30. 疑惑
場所はコルネリアの居室に戻る。
「……これで、近況報告は終わり。本題になるけど」
コルネリアの言葉に、冷めた紅茶を一気飲みしたクラウディアが、顔を上げる。
「『来世』のお父様……アメルン伯爵の話ね」
アンネマリーは細い息をつくと、話し出した。
「わざわざ助けてやったのに、この恩知らずが。『令嬢の鑑』だなんだと、まわりにちやほやされて、鼻にかけて。こんな女だと知っていれば、僕はお前など助けなかった」
「……何それ」
「アメルン伯爵が『来世』でそう言っていたことを、思い出しました」
クラウディアが額を押さえ、コルネリアが眉を吊り上げた。
「『助けてやった』って、まさかお母様をアメルン家の、お嫁にもらってあげたってことかしら。そもそもが、アメルン家にも益のある政略結婚でしょう。助けたって何」
「『こんな女だと知っていれば、お前など助けなかった』だって? 何、お母様を自領に入れたことを、魔物から救ってやった扱い? 信じられないほど図々しい」
二人は口々に言う。
「そこなんです」
アンネマリーが言いながら、顔を蒼白にした。
「ちょっと、図々しすぎやしませんか」
「はぁ?」
「私も、最初は政略結婚としてお母様をお嫁に貰ったことを、『安全な自領に入れてあげて、魔物から助けた』って、意味だと思いました。でも、お母様がアメルン伯爵に嫁いだのは、他貴族とアメルン家のつながりを作るための政略結婚。アメルン伯爵は、あくまでも利益があったから、受け入れただけの話のはずです。そこに能動的に彼女を、『詳しく知らなかったから助けた』と言う余地、ありますか――何だか妙に、気にかかる」
コルネリアは話が読めずに首をかしげていたが、「そういえば」と呟いた。
「『恩知らず』って何だろう。お母様から持参金を全部奪って、古い別邸に押し込めて、でもお母様は大人しく従ってたよね。なのに、『恩知らず』って何だろう。わざわざお母様を蹴って罵るために、愛人を置いて、訪ねて来たんだよね。お母様が、何かしていたの?」
クラウディアが、こめかみに指を当てながら唸った。
「……妙なことなら、他にもあるわよ。私が魔物大量発生について調べようとした時、お母様にひどく怒られたの。私たちがどんな本を読んでも、褒めてくれたのに。でも、別邸に引きこもっていた私が、調べようとできたってことは、つまり別邸にその本があったのよ。何故読ませたくない本を、お母様は手に持ってたの……そもそも何故、お母様はそんな本を集めてたの」
三人の肌が背筋に水を浴びせられたように、ぞわりと泡立った。
「そういえば、アメルン伯爵は火竜が出た現場の、騎士団合同演習会にいて、しかもことが起こる直前に帰ったわ。なぜあのタイミングだったの?」
そう言ったのはクラウディア。
「私を連れて行こうとして、『助けようとしたのに、恩知らずが』と言いました。……何から助けようとしたんです?」
そう言ったのはアンネマリー。
「お母様は? 『令嬢の鑑』だからって理由で、お母様を『何から』助けたの?」
そう言ったのはコルネリア。
「何で災厄のこと知ってるの。――何で、知った上で、黙ってるの」
三人が同時に言い、思わず肩を震わせた。
「ねえ、お姉さま方。私、今、すごく縁起の悪いこと考えてます」
アンネマリーの言葉に、クラウディアが「奇遇ね、わたくしもよ」と答え、コルネリアが沈痛な面持ちでうなずく。
「――アメルン伯爵が、魔物を召還した可能性が高い」
「助けたっていうのは、アメルン伯爵が自分で召還した魔物に、お母様を殺させなかったということ」
「お母様は、アメルン伯爵の所業に気づいていたのよ」
「それで暴力を受け、最終的には殺された……」
「……なんてねー。ただの憶測よ憶測」
言いながらクラウディアは、ぐびぐびと紅茶を飲む。
