24. 火竜との邂逅
燃え上がる廊下から抜け出しながら、クラウディアは叫んだ。
「ぎゃああ無理無理」
フェリクスも叫びながら走る。
「何で王都のど真ん中に、火竜が出るんだよ。おかしいおかしいぜったいおかしい」
火竜は廊下の壁に巨体をぶつけながら、なお二人の獲物を追って走る。
フェリクスは、ハイヒールを投げ捨てるクラウディアに向かって叫んだ。
「おたく、魔術語使えるんだろ。結界とか張れないの?」
「無理よ。わたくしが使えるのは、魔術語そのものだけ。実践魔術に関してはからっきしよ。あんたこそ、紳士でしょ。淑女を守って戦いなさいよ」
「無理無理、俺は頭脳労働しかできないの」
「きぃっ、使えないやつね」
「お互い様だよ。誰だ、こんな奴を仲間だとか言ったのは」
「あんたも言ったわよ」
ぎゃんぎゃん喚きながら走る間にも、火竜は雄叫びを上げて迫ってくる。
階段を駆け下りながら、クラウディアは唸る。
「豆知識よ、金色の瞳の竜は、古代竜! 古代竜はその名の通り、古代から生きている竜で、ただの竜より魔力がずいぶん強いから、ますます厄介よ。逃げるのは諦めて、お祈りでもした方がいいかもしれないわ」
「そんな悲観的な豆知識はいらない! もっと使えそうな知識を出してくれ」
「わたくしは豆知識しか、頭に入れない人間なのよ」
「誰だこいつのこと、『図書室の君』とか言い出したの。『都市伝説級の豆知識』じゃないか」
「使えるもの……そうよ、ギルに助けを求めるのよ」
クラウディアはポケットから通信機を取り出した。
しかし、走りながら呻き声を漏らす。
「駄目駄目、どう動かせばいいのか、全っ然思い出せない。頭真っ白。行き詰った原稿より真っ白」
「ああもう、貸して!」
フェリクスが通信機をひったくると、素早く操作して怒鳴る。
「ギル、聞こえるか!」
「……フェリクスさん? 何であなたが、義姉さんの通信機を持っている」
すぐに、少し苛立ったような声が聞こえた。
「言ってる場合か! 火竜が出た、しかも古代竜! 全員に警戒態勢を取らせて、見物客を避難させろ!」
フェリクスの叫びに、ギルベルトが一瞬黙った後、言う。
「運動場に向かいます。そこで、騎士たちに事情を説明――」
「いや待て。あなた、今、どこにいる?」
「魔術科棟の三階です」
「でかした。いいか、よく聞いて。何も書いていない、緑のプレートのついた部屋がある」
「すぐ目の前です」
「鍵はかかってないから、入って。中にいくつかスイッチがあるから、俺の指示通りに押して」
「何ですか、この部屋は」
「魔術師達が実験的に、通信機を開発している部屋だ。『放送室』と呼ばれているらしい。一般人にも操作できるよう、簡略化されている。どこを押せばいいかは、俺の頭に入ってるから、そこから指示出してくれ」
ギルベルトは一瞬黙ると、すぐに言った。
「分かりました。義姉さんは無事ですね」
クラウディアが横から叫ぶ。
「全然無事よ。わたくしのことは気にしないで、頑張って。ちがう、無理しないで。命大事に」
「分かりました。義姉さんも」
その時、二人は階段を降り切って、屋外に飛び出した。
青い空が目にやたらと痛々しい。
フェリクスはギルベルトに指示を出しながら、クラウディアの腕を掴んで庭を駆け抜ける。
「クラウディアさん、ひとまず一般棟に逃げ込むよ。あそこは警備もあるし、校門への近道だ」
フェリクスがふと目をそらすと、少し遠くの生垣の影に、アンネマリーが見えた。
まだアメルン伯爵を探しているのか、辺りを焦ったように見まわしている。
火竜が立てる物音にも気付いていないらしい。
フェリクスは一気に顔色を失い、ひゅっと息をのんだ。
「アン、逃げなさい馬鹿――」
クラウディアの叫びに、きょとんとしたアンネマリーが、建物から壁を壊しながら現れた火竜を見て、盛大に顔を引きつらせる。
「何事ですか……え、夢……?」
その時火竜は、アンネマリーに向かって火を撒き散らした。
咄嗟に何事か叫んだフェリクスとクラウディアだったが、炎がアンネマリーに到達する前に、アンネマリーの姿が掻き消えた。
体格の良い騎士が、アンネマリーをひょいっと抱えて、避難したのである。
同時に、一般棟の屋上から放たれた大量の矢が、火竜の背中に刺さる。
すぐに火竜は、運動場から駆け付けた騎士たちに囲まれた。
「何故現れたのかは知りませんが、その竜は愚か者でしょう」
通信機から、ギルベルトの呟きが漏れ聞こえた。
「国中から精鋭の騎士たちが集まっている、この場所に出てくるなんて」
戦いが始まった。
***
大広間の舞踏会会場は、阿鼻叫喚となった。
ギルベルトは混乱を避けるために、あえて竜であることには触れずに魔物の出現とだけ伝えたが、一般棟のすぐそばに魔物がいるという事実は、それでもハイソな紳士淑女の皆様には刺激が強すぎた。
あちこちで悲鳴や泣き声が飛び交い、大広間はごった返しの大騒ぎである。
走る人々に押されて軽食の机は倒れ、美しいチョコレートケーキは床の上で無残に崩れ、さらに踏み潰された。
「皆さま、大広間の西門から、出てくださいまし―! 一度に廊下に押し寄せては、通れるものも通れませんわ。距離としては、校門からさほど違いはございません。殿方は怪我人や子供を運ぶのに、協力してくださいまし―!」
アポロニアは侍従に混ざって、避難誘導をしている。
それでも、舞踏会場の混乱は収まらない。
「ねー、コルネリアさん。魔物が出たんだってー。ここも危ないよ」
「ふーん、ふんふん、ふーん」
ヒルデベルトが、内容の割にはのんびりとした口調で言う。
コルネリアはやはり、鼻歌交じりに魔法陣を描いている。
ヒルデベルトはそっと、自分とコルネリアの周囲に結界を張る詠唱を始める。
その時勝手口を通って、大広間にフェリクスと二人の少女が突入してきた。
フェリクスはヒルデベルトを見つけると、全速力で走ってきた。
「ヒルデさん、何しているんですか。魔物退治、手伝ってくださいよ」
「えー、こんなに騎士がうろうろしているなら、退治もすぐでしょ」
「まぁ、俺たちがここに来る頃には、満身創痍になっていましたが――それでも火竜ですよ」
「火竜?」
ヒルデベルトは一瞬ぽかんとすると、やがて眼を見開いた。
先日読んだ、膨大な魔物の資料が脳内を駆け巡る。
「待って、何色?」
「色って……鱗は紫で、瞳は金色です」
「鱗が、紫……」
ヒルデベルトは次第に口元を引きつらせる。
最近になって魔物の生態をさらえておいて良かったと、心から思った。
「ヒルデさん、どうしたんです。確かに一応、倒す寸前ではありますよ」
「それがまずい」
ヒルデベルトがゆっくりと首を振る。
「紫の火竜は、自爆する」




