11. 頑張る男性陣(2)
ヒルデベルトを引きずりながら、ギルベルトは約束のテラスに入った。
安楽椅子にはいつもの通り、銀色の髪を短く切った、穏やかな顔の青年が腰かけている。
彼は、この国の若き王太子エアハルト。
側のソファーに座っているのは、フェリクスだ。
公には知られていないことだが、ギルベルト、フェリクス、ヒルデベルトは王太子の近しい友人だ。
四人は頻繁にこのテラスに集まっては、こっそりと情報交換をしている。
その日は、王太子もフェリクスもやたらと難しい顔をしていた。
ギルベルトは声をかける。
「遅れてしまい、申し訳ありません。ギルベルトとヒルデベルトです――何か、ありましたか」
「こんにちは、二人とも。いや、ね――」
王太子エアハルトが眉間にしわを寄せながら、言った。
「フェリクス君の話だと、どうにも国が滅ぶかもしれないんだよね」
フェリクスが一通り話し終わったところで、額に手を当てて聞いていたギルベルトが口を開いた。
「――つまり、令嬢二人が黒魔術を使って、未来からやってきたと言い張っている、ということですか」
王太子はあっさりとうなずく。
「まぁ、そうなるね」
ギルベルトが口を開く前に、ヒルデベルトがつまらなさそうに言う。
「それが本当なら、ぜひ黒魔術についてのお話を、伺ってみたいところだけど――妄想でしょ。多感な年ごろの少女達には、よくあることなんじゃないの」
フェリクスが首を振る。
「情報源が、アンネマリー・ブッケルと、クラウディア・ツァールマンです」
ギルベルトが、ぴくりと眉を上げた。
「ね、ちょっと微妙でしょ」
エアハルトが困ったように笑う。
「――何故フェリクスさんが、義姉さんに会っているのでしょう。先に俺のところに話が来るのが、当然では」
「一回シスコンしまってくれ。今、大事な話だから」
そしてフェリクスは、珍しく真剣な顔で言う。
「俺はアンネマリー・ブッケルと、幼い頃からの付き合いです。彼女は信頼に足ると思います。なぜなら――」
そしてため息をつくと、一息に言い切った。
「めちゃくちゃ考えなしの上に、ものすごい行動力があるので、自分がすごいことをしていると妄想するくらいなら、実際に動きます。世界が滅びると予言して喜ぶくらいなら、自分で黒魔術を研究して、世界を滅ぼそうとしかねません。奴はそういう人間です」
「それは信頼と言うのか」
フェリクスに続いて、ギルベルトも主張する。
「義姉さんも、しっかりとした努力家の淑女です。何の理由もなしに、そんなことは言わないかと」
しばらく沈黙が下りた後、エアハルトが言う。
「ギルはともかく、フェリクス君がそこまで言うんだったら、僕は少し考えるかな。あと、フェリクス君の話だと、アポロニアさんは僕以外と、結婚するようだけど。誰?」
「アメルン伯爵だと言っていました。なんでもかの家だけが、魔物大量発生の事態に、対処できたんだそうです。それで、アメルン伯爵家と他貴族を繋ぐために、アポロニア嬢は嫁に出されたという」
その時、ヒルデベルトが奇妙な顔をした。
「どうしました、ヒルデさん」
「アメルン君を、出しちゃうか」
ヒルデベルトは少し考えると、語りだす。
「僕はアメルン君を教師として受け持ったけど、未だ彼より優秀な生徒を、見たことがない。宮廷魔術師たちと並べても、頭一つ抜きん出てるんじゃないかな。それに毎回、答案がちょっと独特なんだよ。宮廷学校で教えている理論、そのままを使っていない。まだ調べがついていないけれど、あれは多分、アメルン君が独自に魔術研究をしているね」
ヒルデベルトは頭を掻くと、目を閉じて空を仰ぐ。
「うーん、魔物が大量発生したとして、宮廷が対処できなくて、アメルン君だけがユニークな方法で、それを防ぐっていう筋書きは……正直、無くもない。問題は、誰も気づいていないアメルン家の独自の可能性について、普通の令嬢が知っているはずがないということ」
全員が黙り込んだ。
破滅の未来から生まれ直してきたと語る少女たち。
真実というにはあまりにも荒唐無稽だが、妄想と片付けるには妙に説得力がありすぎる。
「ちょっときな臭くなってきたかな……」
ヒルデベルトの言葉に、エアハルトが微笑んで頷いた。
「とりあえず、無視するには危険な案件だと思う。僕は陛下や側近たちに、魔物に対処する整備や、戦略づくりを提言してみる。まだ即位していないから、それくらいしかできないけどね」
フェリクスもうなずく。
「俺は、引き続き各所から情報を集めます」
