33. お母様
十秒後には、三人は全員手枷をつけられ、並んで正座させられていた。
その姿は罪人そのものである。
「いつ、ばれたんですか」
アンネマリーがうなだれて聞く。
「この状況なのに、行動力のバケモノであるあなたが一切動かず、部屋でごそごそしていた」
無表情のフェリクスが言う。
幼少期から、フェリクスを数々の無茶苦茶に巻き込んできたアンネマリーだが、初めて彼の心から怒っている様子を見た。
「それで、よく見たら義姉さんもコルネリア嬢も、一緒でした。何か、俺たちには言いづらいことがあるのかと」
ギルベルトが話を継ぐ。
フェリクスは静かに言う。
「確かに、あなたたちは非常識で変態で、忠義の類の精神が欠片もなく、役立たずどころか、萌え状況によって各自ステータスが変化するので、有事の際は非常に邪魔だが」
「言い草、言い草」
「それでも、あなたたちがいなくなったら、寂しいよ」
「はいはい、分かりました。もうこんな無謀な魔術しませんから、この手枷はずしてください」
アンネマリーが仕方なさそうに手枷のかかった腕を掲げて見せた。
ギルベルトがフェリクスに声をかける。
「信じられます?」
「全然」
フェリクスは即答した。
「アン、あなたいつも、嘘がへたくそなのよ」
「口の上手いディア姉さんに、任せとけばよかったものを」
「うるさいですねぇ。じゃあ二人とも、もっとフォローしてくれても、よかったじゃないですか」
あまつさえ、三人はぎゃあぎゃあと仲間割れを始める始末である。
男三人は嘆息した。
「これは、奥の手を出すしかない」
フェリクスが言った。
「奥の手? 何のことですか」
フェリクスは答えずに、部屋の扉を開ける。
ギルベルトがさっと三人から手枷を外す。
果たして、現れたのはふわふわの赤い巻き毛を逆立て、黄色い眼を限界まで吊り上げた、美しいご令嬢。
激怒のアポロニア様、その人だった。
アポロニアは三人の前に仁王立ちすると、流れるように一人一回ビンタをくらわした。
アポロニアの平手打ちを受けるのは、三人とも「来世」の下町で魔術を繰り出し歩いて、尻を打たれた日以来であった。
「馬鹿じゃありませんの!? 誰にも相談せずに、勝手に自死を選ぶなんて。そんなことは、あなたのまわりの誰をも、信頼してないと言っているのと、同義でしてよ!」
アポロニアはくわっと口を開けて叫んだ。
三人は唖然として、アポロニアを眺めている。
「クラウディアさんにはその知識欲、アンネマリーさんにはその人当たりの良さ、コルネリアさんにはその独創性。こんなにも才能のある方々が、それを自分の幸せのために使わない様を見るのは、虫唾が走りましてよ!」
しばらく呆然としていた三人は、正座したままアポロニアに食って掛かる。
「それ、あなたが言いますか!?」
「はぁ?」
「何故、アポロニアさんのような才気あふれる御方が、大人しくアメルン伯爵なんぞに、輿入れしたんですか。結婚しなくてよかったはずだ。だってわたくしなんて、生まれる必要、一つもなかったはずなのに」
クラウディアがやけくそのように怒鳴る。
「何故、わざわざあんな環境で、あんなお荷物の娘たちを、体を張って守ったんですか。しかも、私たちに一言も言わずに。確かに私は、馬鹿で役立たずだけど、こんなのはあんまりだ」
コルネリアは声を張り上げることも、今までの人生でほぼなかったからか、せき込みだしている。
「何故、私達なんかのために、毒をあおったんですか。何故、私達なんかのために、死んじゃったんですか」
アンネマリーが声を震わせる。
「あなたが私のせいで死んじゃったから――
――私はあなたが幸せにならない限り、生きている資格なんてない」
アンネマリーが最後はもはや呟くように言った。
クラウディアが目を見開き、俯く。
コルネリアは唇を噛みしめた。
アンネマリーが口にして、ようやく三人は気付いた。
三人はいつからか、自分たちが生きていて良いのか、分からなくなってしまっていたのだ。
「馬鹿なこと、言うんじゃありません!」
しかし、アポロニアは眉を吊り上げて叫んだ。
「あなた達に――いえ、誰にだって、生きている資格がないなんて、そんなことはこのわたくしが認めません。誰だって、何を差し置いても絶対に、幸せにならなければならないのです。それも、あなた達みたいに才気あふれる方々なら――わたくしが認めた淑女たちなら、せいぜい好きなだけ、胸を張っていれば良いのよ!」
――好きなだけ胸を張っていなさい――
それが母の口癖だったことを、三人はふと思いだした。
ぼろり、ぼろりとアンネマリーの目から涙が零れ落ちる。
アンネマリーの涙に呼応するように、コルネリアとクラウディアも泣きじゃくり始めた。
ついには三人そろってアポロニアにとびかかる。
「お母様――」
「あなたこそ、何で幸せになってくれなかったんですか」
「お母様、なんで死んじゃったんですか。なんであんなことで死んじゃったんですか」
「ふざけないで、あんな理由で勝手に逝くなんて」
「お母様、もうやだ、お母様が痛いのは、もう嫌だよ――」
アポロニアは目を白黒させた。
何なんだ、こいつら。
気でも狂ったか。
同年代の女子に「お母様」と呼ばれてしがみつかれる。
言ってしまえば気持ち悪い。
だが、三人の目はやたらと真に迫っている。
本当にボロボロ涙を流し、子供のように泣いている。
――何なんだ、この人たちは。
アポロニアはおののきながらも、ぎゃんぎゃんと泣く三人に向かって叫ぶ。
「えぇ、もう、なにをしてらっしゃるの! わたくしは死んでませんわ。こんなに若い身空で、こんなに大きな子供を持ついわれはなくってよ。ええい、もう、離れなさい――」
こうして、母が死んだ日から一度も泣かなかった三人は、漸く泣いた。
……いや、泣けたのだった。




