26. 再会(2)
大きな破壊音を立てて、火竜が大広間に突撃してきた。
ネリは目を見開いて凝視した。
視界に映ったもの全てを、自らの体に写さんとしているかのように凝視した。
輝く瞳も、美しいがひどく怪我を負っている体も、剥がれ落ちた鱗も凝視した。
――そしてなにより、その割れた腹筋を凝視した。
そこにいたのは、最高の――受けだった。
コルネリアは陸の上の魚のように盛大にもがいて、自分を担ぎ上げたフェリクスから逃れると、自らが描いた魔法陣にのそばに走り寄る。
「コルネリア嬢!?」
フェリクスの叫びも、コルネリアには聞こえない。
気になってはいたのだ。
飾られていた絵画に描かれる竜は小さくて、腹筋も見えなかった。
竜の描写が、あまりにも弱すぎる。
描き替えたい、描き替えたい、目の前のものを作品に写し取りたい。
その衝動は自らの命さえも忘れさせる、強力かつ大迷惑なものだった。
言い換えれば、狂気であった……
でも、コルネリアは気にしない。
だって、先ほどヒルデベルトが「君らしく生きて」と言ってくれたのである。
好きな物を大切にしていいと。
ならば、コルネリアのすべきことなど一つである。
コルネリアは床に落ちていたナイフを手に取ると、ほとんど衝動的に、一瞬で全ての「火竜」の文字をかき消した。
「えっ、何やってんの!」
不穏な空気に、思わず振り向いたヒルデベルトが、コルネリアの様子を見て悲鳴を上げた。
「一度完成した魔法陣の一部を、消したりなんかしたら!」
――ところで一度安定したものと言うのは、強力な力を持つ。
例えば、平衡状態を保っていた化学物質が、電子を抜かれて安定を失ってしまえば、強く電子を求めだすように。
完全に中和して安定を保っていた魔法陣から、「火竜」というたったひとつの記号が抜かれてしまえば、その陣は一気にバランスを崩してしまう。
そんな魔法陣は、どうなるか。
今一度の安定を、強く求めるのだ。
例えば今回の場合、「火竜」という記号を取り戻すため、魔力の暴発が起きた。
「ちょっと、もう意味わかんないんだけど」
フェリクスが叫んだ。
魔法陣からは、美しいように見えて、若干腐ったミカンのような毒々しい色をした魔力が、すぐそばにいる「火竜」という記号――本物の火竜へ向かい襲い掛かった。
――ところで、今回の魔法陣はコルネリアの最高傑作なのである。
コルネリア自身がそう思っているかどうかは置いておいて、ヒルデベルトはそう評価した。
何故なら、これまで以上に複雑な構成式が、結果的にこれまでにない、強力な魔力増幅装置の役割を果たしていたからである。
中和され、ただ魔法陣の中をぐるぐると循環するのみとなった、コルネリアの微弱な魔力は、その過程でどんどん強化され、やがて無限大となった。
つまり、コルネリアが作っていたのは、自動強化型の爆発物だったのだ。
それは魔法陣内で完結していたからこそ、安全な代物だった。
だが、一度完結によって生まれた安定を、失ってしまえばどうなるか。
魔力が暴れる火竜に絡みついて、火竜の自由を封じ込めていく。
その様子は、何故か歪な執着を持つ騎士の姿を連想させた。
そして、火竜をすっかり無力化した魔力は、火竜を魔法陣の中に取り込んだ。
そして、魔力は満足したかのように、もとの完結した魔法陣の中を、ぐるぐる回るだけの存在に戻った。
そして、魔法陣にナイフでつけられた傷の上に、文字が生まれた。
それは紫色をした、誰も見たことがない記号。
「おそらく、この竜の名前だねぇ……」
ヒルデベルトが呆けたように呟いた。
――こうして、火竜は封印された。
***
ヒルデベルトはしばらく呆然としていたが、はっとしたようにフェリクスに言う。
「すぐに、学校中の魔術師を集めて。この魔法陣が完璧なものか、どれだけの封印期間があるのか、客観的に確認しないと」
「分かりました」
フェリクスはすぐに通信機に指示を飛ばし、間もなく魔術師全員を大広間に招集する、ギルベルトの声が放送された。
フェリクスは、頭をガシガシと掻きながら言う。
「次は、動けるもので担架を持ってきて、怪我人を広間の中央に集めて、一気に応急手当てをして……ええい、やることが多すぎる」
コルネリアは新しい形で完成された魔法陣をうっとりと眺めていたが、やがてはっとしたように顔を上げ、二人の魂の姉妹に駆け寄った。
「君、ディア姉さんでしょう」
コルネリアはそうアンネマリーに声をかけ、やがて笑顔でクラウディアの方を向く。
「そして、君がアン」
アンネマリーとクラウディアはにっと笑うと、同時に言う。
「逆」
コルネリアはぽかんとしたように二人を見比べると、満面の笑みで言った。
「二人とも、逆転生していたんだね。私、一目見た時から分かったよ!」
「嘘つくなボケ」
そして三人はきゃあきゃあ笑いながら、手を取り合う。
「こんなところで会えるとは、思わなかったよ」
「私達、ネリ姉さまを探していたんですよ。そのためにここまで来たんです」
「わたくしたちが必死で探してた間、あなたは何してたのよ、まったく。いつから記憶が戻ってたの?」
「生まれた時からかな」
そして、コルネリアは微笑んだ。
「私はディア姉さんでも、アンでもない。一人じゃ何もできないから、とりあえず殿方同士ラブを追及してた。同じものを追求する限り、また会えるかと思って」
「また意味の分からんことを……いや、さっき似たようなこと言ってたわね、わたくしたちも」
「殿方同士ラブも、もちろん最重要案件ですが、私達はお母様――アポロニア様を助けないと――」
侍従の一人が叫び声をあげたのは、その時だった。
「すぐに救護班、回してください! ご令嬢が、アポロニア様が重症です!」




