第9話 ギャル、全然おとなしくしない
「ねぇカイくん、貴族院ってなに? あ……偉い人? 職員室的な?」
ミラは首をかしげ、ぽんっと手を打って笑った。
カイルは思わずため息をつきそうになったが、言葉は飲み込んだ。
――遡ること数日前。
ミラの提案した〝GPPP〟を正式に採択させるべく、カイルは王命として動き出した。
だが――待っていたのは、貴族院からの激しい〝反発〟だった。
そして今、カイルは王宮の議会棟へ進んでいた。
「ふん! 貴族と王族とでは、天と地ほど立場があるわ! その職員室とやらはどんな場所かは知らぬが、このカイルには取るに足らぬこと! このランツバルト王国を統治し、その玉座に君臨するのは……この俺! だが――」
言いかけて、彼の顔が曇る。
「……父上と母上が、不慮の事故で亡くなり、俺が王位を継いだのが〝去年〟。まだ若く、経験の乏しい俺の手腕を疑う貴族どもがいるのは……事実だ。有事が迫る状況でも、国の内政は一枚岩でない……か。……いずれにせよ、説得が必要だ」
カイルは立ち止まり、振り返る。
「ミラ殿。今回、お主は貴族どもの〝顔見せ〟だけだ。俺の横で、おとなしくしていてくれ。やつらの説得は……この俺がやる! わかったなッ!?」
「うん、わかたー☆」
〇
ランツバルト王国は、王を元首とする君主制を基盤としつつ、〝貴族院〟と〝平民院〟の二院制を採用している。
貴族院は伝統的な名門家によって構成され、法案の精査や拒否権を持つ強い影響力を持つ。一方、平民院は選挙によって選ばれた都市民や知識層を代表しており、民意の反映を担う。
法案は両院の承認を得なければ成立せず、形式上は王の命令すらも議会の制約を受ける。
しかし実際には、貴族院の保守的な力が圧倒的で、内政の多くは王と貴族によって決定され、平民院は、議会にですら参加できないのが原状である
そのため、王国政治は常に「伝統」と「改革」の対立に晒されている――。
そして――今その重厚な石造りの議事堂にて。
カイル・フォン・ランツバルトは、ただ一人、王としての威厳をまといながら壇上に立っていた。
「……ふん、集まりやがったな、貴族ども」
その瞳は鋭く、だが確かに揺れていた。
目の前に鎮座しているのは、威圧的な沈黙をまとう老人――ルードヴィヒ=アインツベルグ。
貴族院議長にして、王国最高位の侯爵。
そして、旧体制の象徴にして、保守派の総本山……。
カイルである父王の代から三十年以上にわたり、この国の予算案と法改正を牛耳ってきた男である。
そのルードヴィヒが、カイルを鋭く睨みつけ、口を開いた。
「単刀直入に申し上げましょう、陛下」
凍てつくような声が、議場に響いた。
「ギャル産業大躍進政策、通称GPPPは……即刻、《《中止すべき》》です」
言葉は鋭く、容赦がなかった。
議場の空気が、一瞬にして張り詰める。
カイルは一歩、壇上から前に出た。
「……理由を聞かせてもらおうか、ルードヴィヒ議長殿。なぜ、GPPPの中止をそこまで強く求める?」
ルードヴィヒは、腕を組んだまま鼻を鳴らした。
「簡単な話です。あのような政策は、風紀の乱れを招く。国の秩序を破壊する要因になりかねないのです」
「風紀の乱れ……だと?」
カイルは眉をひそめた。そして、貴族院に訴えかけるように両手を広げる。
「ならば問おう。なぜ今、街の商人たちが潤い、税収は倍増し、国民の失業率は過去最低を記録しているのか? これはギャル文化がもたらす神々しい未来を暗示させるものだ! よって、GPPPは、経済的にも極めて合理的な――国是たり得る政策だ!」
カイルは冷静に、理論と数値を並べて反論する。だが、ルードヴィヒは静かに首を振った。
「……そういう話ではないのです、陛下。我々が幾世代にもわたって築いてきた、〝王国の品格〟というものがあります。それを――経済的合理性の名の下に、それを踏みにじって良い道理など、どこにもございません」
そう言って、彼は壇上で無邪気に笑うミラへと一瞥を向け、皮肉を滲ませながら続けた。
