16. 騎士団合同演習会(2)
「それでクラウディアさんは、何を勉強するために、騎士団合同演習会へいらしたの?」
咳ばらいをしながらアポロニアが問う。
「勉強? わたくしは、ただ……」
クラウディアは一瞬黙ると、何事もなかったかのように、すらすらと語りだす。
「こちらのアンネマリーが騎士様に憧れているけれど、内気なもので、一人で行くのを恥ずかしがるのです。頼まれたので、仕方なくついてきましたの」
「何だ。そういうことでしたのね」
アンネマリーは察した。
アポロニアは、クラウディアが勉強のために騎士団合同演習会に来たと思っているらしい。
ここで本当のことを言っても、信じてもらえるわけがない。
とはいえ、適当に何かの勉強のためと言えば、負けず嫌いのアポロニアはついて来てしまうだろう。
というわけでクラウディアは、軽やかにアンネマリーを言い訳に使ったのだ。
「それより、アポロニアさんは普段、こんなところにいらっしゃらないでしょう。どこへ行くのですか?」
クラウディアの言葉に、アポロニアが頬に手を当てる。
「舞踏会場にでも、少し顔を出そうかしら」
「ああ、そこなら多分、お菓子ありますものね。演習会の舞踏会は、大量の食事を用意しているらしいから、遠慮せずにたくさん食べていいんですよ」
「やっぱり馬鹿にしていますのね!」
「まぁまぁ、アポロニア様。ディアお姉さまは、ちょっと黙りなさい」
アンネマリーがたしなめると、その言葉にアポロニアが目を丸くする。
「普段『お姉さま』って呼んでますの? ずいぶん仲がよろしいのね」
二人はそろって微妙な顔をした。
「……舞踏会、始まってしまいますわ。早く行った方がいいのではないかしら」
「そうですよ。みんなアポロニア様を待っています。お菓子もなくなっちゃいます」
「さっきから、何なんですの!」
アポロニアはしばらくきぃきぃと言っていたが、やがて大広間の方向に消えていった。
***
アンネマリーは、アポロニアの後ろ姿を完全に消えるまで見つめていたが、その様子にクラウディアがぽつりと言う。
《お母様の幸せのために、一歩目はあなたが一人で踏んでくれた。二歩目は必ずわたくしも付き合うわ。ネリを見つけて、三人でお母様の結婚を止めましょう》
《……一歩目を一人で踏むのは、良いんですけどね。それより何ですか、さっきの言い訳は。私が騎士様を見物するのに、恥ずかしがるって? 私が?》
《仕方ないじゃない。ギルが……弟が毎年出ているのに、一度も顔を出さなかった合同演習会に、わたくしがいきなり来るとなれば、変に思われない言い訳が必要だわ》
《それでも、何ですか、あの「やれやれ仕方ないナー」みたいな雰囲気。『来世』の時から、迷わず妹たちを巻き添えにしますよね》
《人聞きが悪いわね。違和感消したかっただけよ》
《嘘つけ。絶対自分の保身しか頭にないのよ、このお姉さまは》
《違うって、もう》
クラウディアは咳払いをしてから、言った。
《そんなことより、ネリ探しよ》
クラウディアはおもむろに髪をまとめて、クラッチバッグを開ける。
そして中から白の小さなボンネットと、襟元やネックレスが全部隠れるほどの大きな白の付け襟を取り出して、装着した。
アンネマリーは察した。
シンプルな紺のドレスに、白い大きな襟、白の被り物、さらには白のクラッチバッグ。
一見したところでは、エプロンを脱いで丸めて持っているメイドに……見えなくもない。
《ほらぁ、《違う》って言ったそばから――! ずるいですよ。何、一人で勝手に変装しているんですか》
《変装ってほどじゃないわ。これ、結構ギリギリなのよ。わたくし、メイドの経験なんてないから、すぐにばれるだろうし》
クラウディアは頬に手を当てて嘆息した。
