17. 騎士団合同演習会(3)
《どういうことなの! 全て、順調に運営しているじゃないの》
クラウディアの呟きを、アンネマリーは歯噛みをしながら聞いていた。
二人は、騎士科棟の人気のない廊下で、ひっそりと話している。
朝に宮廷学校に着いてから、二人はずっと馬舎を中心とした巡回をしていた。
だが馬舎にいるのは、朗らかに、だが粛々と仕事を進める、まじめな職員たち。
更衣室にも、演習会場にも、いるのは健全な交流を交わす男女や、仲間たちと青春を堪能する、爽やかな騎士たちの姿ばかりである。
変態が醸し出す何とも言えない空気は、片鱗すらも見つけられない。
その上、場所が騎士団合同演習会場である。
そこは、国中の騎士たちが集まる魅惑の園。
殿方同士ラブの嗜好者たちには垂涎必至のその場所で、殿方の観察を諦め、いもしない来世の姉妹を探さなければならぬというこの状況は、嫌でも二人のフラストレーションを誘う。
《全く、どこで何をしているの。ここに、筋骨隆々の騎士たちがいるのよ。さっさと変態行為しなさいよ、ネリ……!》
クラウディアがやけになったように呟く。
アンネマリーには、彼女の気持ちが痛いほど分かる。
姉妹は大切だ。
それも、殿方殿方ラブへの道を共に邁進した、かけがえのない戦友である。
だが、それを見つけることは、果たしてこの場にいる殿方たちを無視してまで、行わなければならないことなのか。
他の令嬢方は演習会場の見物席で、歓声を上げながら動向を見守っているのに。
自分たち以上に、殿方たちへの興味にあふれた令嬢などいないと、自負しているというのに。
――目先の快楽に、二人はつられつつあった。
《ネリお姉さま、一体、どこにいるんでしょう……》
悔しさのあまり涙目になったアンネマリーの呟きに、クラウディアがぴくりと肩を震わせる。
《ねぇ、アン。わたくし達、もしかして前提条件が、間違っていたのではないかしら》
その言葉に、アンネマリーは顎に指を当てた。
《……私たちは、男女が上品に交流する舞踏会場や、外賓向けの休憩部屋などは、ネリお姉さまは歯牙にもかけないと思って省略し、あくまでも筋骨隆々の騎士や馬がいるところを中心に、探索していました。それが、間違いだということですか》
《ええ。今わたくし、ちょっと思いついてしまったのだけれど……》
クラウディアが頭痛を抑えるように、こめかみに手を当てて言った。
《あの子、本当にまだ変態なのかしら》
アンネマリーは、すぐにはその言葉を理解できなかった。
ゆっくりと一語一語をかみ砕き、やがて頭に両手を当てて、首を振る。
《待ってください……》
《でも、わたくしたちこれでも一応、逆転生したのよ。あなたは少し気弱になり、わたくしは少し見栄っ張りになったわ。あの子に何の変化もないと、言い切れる?》
《でも、それじゃあ――》
アンネマリーは頭を抱えたまま、絶叫した。
《ネリお姉さまを見つけることは、不可能です。だって、変態じゃないネリお姉さまなんて、ネリお姉さまじゃないもの――!》
――それは、絶望であった。
ネリの性質は、一言で言えば「変態」であった。
逆に言えば、彼女が「変態」でなくなってしまえば、それはネリに特徴がなくなることと同義である。
――これは、詰んだ、かもしれない。
二人は俯いたまま、黙り込んだ。
どれくらい時間が経っただろう。
アンネマリーがぽつりと呟く。
《まだ、分かりませんよ》
アンネマリーは顔を上げた。
《まだ分かりません。単純に、たまたま今日ここに、いなかっただけかもしれません。ネリお姉さまだって、何か緊急の事態があれば、こんな機会を逃すこともあるはずです》
クラウディアも顔を上げた。