「そちらの女性……噂の〝ギャル〟なる者ですね? 確か、王妹ルシア殿が立ち入ることを禁じられた〝古の間〟――そこの封印された祈祷室にて召喚された、〝異界の勇者〟であると、私は伺っております」
その言葉に、議場がざわめいた。しかし、ルードヴィヒの声音は揺らがない。
「ですが、陛下。我がランツバルト王国において、召喚術は明確に〝禁術〟とされております。さらに言えば、この件に関し、貴族院――いや、両院のいずれからも正式な承認がなされたという記録は、私の知る限り……存在しておりません」
彼は一拍置いてから、低く静かに言い放つ。
「これは充分に――独断専行と非難されるべき行為ではございませんか? ――ご出席の皆様方も、そうお思いになりませんかな?」
そして、溜め息混じりに首を横に振り、周囲の老人たちに語りかける。
「うむ……さすがにいただけませんなぁ」
「まったくですなあ、チャラいのはダメ!」
「どうなってるのやら、この国の未来は!」
周囲の老貴族たちが、そろってうなずき、同調の笑みを浮かべる。
カイルは……歯ぎしりし、ぼそりとつぶやく。
「この老害共が……」
GPPPは、一気に国力を底上げできる、まさに〝国家規模の奇跡〟だ。
いつ魔王軍が再び南進してくるかわからない中、一刻も早く実行に移したいところなのに会議は平行線。
というか……こいつらとの会議、いっつも長ぇんだよなぁ……。
こめかみに青筋を浮かべ、思わず心の中で愚痴をこぼした、その時だった――。
「はいはーい、ストッーープ!」
突如、議場の張りつめた空気を破るような明るい声が響いた。
カイルはぎょっとしてそちらを見る。
満面の笑顔で手を挙げているのは、もちろん、ミラその人だった。
「ねーねー、皆さんさぁ~、ギャルに偏見ありすぎじゃない? チャラいだの風紀が乱れるだの、もうさぁ、何十年前の価値観よそれ~?」
ミラは腰に手を当てて、ぐいっと前に出ると、議場を見渡すように言った。
「確かに見た目は派手かもだけど、イマドキのギャルって、筋通っててマジで一途だし、友達想いだし、ちゃんとしてんだからね?」
その言葉に、貴族たちはざわついた。
「ふん……」
沈黙を破ったのは、貴族院議長ルードヴィヒだった。
「まるで戯言だな。信用ならん。そもそも、軽薄な服装と態度がすでに品位を欠いている……」
「あ~~~~! 言ったね!? それ、完全にギャル差別だよぉ!? しゃーなし! 証明してあげるしっ!! ギャルだって仕事できるってところぉ!!」
ざわめきの中、ミラはさらっと議場中央に進み出る。そして、軽やかに、ある〝板〟を取り出した。
――それは、見慣れぬ装飾が施された、手書きの大きな〝ボード〟だった。
「ねぇねぇ、ミラわかっちゃったの!」
くるんと一回転、ネイルきらりと輝かせながら満面の笑顔で続ける。
「この会議、全然進んでないじゃん? だからね、ミラが考えたこのルールで話し合いしよ♡」
ドンッと、可愛らしいハートと星マークでデコられた〝手描きのルールボード〟を前に突き出した。
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《ギャル式☆会議五かじょー》
① 名前じゃなくて、あだ名で呼び合お♡(陛下も〝カイきゅん〟でOK〜♪)
② 役職とかカンケーなし! フラットに話そ☆
③ タメ語でいこー! 〝ですます〟は禁止でぃす♡
④ まずは〝それアリ~!〟から入ってこ♡(いきなり否定はNG〜)
⑤ ノリがすべて! とにかくノリノリで話すこと!(^^)/
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「ほら~、これなら誰でもわかりやすいし、言いたいこと言えるし、空気もアガるし、いいことづくめじゃん☆」
そう言ってピースサインを決めるミラに、貴族たちは言葉を失い――
カイルは額に手を当てて、ぐらりとよろけた。
「……なにを言い出してるんだ……この女はぁぁぁ……」