23. 言わないで頼むから
クラウディアが必死で言葉をまとめて説明すると、ギルベルトは難しい顔をして言った。
「つまり、何故かは分からないけれど、これからこの場に種族不明の魔物が出て、ヒルデさんが亡くなる、ということですね?」
「そ、そうよ」
ギルベルトはうなずく。
「分かりました。今すぐ騎士団や衛兵に、警戒態勢を敷いてもらいます」
「し、信じてくれるの?」
「当然です」
ギルベルトは自らの装備を確認しながら言う。
「ここは王都の中心ですから、出るとすればおそらく、群れからはぐれた小型魔物というところでしょう。飛行できるものの線が濃厚ですね。あのヒルデさんが亡くなるほどの魔物というところが、気がかりですが……」
ギルベルトは顔を上げた。
「義姉さんは、すぐに王宮に向かってください。あそこなら、下手に避難するよりも安全です」
「わ、分かったわ……気を付けてね」
「義姉さんこそ……そうだ」
ギルベルトは懐から、小さな箱のようなものを取り出した。
「今、騎士科で試験的に使われている通信機です。このボタンを押せば、俺のものにつながります。困ったことがあれば、すぐにかけてください」
「……ありがとう、ギル、本当に気を付けてね」
「勿論です」
そしてギルベルトは軽く会釈すると、歩いていった。
クラウディアが通信機をもう一度確認しているとき、背後から声がした。
「ちょっと、アンネちゃん、待てってば!」
勢いよく振り向くと、こちらに向かって、フェリクスが走って来るのが見える。
「フェリクス様、どうなさいましたの」
「いや。アンネマリーちゃん、ここ通らなかった?」
「え……? わたくしはずっと、こちらにいましたが、見かけませんでした」
フェリクスは乱暴に自らの頭を掻く。
「階段を下りたか……彼女、アメルン伯爵に会いに行ったみたい」
「はぁ?……何を考えていますの、あの子は!」
真っ青になってクラウディアが叫ぶと、フェリクスは首を振った。
「問題ない。さっき窓から馬車を確認したけれど、アメルン伯爵は校門を出ていくところだった。今から走っても捕まらない」
二人は微妙な顔をして、突っ立った。
「……アンネちゃん、ちゃんと戻って来るかな」
「まぁ、一応帰って来るとは、思いますけれども。微妙ですわね、あの子だから……」
しばらく気まずい沈黙が流れたが、やがてフェリクスは、人懐っこい笑みを浮かべて言った。
「そういえば、俺、クラウディアさんと話してみたかったんだよね。ここで会えたのは、ラッキーだったなぁ」
クラウディアは目を見開くと、意味深に扇で口元を隠しながら言った。
「わたくしが、あなたの仲間だから、かしら」
フェリクスはピクリと眉を上げると、ため息をつきながら頭を掻き、そばの椅子を引っ張ってきて、逆向きに座り、背もたれに肘をかけた。
「驚いた。おたくは意外と他人のことも、見えているんだね」
そして、つかみどころのない笑顔を見せる。
「そうだね。俺は、あなたが俺のお仲間なんじゃないかと、思ってたんだ。俺もあなたも批評屋で、安心しないと動けない質でしょう。話が合うんじゃないかなー、と」
クラウディアが黙って顎を引く。
フェリクスは両手を開いてみせる。
「何も警戒しなくていいよ。俺もあなたと同じ、集められる情報は集めないと、気が済まないだけなんだ――俺はあなたと情報交換がしたい」
フェリクスは首を傾げてみせて、人懐っこく笑う。
「慎重で、この国を良くしたいって点では、俺たち気が合うんじゃないかなー」
その言葉でようやく、フェリクスを探るように見ていたクラウディアが、口を開いた。
「……わたくしは、そんなことが言いたかったんじゃ、ありませんわ」
「ほう」
「あなたはいつも、これぞという女性を見ると、にこにこ笑って近づくわね」
「可愛いからね、女の子」
「そして、これぞという男性二人組を目にすると、息を飲んでその場を離れ、影からそっと見守っている」
フェリクスは黙った。
その様子を見て、クラウディアは確信した。
「やっぱりあなた……!」
「いやいやいや」
「もう何もごまかせませんわよ!」
「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って」
「待ちませんわ、どういうことですの」
「分かった、あなたの言いたいことは、分かった」
フェリクスは椅子を蹴り倒しながら立ち上がると、クラウディアの左肩をガシッとつかんだ。
「アンネちゃんには言わないで」
「認めましたわね!」
クラウディアは勝ち誇った笑みを浮かべて叫んだ。
「おお神よ。我らが腐敗は、確かに進行していたのだ!」
「その言い方やめて」
ところで、宮廷学校というのはでかい。
二百年以上前に文明水準を高めるため、国家が威信をかけて作った学校であるため、それはもう立派だ。
現に、フェリクスとクラウディアが話しているこの廊下も、天井は一般貴族が所有する大広間のように高く、横幅も非常に広い。
またこの棟は芸術科のものであるため、いたるところに生徒が拵えた彫刻や陶器が飾られている。
フェリクスとクラウディアが話している場所は、ちょうど絵画を専攻する学生の領域のようで、魅力ある絵画がそこかしこに飾られていた。
現に、すぐ隣には天井まで届きそうな巨大な絵画がある。
描かれているのは、桃色や白の淡い色彩の花畑の奥に、澄んだ川が流れているという、牧歌的な風景だった。
だが、その絵画の奥からめりめりと音が響いた。
怪訝な顔をした二人が絵画を覗き込むと、途端に絵画はひび割れ、砕け落ち、壊れた壁から青空が見える。
――いや、見えたのは空だけではない。
二人は目を疑った。
紫色の飛行物体がいる。
艶やかな鱗に包まれた体に、大きな翼。
鋭い牙に、宝石のような金色の瞳。
それは竜。
ドラゴンであった。
まさにその時、竜は大きな口から火を噴いた。
二人を獲物と見定めたようである。