「そうだね。あくまでもこじつけた、推測でしかない」
言いながらコルネリアは、乾いた笑いを上げる。
さすがに大嫌いであっても、しかも今世では全く関りのない人物であったとしても、実の父がそんな大悪党だとは思いたくない。
「……でも、それだけというには、つじつまが合いすぎていますよね」
アンネマリーの言葉に、二人は深くため息をついた。
「とにかく、ギルに報告するわ。なんでもすぐに報告するよう、言われてるもの」
紅茶から口を離して、クラウディアは静かに言った。
***
ギルベルトの通信機が、けたたましい受信音を立てた。
「もしもし……? 義姉さんですね。どうしたんですか」
通信機の向こうの義姉の声は、やたらと焦っている。
「もしもし、ギル。突飛な話だけれど、怒らないで聞いてね。今アンネマリーとコルネリアと、『来世』の記憶について話していたんだけれど、これから起こる災厄の元凶が、アメルン伯爵である可能性があるわ」
「……やはりですか」
「やはり? って、まさか、本当に」
フェリクスの家の紫陽花の庭の丸テーブルには、王国中の詳細な地図や、魔物の生息地の記録などが、所狭しと積み上げられていた。
フェリクスによる「保護者のための殿方同士ラブ説明会」は、終わった後は自然に、自分たちが調査した結果を報告するための会になっていたのだ。
ギルベルトは言った。
「魔物の不規則的な移動によって、例の災害が起こったと、俺は義姉さんから聞きました。しかし、奇妙です。騎士団合同演習会で集まった騎士たちから、魔物についての聞き取りを行いました。結果は誰に聞いても、このようでした。『今のところ、一切の異常は見られない。また万が一、そんなことがあったとしても、対応する準備は完全に整っている』。単純な自然災害では、このようなことは起こりにくい……人為的災害である可能性が高いです」
隣からフェリクスが口を挟んだ。
「俺もあの後、調べてみました。奇妙なことに、学校に出た火竜の目撃証言が、王都では一つもみられないのです。まるで学校にいきなり、ぽっかりと火竜が、それも自爆型のものが現れたように。念のため、魔物の生息地についても調べましたが、全て遠方。この辺りに火竜が移動してくる余地なんて、無かった。人が介在していないと考える方が、不自然ですね。では、この事態を起こして得をするのは、誰でしょう。三人のお嬢さんの話を聞く限り、それは一人に絞られる」
ヒルデベルトが静かに言った。
「魔物召還に関わる宮廷魔術師や、宮廷学校の授業を調べてみたけど、今のところ不穏な動きはなし。魔物をむやみに召還して、反乱を起こすことができるレベルのものなんて無いね。じゃあ、国中の魔法技術を司る宮廷学校から漏れて、独自で魔術研究をしている、優秀な者が怪しい。僕はそんな人物は、一人しか知らない」
ギルベルトが力強く言った。
「すぐにエアハルト王太子に事態を報告します。これだけでは証拠になりえないが、辻褄は合う。彼が王都に魔物を好きなだけ召喚できるとすれば、事は緊急を要する。人を集めて、アメルン伯爵確保のために動かねば」
「そうね。わたくし達も、何か手伝えることがあれば――」
そこで、クラウディアの言葉が途切れた。
ギルベルトが耳を澄ますと、通信機からわずかに、聞いたことのない女性の声が漏れる。
どうやら部屋にメイドが訪ねて来たらしい。
やがて、クラウディアとメイドの話し声は止んだ。
「……ごめんなさい、お話してる最中に。ちょっと、メイドさんが来て――」
「いえ、大したことがないなら、いいんです」
「……大したことないと、いうか……」
クラウディアが静かな声で言った。
通信機越しでも、クラウディアが浮かべる疲れたような微笑みが、見えるように思えた。
「『今ここに』いるらしいわよ、アメルン伯爵」




