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25. 再会(1)

「紫の火竜は、自爆する」


 ヒルデベルトの言葉に、一瞬空気が凍った。


 フェリクスがゆっくりと、こめかみに指をあてる。


「自爆……えぇ……」

「フェリクス。満身創痍って、どこまで行った」

「言葉通りです。翼は弓でずたずたになって、足もおぼつきません。ただ目の輝きだけが、力強くなっているように見えました」

「……そう、そろそろだね。古代種の魔力量なら、宮廷はもちろん、王都中にまで余波が及ぶ恐れがある」

「ヒルデさん、今から竜の周辺に結界を張れませんか。爆発を抑えるような」

「無理だね。そんな御大層な結界、詠唱にどれだけ時間がかかるやら」


 ヒルデベルトは大広間の人気のない隅に近づくと、魔法の杖を使って、梃子の原理で床板を引っぺがした。


「ヒルデさん……?」

「戦いは中断。騎士も全員、この学校から出すよう指示して」


 ヒルデベルトは床下に手を伸ばす。

 中には魔法陣が描かれた大きな石板があり、様々な石が配置されていた。


 ヒルデベルトは石の組み合わせを変えていく。


「この学校の校門に、結界を張る機能があることは、知ってるでしょ」

「はい。でもあれは、学校を守るためのもので、起動するにも五人の魔術師が……」

「学校を守る機能を、逆に竜の爆発を閉じ込めるように使う。僕一人で起動できるよう、今調整する」

「そんな調整、今できることですか……」

「七十秒で結界を展開する。それまでに、学校の中の人を全員逃がして」


 ヒルデベルトは淡々と言いながら、作業を続ける。


「待ってください、ヒルデさん。あなた、爆発に巻き込まれて死にますよ。ちゃんと分かっていますか」

「それが被害を最小限に抑える方法でしょ。迷わないで。政治科だろお前」


 フェリクスは一瞬頭を巡らせると、すぐに通信機の向こうのギルベルトに向かって指示を出した。

 後悔も自己嫌悪も、全部終わってからするものである。


 間もなく、学校中にギルベルトの声が放送された。


「その竜は自爆する。すぐに、爆発を抑えるための結界を張る。全員五十秒以内に、校門外へ退避。――怪我人は諦めろ。各自、命を優先」


 それだけで、放送は終わった。


 ヒルデベルトが言う。


「ちょっと、そこの床に魔法陣、描いている子いるでしょ。無理やり引きずっていってよ」

「――分かりました」


 フェリクスがコルネリアに近づくと、肩に手を置く。


「あなたは、コルネリア嬢だよね。一回止めて。行くよ」

「完成した、魔法陣……」


 その時、コルネリアが呟いた。


 コルネリアは輝く瞳でフェリクスを見て、きょとんとしてから、ヒルデベルトを探す。

 先ほどまでのやり取りを全く聞いていなかったらしい。


「ヒルデさん……?」


 コルネリアがヒルデベルトを見つけて、声をかける。

 ヒルデベルトは作業をしながら言った。


「コルネリアさん、魔法陣は生きてれば描けるから、残念ながらそれは諦めよう」

「えっ」

「あのね、僕らは同じ魔術師でも、方向性が全く違うからさ。僕の分まで魔術を研究して、なんて言えないよね」


 そしてヒルデベルトはコルネリアの方を一瞬見て、にぱっと笑った。


「君は、どうか君らしく生きて。好きなものを、捨てないで」


 コルネリアは紫色の目を見開いた。

 何かを言おうとして、手を伸ばした。


 その時、フェリクスがコルネリアを担ぎ上げる。


「アンネちゃんと、クラウディアさん! くそ、奴らは何をしている」


 フェリクスは必死で辺りを見回し、見つけた。

 二人は何故か入り口に棒立ちになったまま、こちらを凝視して、何かを囁き合っている。


 フェリクスは、思わず罵声を吐いた。


「あと四十秒だ、走れ馬鹿――」


***


 その頃、放送室で通信をしていたギルベルトは、鉄砲玉のように部屋から駆け出していた。


 クラウディアは逃げきれたか。

 聡明だが、時々自分の身をあまりにも気にしないところがあるから、心配だ。


 探しに行きたくはあるが、この残り時間ではどう考えても無理がある。

 無理をせず、命を大事にと、クラウディア本人から言われたのだ。

 ここで死んでしまえば、クラウディアに合わせる顔がない。


 そして校舎から出た時、ギルベルトは木陰に二人の騎士を見つけた。


 二人とも、ひどい火傷をしている。

 火竜の攻撃を、もろに食らったようだ。

 一人は意識を失い、もう一人は諦めたように空を眺めている。


 ――怪我人は諦めろ。各自、命を優先。


 先ほど放った、自分の言葉を思い出した。

 通話機越しにフェリクスが、早口で「俺はあなたの指揮官じゃないが、命令させてもらう。怪我人を諦めるように放送しろ。無論、あなたも諦めろ。責任は俺が取る」と言っていた。


