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02. 「来世」の記憶(2)

《あ、でもそう言うディア姉さんも、どうせ何か書いたんでしょう》

《えっ》


 ネリの言葉に、ディアが飛び上がる。


 アンが静かに呟く。


《左のポケットと見た》

《はいゲット》


 ネリが素早く紙束を抜き取る。


《ちょっと馬鹿アン、ああ、この馬鹿ネリ――!》


 ――ディアは文を書くタイプの馬鹿であった。


 アンとネリは、しげしげと紙束を読む。


 ディアは両手で顔を覆うものの、指の隙間から、二人の様子をじっと見ている。

 やはり、なんだかんだ、こいつも読んでほしいのだ。


 結構な文量がある。

 部屋は静寂に包まれる。


 耐え切れなくなったディアが、壁を殴りながら呻く。


《……何か、言いなさいよ。どうせ、あなた達の好みじゃないでしょ。分かっているわよ》


 ようやく、アンが口を開いた。


《勉強嫌い、読書嫌い。殿方同士の恋愛要素がなければ、文字を見ることすら苦痛な私から、言いますね。文学からっきしの私ですら、分かることがあります》


 アンが目頭を押さえながら、言った。


《最高》

《ふぐぅ》

《全国民の教科書として広めたい》


 ネリも鼻血を止めながら言う。


《いや、セクシーだわ……》

《ネリ……》

《こういう時、私って、本当に語彙力がない。でもこれだけは言える……セクシー》

《ええ……えへへ……うふ、えへへ……》


 ディアが真っ赤になって崩れ落ちると、気持ち悪い笑い声を漏らす。


《あ、でもネリお姉さまも何か……何か作ったんでしょう》

《あ、はいこれ》


 ネリは至極あっさりと、カーテンの向こうから模型のようなものを取り出した


《あなた、本当に羞恥心らしいものがないわね……》


 アンとディアは「それ」を見ながら、唸る。


《これは、絵……?》

《文字も、あるわね……》


 文字や複雑な記号が書かれた厚紙が、謎の形状に折りたたまれて、謎の形状に組み立てられている。

 所々、粘土もこびりついている。


 ――ネリは、なんだかよく分からないタイプの馬鹿であった。


《私にはアンのように、絵が描けない。ディア姉さんのように、小説が書けない。頑張って私の中の世界を、表現しようとしたんだけど……》


 ネリが小さな声で言う。


 言葉の通り、ネリは自らの表現媒体を模索し、迷走していた。

 料理、刺繍、彫刻に、ドレス制作まで。

 彼女が手を出した分野は、多岐にわたる。


 アンとディアはやはり、唸る。


《敢えて名前を付けるなら、モニュメント?》

《分からないけど……》


 言い淀みながら、二人は頬を紅潮させ、ぐんぐん興奮していく。


《分からないけれど、すごいわ、これ!》

《お姉さまが馬を選んだ理由、分かる気がした……!》

《なんだか、昂る感情がある――これは何?》

《萌えですよ、お姉さま!》


 口々に叫ぶ二人を見て、ネリの口元が緩んでいく。


《二人とも、ド変態》

《お前にだけは言われたくないわこの野郎》

《もはや、私たち姉妹において、変態性など今更です》


 そして全員、満面の笑みで、勢いよくハイタッチする。


《お前らさいこーう!》


 そう叫んで、三人はきゃらきゃら笑いながら、床の上に倒れ込んだ。


《人生最後の日、楽しかったわ》


 ディアが呟く。


《ちょっと悔しいけどね。あと少しで、この萌えをどう表現すべきか、分かる気がしたのに》


 ネリも呟く。


《じゃあ、始めましょうか》


 アンは立ち上がると、燭台や椅子をよけて、部屋の床をあらわにした。


 巨大な魔法陣。

 ところどころ血文字。


《こんなに時間がかかるとは、思わなかったわ》


 ディアが呟く。


 三人で宮廷図書館を何ヶ月も探索し、禁書が収蔵されている、秘密の小部屋を発見。


 博識なディアが、黒魔術の棚から必要な本を選び出した。

 絵画にたけたアンが、複雑な図案を解読した。

 発想力が豊かなネリが、思わぬ案を出して、研究を飛躍的に動かした。


 それでも、普段から暗号化された古代魔術語を話すこの三人を以てしても、黒魔術の使い方を解読するのに、嘘みたいな時間がかかった。