「君から宰相にも相談した方が、良いんじゃない?」
「事態を仄めかしてはおくつもりです。宰相殿は少し捉えどころのない人なので、秘密を守る確証がありません。仮に三姉妹が黒魔術の使用を訴えられたとして、正式な形なら、俺だけで何とでもなりますが、例えば私刑に近い場合は、さすがに手が回りません。どちらにせよ、面倒ごとが起こりますし。分かっていると思うけど、全員、他言無用ですよ」
「では、俺たちに話して、良かったんですか?」
「ギルはクラウディアさん関連なので言わない。エアハルト殿下はアポロニア嬢関連なので言わない。二人とも情に弱いタイプで助かった」
「ヒルデさんは?」
「貴重な魔術師の情報なので言わない。仮に、ヒルデさんがそんなことを言っても、おそらく誰も信じない」
「ひどくない?」
言いながら、ヒルデベルトは顎に指をあてた。
「僕は、一度魔物に関する資料を、読み直してみようかな。良い対策があるかも」
「じゃあ、俺は学校の騎士科に、魔物退治の教育について提案してみます。ああ、騎士団合同演習会もあるから、その時に伝手のある騎士団に、少し匂わせておくか」
ギルベルトの言葉に、フェリクスが笑って言う。
「そういえば、もうそんな時期だね。今年も、クラウディアさんは演習会に呼んであげないの?」
ギルベルトは一気に渋い顔をした。
「……義姉は、今回は行くんだって言って、聞きませんでした。あの演習会は、騎士の嫁探しみたいなものです。義姉みたいな女性がほいほい出て行けば、いい鴨になるだけなのに。俺は試合に出るから、守れませんし」
騎士団合同演習会の名目は、各地の騎士団が武術を競い合うというものである。
もちろんそれも大きな理由だが、もう一つの大きな理由は騎士達の嫁探しである。
演習会には騎士に憧れる令嬢たちがたくさん集まり、会場となる宮廷学校の校舎では昼から貴族用の舞踏会まで開かれる。
要は騎士向けの盛大な合同お見合い会場も兼ねているのだ。
フェリクスが生ぬるい目をする。
「相変わらず、過保護だねーえ」
「からかわないでください。これが、騎士科の学生の目録です」
ギルベルトは強引に話を切って、手に持っていた書類を差し出した。
ギルベルトはエアハルトの私兵の充実のために、能力を記載した学生の目録を、定期的に持ってきている。
ヒルデベルトは眉をひそめた。
「ギル、その魔力、書類なの? ……エアハルト殿下への?」
「そうですよ……魔力?」
その時、ヒルデベルトがギルベルトの書類の束を奪い取った。
唖然とする周囲にかまわず、ヒルデベルトは床にざらざらと紙を並べ始める。
「ちょっとヒルデさん、何をする――」
「あった」
ヒルデベルトは、一枚の折り畳まれた模造紙を取り出した。
「ここから微弱な、本当に微弱なものだけれども――魔力を感じる」
それを聞いた周囲は、一瞬で臨戦態勢に移る。
非公式とはいえ、王太子に見せる書類に、不審なものが混ざっているのだ。
ちなみにエアハルトとフェリクスの臨戦態勢とは、椅子の後ろに隠れることを指す。
エアハルトは少し病弱なため、フェリクスは絶望的な運動音痴のためである。
ヒルデベルトは模造紙を見ながら言う。
「ギル。これ、どこで仕込まれた」
「申し訳ありません、分かりません……いや、ここに来る途中で、ぶつかった人がいました。その時に、紙が混ざったのかもしれない」
「あ、そう。なんだ……」
ヒルデベルトは少し残念そうな顔をした。
「おい、なんだって何ですか」
「いや、この魔力の量なら、暗殺なんて無理。いやがらせにすらならない。十中八九、通学中の宮廷学校の学生と、ぶつかったんでしょ。それでこれは、勉強のあとだ。つまんない」
「ヒルデさん、王太子暗殺の可能性が出たのに、その反応は……」
フェリクスがヒルデベルトを叱り始めたところで、ギルベルトが呟く。
「いや……待ってください。ぶつかった相手は、ファーナー男爵です」
「ファーナー男爵?」
エアハルトとフェリクスが、一気に微妙な顔をした。
「ファーナー男爵? 誰、それ」
ヒルデベルトが問いかける。
「俺は彼と少し交流があるけど、魔術学に関係ない人であることは、確かです……いや、謀反に関係することは、もっと無さそうに見えるが……」
フェリクスが言い終わらないうちに、ヒルデベルトは折り畳まれた模造紙を開いて、中を確認した。
――心臓を撃ち抜かれた。
からだ丸ごと、鷲掴みにされた。
そんな衝撃を受けた。