《わたくし、自分で言うのもなんだけれど、ここの優等生でしょ。変な動きをして、妙な噂が立ったら困るのよ。これなら何の意図もない、たまたまメイドに見える令嬢と、言い張れる範囲だわ》
《私もやりたかった――! 誰より人の目を気にする私に、教えてくれてもよかったじゃないですか。この分野での抜け駆けは、あんまりですよ。邪知暴虐ですよ》
《今朝、準備しているときに、思い付いたのよ》
《嘘だ、嘘。今日からディアお姉さまは、『図書室の君』ではなく『都市伝説級の保身』です》
《ええいうるさい。こんなこと、話している場合じゃないの。ネリを探すわよ》
クラウディアは、また咳払いをしてから言った。
《一週間、騎士団合同演習会の記録をあさってみた。けれど、変態行為で出禁になった人間はいない。奴は巧妙に手口を隠している》
アンネマリーも、ハンドバックから地図を取り出して確かめる。
《ネリ姉さまは、馬受けが大好き。大方、目立たない格好で、馬舎を拠点にしながら、騎士たちの武闘を覗き見ているというところでしょう。となると、馬当番の丁稚である線が濃厚です》
《予定通り、馬舎を定期的に巡回。演習会場は見物人が多すぎて、人に紛れてしまうから、騎士科棟の最上階から目視。他の棟も、騎士たちの更衣室として利用されている。念のために確認》
そして二人は頷き合うと、馬舎に駆け出していった。
***
結論から言えば、コルネリアが馬舎に出向くことはなかった。
無論コルネリアは、大好きな馬を卑猥な目で見るために、馬舎も目的地の一つに入れていた。
だが、コルネリアは道中で、もっと素晴らしいものを見つけてしまったのである。
それは、ある廊下で騎士が引きずっている、見世物用の魔物だった。
騎士は鼻歌を歌いながら、暴れる魔物が入った車輪付きの檻をけん引している。
コルネリアがその様子を凝視していると、騎士は不思議そうな顔をしながら会釈すると、その場から離れた。
後に残ったのは、壁に掛けられた、荘厳な火竜の絵であった。
そう、筋骨隆々の――
そのとき、コルネリアの脳天を激しく直撃する妄想――つまり萌えがあった――!
「コルネリアさ―ん」
「ふっふーん、るんるーん」
ヒルデベルトが囁くが、コルネリアの鼻歌は止まらない。
コルネリアは絵筆を忙しく床の上に走らせる。
染料はいつもの、その道三十年の掃除婦ですら匙を投げる、「絶対落ちない染料」である。
「うん、確かに僕も、この大広間の装飾はつまんないと思う。もっと、魔術的輝きがあるべきだよね。だから、君が描いた魔法陣を見れば、きっとみんな喜ぶよ」
「らんらんらー」
コルネリアは大広間で、床に座り込んで魔法陣を描く。
せっかくファーナー男爵が整えてくれた肌や衣装にも、黒い染料がこびりついてしまっている。
ヒルデベルトはコルネリアの隣にしゃがみこんで、そっと囁く。
「でもね、コルネリアさん。ここ――舞踏会のど真ん中だよ」
静かなワルツは、ぎこちなさを帯びている。
コルネリアとヒルデベルトを、遠巻きに取り囲むドレスの壁が、ひそひそ、ひそひそと囁く。
だが、あまりの異様さに誰も近寄れない。
飲み物を持った侍従たちが、「お前が行け」と小突きあう。
だが、相手はファーナー家の掌中の珠と、アードルング侯爵家の次男。
報復があったら怖すぎる。
宮廷学校には、まず校門の前に一般棟がある。
その奥に、騎士団が演習会を行っている運動場があり、隣から連なる形で、騎士科棟、魔術科棟、芸術科棟、淑女科棟が並んでいる。
一般棟には豪奢な大広間があって、この演習会においては、騎士や淑女たちの交流のための舞踏会も同時進行で行われる。
コルネリアは、その大広間の中央に陣取って、床に魔法陣を描いていた――