 ――使う魔法は、時間の巻き戻し。


《お母様、今度こそ幸せになるといいね》


 ネリが呟いた。


 母親は――アポロニア・アメルン侯爵夫人は、不幸の人だった。


 ……いや、この三姉妹が娘だからという理由だけではなく。


 父親、アメルン侯爵は、なかなかひどい男だった。

 母親からは持参金も持ち物も、すべてを奪って古い離れに押し込めると、本邸には愛人を入れて、幸せに暮らしていた。


 母親は、父親の不満のはけ口でもあった。


 暴言を吐かれた。

 暴力を振るわれた。

 離婚をしようにも、その書類すら提出させてもらえなかった。


《……あの状況で、よく私たちを育てたよね……》

《絶対に、へこたれない人だったから……》


 愛人に子供が生まれた。

 母親は、三姉妹の権利を守ろうとした。


 そうしたら殺された。

 三人の娘を人質に取られて、毒を飲まされて死んだ。


 母親は、最後まで何も語らなかった。

 自分が受けている仕打ちも、嘆きも。

 お荷物の三姉妹の趣味にすら、何も言わなかった。


 母は言った。


 ――あなた達の趣味は、ぶちまけるべきでないところで、ぶちまけてはいけませんわ。でも、そうでない範囲なら、好きなだけ胸を張っていなさい――


 合掌。


《では、お姉さま方。これにて、さらばです》


 アンは笑いながら手首の皮膚を切り、血液が滴る人差し指で、陣の中に自らの名前を書いた。

 これが儀式の最後の手順となるのだ。


 ネリも無言で続く。


 ディアだけが、黙って見ている。


《……姉さん?》


 ネリがたずねると、ディアが呻くように言葉を漏らした。


《長女なのに、あなた達も、お母様も守れなくて、ごめんなさい》


 アンとネリは、青ざめて叫んだ。


《今それ言う――!?》

《それ言ったら負けみたいな空気、出てたじゃないですか!》

《いや、無理よ。こんなことして、謝らずにいられる度胸がない》


 この黒魔術の代償は、三人のこの世における存在、そのものである。

 願いかなわず、母親が――アポロニアが、またアメルン侯爵と結婚したとしても、もう三人は生まれてくることはできない。


 ……それでも、どっちにしろお荷物の三人組が居なければ、母親は多分、逃げられたので。


《お母様ならね、きっと大丈夫だよ。死んでも死なないお人だから。やりなおせば、多分……》

《というか、私やネリ姉さまだって、お母様を守れなかったのは同じなのに。ディア姉さまばっかり、自分責めてつらいみたいな空気、出さないでくださいよ》

《だって、わたくしが一番上の姉だもの》

《こんな時になって、姉面しないでくださいよ。今まで一ミクロンの頼りがいも、無かったくせに》


 三人は、どうせ巻き戻すなら最大限の魔力を使って、できる限りの過去に遡ることにした。

 戻るのは、父親と母親が結婚する時点すらも遡り、母親がこの世に生まれ出でる瞬間。


 色々理由はあるが、母親と父親が出会ったタイミングを、全く計れないことが大きい。

 もし母親が父親なんぞを、一回も視界に入れることなく、誰か別の人と幸せになれたら――それは想像し得る限り、最高のハッピーエンドではないか!


 別に過去に巻き戻したところで、存在しなくなった自分たちが、何をできるわけでもないが。

 何かの誤差が起こって、母親が幸せになる未来があるかもしれない。


 ――神様、神様、神様。

 もう一度だけチャンスを。


《はい、終わり良ければすべて良し。最後の最後は、未練など残さず、すっきりさわやかに。粘着性など、どぶに捨てなさい》


 アンとネリが、ディアの頭をわしゃわしゃとなでる。


 ディアは今にも泣きそうな顔をしていたが、無理やり笑顔をつくった。


「あなた達の人生に、敬意を」


 ディアが最後に手首に傷をつけて、陣に名前を書き込む。


 陣が輝きだす。

 世界が書き換わる。


 アンは、ネリは、ディアはこぶしを引き結んで、陣の上でぶつけ合った。


「残念無念、また来世!」


 弱くて頼りない小娘が三人、心の中は王様だった。

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