《……そうね。わたくし達、ネリならこんなイベントは世界の果てからだって来るだろうと、簡単に思っていたけれど、世界の果てからここに来るのって、普通に大変だものね》
《だから、気長にやるのです》
アンネマリーはうなずく。
《私たちは焦っていました。気長にやっていたら間に合わないからです。でも、前世で来世の姉妹と会うなんて、一般的にあり得ないことです。そもそも、最初から亡びかけていた国。見つからなくてもともと、会えたらもうけ。全く期待せずに、かつ全力を尽くしましょう》
《というか、もはやそれしかないわね。探索を続行しましょう、アン》
《あ、それなんですけどね》
アンネマリーはクラウディアの目を見て、言い切った。
《私達、少し理詰めにやりすぎたと思うのです。ネリ姉さまの行動を予測したこの計画は、決して間違っていない。でも、人間とは感情で動く生き物です。……どんなに違う人間になっても、追っているものはただ一つ――萌えです。私たちは、萌えを探し求めて生きるからこそ、また出会えると思うのです》
――それは、ネリ探しを一旦置いて、目先の欲に華麗にダイブするための、堂々たる言い訳であった。
クラウディアはしばらく考え込むと、くっくっと笑って白のボンネットを取った。
《わたくし、胸勘定にとらわれすぎていたようね》
そして、白い付け襟を外すと、元の令嬢モードの姿に戻る。
《アン、わたくし、気負うのはやめたわ。わたくしたちは、萌えを追う。そして、その過程で出会えたからこそ、わたくしたちは戦友なのよ》
アンネマリーは満面の笑みで、立ち上がった。
《私、騎士たちの更衣室の周りに潜みます。あそこ、休憩中の騎士たちが、談笑しているんです。スキンシップも見たい放題》
クラウディアも満面の笑みで頷いた。
《わたくしは、騎士たちの試合を見るわ。ギルの試合、ちょうど今からなのよ》
そういえば、と前置きしてから、クラウディアは言った。
《まぁ、《受け》だわね》
《突然、何の話ですか》
《ギルよ。ずっと考えていたのだけれど、あの生真面目で頑張り屋さんなところは、健気受けの代表格よ》
《何故それを今言いますか。というか馬車の中で、腐海から弟を守り抜くためなら、何だってしてやるって、言いましたよね》
《うるさいわね。その件はわたくしに考えさせた、あなたのせいよ。もう全部あなたのせいよ》
《それで、《受け》認定の理由はそれだけですか?》
《もちろん、他にもあるわ。騎士っていいじゃない、王族の守護もできるわ。あとは分かるでしょ》
《姉さまってば、相変わらず身分差が大好きなんだから》
《専属護衛っていいわよね……なんか腹黒な王子様とかにつかまって、一生大切にされてほしい》
(*エアハルト王太子とギルベルトでも想像しておいてください)
《私は《攻め》ですね、ギルベルト様》
《貴様、裏切ったな》
《だって、ギルベルト様は結構、上背があるじゃないですか。見た目より筋肉ありそうだし。ここは魔術科の優男と、付き合ってほしいです》
《アンってば、相変わらず身長差が大好きなんだから》
(*ギルベルトとヒルデベルトでも想像しておいてください)
アンネマリーは見透かすように、微笑んだ。
《とりあえず、お姉さま。ギルベルト様受けの小説、楽しみにしていますよ》
《駄目よ、それこそギルに見つかったら、わたくしは死ねる》
《まぁまぁ、そう言いながら、結局作っちゃうのが私達》
《ちくしょう、だからこの話は嫌だったのよ》
《始めたのお姉さまですよ―》
《そうね、やめだ、やめだ。この話は終わり》
《話に付き合ってあげた優しい妹に、何て言い草でしょう。でもまぁ、いいです。これからが佳境ですものね。では、お姉さま――》
アンネマリーは鋭く叫んだ。
《散!》
そして二人はそれぞれ、追い求めるべき萌えの地に向かって、走り出した。




