第8話 ギャル産業躍進大政策
ランツバルト王国、王城会議室――
ギャルの文明開化によって税収は跳ね上がり、渋谷2号店には他国からの観光客が押し寄せる。
辺境国家と見なされていたこの国の国際的地位は、いまや〝アゲアゲ〟である。
だが、その絶好調ムードの中で、唐突にそれはやってきた。
「プリクラ欲し~~い!♡」
ミラがソファに寝そべったまま、王におねだりする。
「ぷ、ぷり……くら?」
カイルは聞き慣れない単語に眉をひそめた。
そこへ割って入ったのは、バリカンだった。
「よぉし♡ このあたしが説明するわぁ!」
くねりながら前に出る彼のテンションは最高潮だ。
「プリクラとは! 光の魔法と記録魔法を融合させて、〝その場でかわいく盛れた自分の姿〟を〝現像〟できる超文明の技術よ! ミラたんに教えてもらったの♡」
「……なんでお前がそんなに詳しいんだ?」
「あーら、当然じゃなぁい? ミラたんとの〝女子〟トークに決まってるでしょ~♡ ねぇ? キュウリぃ?」
隣で優雅に紅茶を啜るセディオ・ノア――通称キュウリが頷く。
「ええ。あの夜語り明かした深夜の〝女子〟トーク……忘れません」
三人が並んで「ねー♡」と首をかしげた。
――〝女子〟はひとりしかいない筈なんだが……。
そうツッコみかけたが、カイルはもう言葉を飲み込んだ。
「それで……本当にそんな魔導機が、我が国で再現可能なのか?」
静かに問うと、今度はキュウリが魔導図を広げながら、淡々と説明を始めた。
「使用するのは〝光属性魔法〟と〝記憶転写魔法〟の応用技術です」
スッと指を滑らせながら、彼は語る。
「筐体には〝光写晶〟という高純度魔鉱石を使用。被写体の光、色、形を一瞬で読み取り、記録できます。もともとは精霊の姿を封じるために使われたものです」
「……なっ!?」
「さらに、定着には〝ミメイルペーパー〟を使用。これはミラ様のスマホの中にあった紙片をもとに、王国技工士が再現したものです。魔力焼き付けによって、撮影から十数秒で〝写映画〟が出力されます」
キラキラと光る試作品を見せられ、カイルは思わず言葉を失った。
ミラがにこりと笑って、親指を立てた。
「王都に〝プリクラ塔〟作ってさ~、ルーシーもKPしながら映える写メ撮ろ~♡」
「はい、もちろんですわ! いえ、もちろん! K~P~~~~~~~!」
いつの間にかルシアもそこにいる。
なんか、ジェラピケとかいうモコモコしたパジャマを着ている。
妹が……城内とはいえこんな……はしたない格好で走り回るなんて……。
「K~Pっ! 朝はK~Pっ! お昼もK~Pっ! 夜も……K~P~☆」
だが――。
「ルーシー、ストップ!」
ミラがズバッと割り込む。
ぴしっと人差し指を立てた彼女は、鋭い目つきでルシアを見つめる。
「なんでもかんでもK~Pって言ってればいいと思ってない? やめときな~ウザいよ~?」
「え……っ うざ……い……?」
ルシアの肩がびくんと揺れた。
ショックを受けた顔で固まり、目に涙を浮かべそうになる。
それを見ていたカイルが慌てて割って入る。
「おーい! ミラ殿、ルシアは14歳とはいえ、仮にもこの国の王妹だぞ!? もっとこう敬意をだな――」
「いいのです、兄上!」
ルシアの声がカイルの言葉を遮った。
その目は――まっすぐに、強く、輝いていた。
「私は……ずっと誰にも本当のことを言われず、腫れ物のように扱われてきました。皆が私に気を遣って、何も言わず、ただ〝王族だから〟と遠ざける。でも――ミラさんは違います。本音でぶつかってくれる。私を、ただの〝女の子〟として接してくれるんです。こんなに……こんなに嬉しいことはございません……」
「ルシア……」
――妹が、そんなふうに思っていたなんて……。
「でもさ、ルーシー。今日のメイク、ぶっちゃけ変☆ わっはっはっはっは~~~!」
「いや、やっぱりただの無礼なやつにしか見えないが……!?」
