すよ」


 背後からやってきたフェリクスも、その精巧さ、その巨大さに圧倒されていた。


「これだけやったんなら、確かに勝てる気がする」

「まぁ、アメルン伯爵が、もう一体あの怪鳥を召還できるとしたら、全部やり直しですけどね」

「可能性はあるが、低いな。あの怪鳥は非常に希少なものだから……じゃあ、クラウディアさん、コルネリア嬢、アンネちゃん。頼むよ」


 運動場の観客席には、ギルベルトが立ってこちらを見守っている。

 校舎の窓に見えるのは、厳しい目をして祈っている様子のアポロニア


 三人は力強くうなずく。


 そしてコルネリアがチョークで、魔法陣の最後の一筆を描いた。

次回はクライマックスです。

どうぞよろしくお願い致します。

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