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29. 紅茶、紫陽花、絶望

 クラウディアは、ギルベルトをモデルにした登場人物が出てくる春書の原稿をかき集めて、ぐちゃぐちゃになるのもお構いなく、背中に隠した。


「えっ、見た? 見たのギル? ちょっと答えなさいよ」

「……」

「――本当にごめんなさい――わたくし、あなたを騙していたの。わたくしは綺麗でかっこいいお姉さまなんかじゃなくて、腐っていて馬鹿な豆知識令嬢なの。ああ、いつまでも隠せることじゃないとは思っていたけれど、こんな形でなんて、一番避けたかった……」

「……」


 クラウディアは早口でまくし立てた後、すっと虚無の顔になって、本棚に近寄り、鼻歌を歌いだした。


「マッチ、マッチはどこだったかしらー」

「……」

「すべて、すべて燃やしてしまいましょー」

「義姉さん」


 ギルベルトの呼びかけに、クラウディアは肩をびくりと揺らして、恐る恐る振り返る。


 ギルベルトは、菩薩のような笑みを浮かべていた。


「俺はツァールマン伯爵……父上や母上が求めるような完璧な跡取りには、多分まだなれていないけれど、義姉さんはずっと、俺のことを認めてくれていました」

「あ、当たり前よ……」

「俺もそうです。どんな趣味を持っていたって、あなたは俺の最高の義姉さんです」



 ――そして、今に至る。


「最高の姉さんだってさ。いや、本当にできた弟よねー」


 クラウディアがティーカップを、ひたすらスプーンでかき混ぜる。

 未だ、砂糖もミルクも入っていないことに気づいていないらしい。


「……そうだね」


 何とも言えない顔で、コルネリアがうなずく。

 クラウディアはその言葉が聞こえているかも判別しかねる様子で、言葉を続ける。


「なんかもう、理不尽にすら思えてくるわね。こんな立派な弟の姉が、こんな残念な腐ったミカンだなんて」


 アンネマリーは、引きつり笑いを浮かべながら言う。


「でもまぁ、よかったじゃないですか。本棚ごと焼身自殺する羽目に、ならなくて」

「そうそう、命あっての物種」


 アンネマリーとコルネリアが口々に慰める。


「でも、本当によかったですね。ギルベルト様が、ディア姉さまの趣味を認めてくださって」

「寛大な人だね。まだ一緒にいられるじゃん。よかったじゃん」


 その言葉に、ようやくクラウディアは少し面を上げた。


「……そうね、認めてくれてよかった、本当に――」


***


 ――全く同時刻、フェリクスは陰鬱なお茶会を開いていた。


 フェリクスの家は、美しい紫陽花の庭園で知られている。

 白や水色、薄紫の淡い色彩が広がる中、花壇の小路に簡素な丸テーブルが置かれていた。


 テーブルを陣取るのはフェリクス、ギルベルト、ヒルデベルトの三人である。


「……そういうわけで、彼女たち三人を結び付けているのは、アポロニア嬢への愛と、もう一つ……殿方同士ラブだ」


 フェリクスは重々しく口にする。


 今回開かれているのは、「保護者のための殿方同士ラブ説明会」である。


 ギルベルトが蒼白な顔で義姉の趣味について相談に来たので、フェリクスは自宅で腰を据えて、じっくり話をすることを決意した。


 そこで三姉妹の話を出したら、どこからともなくヒルデベルトが現れて、「コルネリアさんの話?」と喜びながらついてきた。


 そういうわけで、フェリクスは関係者全員に伏せていた重大事実――殿方同士ラブの存在について、暴露する羽目になったのである。


 ギルベルトは祈るように指を組み、テーブルに肘をつきながら、沈痛な面持ちで話した。


「――まさか、義姉さんの好きな物を、侮辱するわけにはいかない。それも、あんなに熱中しているなら、なおのこと。ですが――」

「……あなたのそういうところは、評価するよ」


 フェリクスの相槌に、ギルベルトが耐え切れないように、吐き出した。


「だが、あんなに卑猥である必要は、あるのか――」

「ぐふぅ」

「そもそも、なぜ男同士なんだ。別に男女でもいいでしょう」

「げぼぉ」


 ギルベルトの素朴な疑問が、密かな殿方同士ラブの愛好者であるフェリクスを傷つける。

 相槌は、次第に吐しゃ物を撒き散らすような呻き声に変わっていく。


 ヒルデベルトは難しげな顔をして、頷いた。


「成程。つまり殿方殿方ラブとは、高度な魔法技術を作り出すための、一種の思考法というわけだね?」

「こっちは理解すらしていない――」

「たしか、古代の魔術国家の神話に、ところどころ男同士の恋愛の記述があるね。あれに影響を受けたものなんだろうか」

「知らん知らん――」


 ヒルデベルトとフェリクスは、ぎゃあぎゃあと無駄な議論をする。


 ギルベルトは紅茶を一気飲みすると、据わった眼をして言った。


「そうです。義姉さんが愛することなら、それは高尚なことに違いない。高尚に決まった」

「ギル、落ち着けって。おたく疲れてんだよ」

「ねえねえ、殿方同士ラブの論文書きたい。あと、殿方同士ラブによる学生たちの教育方法について、教授たちに提言していい?」

「両方駄目、絶対駄目!」


 そよ風が吹く。紫陽花が静かに揺れていた。

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