カイルがそうツッコむが、ミラはメイク道具を取り出した。
「私が直してあげるよ♡ 任せなさいっ!」
そして、手際よくルシアのメイクをやり直していく。
「じゃ、チークはふわっと~、目元はアゲめでいくよ~♡ ルーシーは清楚系にギャル混ぜるのが盛れると思うの~!」
メイクを終えたルシアは、鏡の前でそっと微笑んだ。
その笑顔は、どこか少しだけ、大人びて見えた。
その様子を眺めていたカイルは、はぁ……と複雑なため息をついた。
「……まったく、何がどうしてこうなったのやら……」
ため息はつくものの、カイルは、腕を組み、難しい顔をしたまましばし沈黙した。
彼の頭にあるのは……ミラが作って欲しいとわがままを言ったプリクラのこと……。
すると、次の瞬間、彼の目にひらめきの光が宿る。
「そうだ……思い出したぞ。〝プリクラ〟というのは……ミラ殿の世界に存在する〝カメラ〟という機能と同じはず……!」
そこまで口にして、カイルは地図と資料が散らばった作戦机へと駆け寄った。
「つまりだ、この〝プリクラ〟なる装置の魔法構造を改良し、小型化できれば……!」
彼の視線は、北西の地図へと向く。
「……情報戦で、我らにとって極めて重要な役割を果たすに違いない!」
周囲が静まり返る中、カイルは独りごちるように語った。
「かつて、この国は、第九次人魔世界大戦以前――80年以上も前に魔族の侵攻を受け、その後、人類諸国圏と魔界領の国交は断絶。そのせいで、敵国である〝バルゼル=ノクス連邦〟の軍事構造や戦術……国の政治や内部の事情まで、いまだ我らには一切の情報がない」
拳を固く握る。
「だが……この〝写し撮る術〟を使えば……! まさに、百年の情報封鎖を打ち破る──そんな突破口となるかもしれない」
その時――
「やだやだやだ~~~っ! プリクラだけじゃなくて~、スマホいじりたい~! 配信したい! 動画見たい! SNSでバズりたい~! てか、もっっと改革しないとやだああああ!!」
会議室の天井を揺るがすようなミラの爆発わがまま発言が響く。
そのあまりの勢いに、兵士たちが思わず辟易する。
だが――カイルは違った。
「――確か、SNSとは……〝情報を共有し、即座に広げる術〟だったな……単なる伝書鳩でも、飛脚でも、文通でもない――あの〝スマホ〟という魔導端末を使って……距離を超えて、感情や思想までも飛ばす魔術のようなもの……」
カイルは机に置かれた地図を睨みつける。
「なるほど……このランツバルト王国が置かれた〝小国〟という立場。国土は狭く、資源も乏しく、軍事力においても周辺大国に敵わない。だからこそ…! …こうした〝通信的優位〟を持つことこそ、周囲の強国に並び立つための戦略となる……!」
そして、カイルは目をカッと開いた。
「よぉぉぉぉぉし!!」
カイルは、渾身の声で叫び、勅命を下した。
「王命をもって発令するッ!! 〝ギャル文化〟によって得た全税収を投入し、王国技工士たちに命ずる――プリクラ装置の量産体制に入れッ!! さらに! スマホ! 動画! SNS! すべてに繋がる魔導装置の開発を国家プロジェクトとする!!」
「「「「イエェェェェ~~~イ!!」」」」
ミラ、バリカン、キュウリ、ルシアの四人が、ノリノリでポーズを決めながら、アゲアゲに飛び跳ねた。
その横がカイルは怪しく笑う……。
「くっくっくっく……ギャル・ミラめ……! 俺の周りをそのギャルパワーで毒しおって……! しかし、いいだろう。そのギャル文化、ギャルが使う魔道具たちもせいぜい軍事転用させて貰うわ! わっはははははは!」
――こうしてカイル国王直轄による、文化・経済・軍事技術を巻き込む、史上最大の国家プロジェクト、 「ギャル産業大躍進政策(GPPP:Gal Pop Power Project)」が始まったのであった。
だが――そのアゲアゲムーブメントの裏で、王国の中枢では、静かに〝ある火種〟が芽吹いていた――!