 すぐに、どうすべきか判断はついた。


 ――だが、ギルベルトは怪我人に駆け寄った。


「しっかりしてください。この人は俺が背負います。あなたは走るんです」

「は? 無理だ、俺は足をやられた。校門まで走れない」

「では塀を超えます。あなたは俺の肩につかまって、無理やりにでも動いてください」

「何を言っているんだ。間に合うわけがないだろ」

「間に合わせるんです」


 叫びながらも、ギルベルトには分かっていた。

 そんなことをしていては、間に合うはずがない。

 分かっていたから、放送室ではああ言えたのに。


 ギルベルトは一般棟の校舎を睨みつけると、呻いた。


「畜生……!」


 ***


 アンネマリーとクラウディアは、硬直していた。

 誰の声も聞こえなかったし、あらゆる状況を忘れていた。


 ――なぜなら、大広間の床に堂々と描かれた、魔法陣を見てしまったからである。


 古風な文字が表すのは、騎士、恐ろしい火竜、善行の喜び、戦い、檻、そして執着。


 その魔法陣は、二人には以下のように読めた。



 ――昔々、ある所に、強く美しい騎士様がいました。

 騎士様は王様の命を受けて、ある火竜を討伐しに行きます。


 ですが、悪竜だと言われていたそれは、確かに見目こそ醜悪でしたが、人や動物に善行を施すことを好む、心優しい竜でした。


 彼らはお互いに、一目で恋に落ちたのです。


 ですが、騎士様が何度説明しても、人々は火竜を怖がります。

 騎士様が何度説得しても、王様は火竜を退治するという意思を変えません。


 火竜は言います。


「俺を退治しろ。人間は魔物を殺し、魔物は人間を殺す。それが宿命だ。だが、俺は人間を殺したくない。……殺されるなら、お前がいい。頼むよ」


 騎士様は、火竜を殺したくありません。

 でも、騎士様が殺さなければ、他の騎士が火竜を殺しにやってきます。


 やがて、苦しむ騎士様の愛は、ねじ曲がった執着になりました。


 この火竜は、自分だけのものだ。

 冥府のもとになどやらない。

 もちろん、他の騎士に殺されるなど、まっぴらごめんだ。


「お前を殺す。目を閉じてくれ」


 騎士様は言いました。

 火竜は言う通りにしました。


 騎士様は、火竜の足の筋を、翼を切り落としました。

 火竜は苦しみに呻きました。


 騎士様は、火竜を檻に閉じ込めました。

 そうしてしまえば、火竜はもう何もできません。


 騎士様は、王様から暇をもらいました。

 そして、二人が出会った場所に、火竜の檻を隠しました。


 火竜は泣きました。


「俺は、こんなふうに生きながらえても、何も嬉しくない。殺してくれ――」


 ですが、騎士様は笑って言いました。


「駄目だよ、君を冥府の王のものにするなんて。だって、君はようやく、僕だけのものになったのだから」


 騎士様の目には、妖しい執着の光が宿っていました。


 完




《結構、いくところまでいっちゃってるわね……》


 クラウディアは唸りながら言った。


《製作者の今後が、心配になる作品ですよ、これは……》


 アンネマリーも額に手を当てて呟いた。


《だけど……》

《ええ……》


 二人は顔を見合わせた後、悔しそうに壁に頭を打ち付ける。


《セクシ――……!》


 ――そう思わせるだけの力が、その魔法陣にはあった。


 頭の中で出所を探して彷徨い、そうしている間にも熟成された、萌えという名の多層世界が、ようやく完成形で表出されたかのように見えた。


 二人は思った。


 ネリの仕業だ。

 間違いなくネリの仕業だ。


《何ていうか、こう、身分の差ならぬ、種族の差っていいわね。馬の時もそうだったけれど、魔物になるとより幻想的になるっていうか……》


 クラウディアが早口で言う。


《あと、この病的な執着って、最高ですね。病むほどに愛しているって、なんかこう、いい……!》


 アンネマリーも力強く言う。


《ただ欲を言えば、もう少し火竜の描写が、丁寧だったらいいわね。容姿とか、しぐさとか。もっと具体性のある描写をすれば、この魔法陣はさらに光るわ》


 クラウディアが難しい顔で分析する。


《無理ですって姉さま、火竜に出会える機会なんて、まずありえない――》


 二人ははっとして、黙り込んだ。


 ――一拍後、二人は臓腑にいきわたるほど息を吸いこんで、叫ぶ。


《ネリ姉さま、見て――! 《受け》がいますよ――――!》


 その時、大きな破壊音を立てて、火竜が大広間に突撃してきた。

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