第5話 ギャル、文明開化する
「……〝いい手〟だと~? それは一体なんだ?」
真剣な顔で尋ねるカイルに、ミラはぴっと指を立てて、自信満々に笑う。
「まー、ミラはこう見えても肉体派じゃなくて、頭脳派だからさ!」
「ほんとかよ……」
ツッコミを入れるカイル。
「よーするにあれっしょ〜? 今この国、魔王軍に囲まれちゃってさ~、みんなメンタル激おちで、ぴえん通り越してガチ泣き……バチくそ情緒ブレてて、テンションもバグってて、マジ病み深って感じなんでしょ?」
「……すまぬ、半分以上、何を言ってるのか分からなかったが?」
「とにかくっ! こういう時は、気分から変えるが必要なの!」
ミラはくるりと回りながら、スカートをふわっと揺らす。
「……気分から、変える?」
「そ! てかさ~、見てよ、この部屋。いかにも男臭いって感じじゃん? この作戦会議の雰囲気も、みんなが着てる鎧も、なんか〝お通夜〟って感じ?」
「お、おい! 王国滅亡のこの時に、不吉なことを言うな!」
「だからさーー、そんなのじゃ〝やってやるぜー!〟って気持ちになんないでしょ? だったらミラが――変えてあげる☆ この国のなにからなにまで♡」
ミラは親指をぐっと立てて、にこっ!
カイルは腕を組み、半目でミラを見つめながら鼻を鳴らした。
ふん……なにが〝いい手〟だ。どうせまた、ろくでもない――その瞬間、カイルの思考が止まった。
……いや、待て
何かが頭の奥で弾けたように、カイルの脳裏に過去の記録が走る。
召喚された初日、ミラの〝すまほ〟と呼ばれる端末に表示されていた数々の異世界書籍。
「――そう言えば……ジャパーンという異世界から来た者が、自らの世界で培われた文化や技術を逆輸入し、荒れ果てた王国を再建・発展させる――そんな記述が、確かにあった……」
魔法こそ存在しないものの、彼らの世界は文明の発達が桁違いだ。
電気、車、空を飛ぶ機械……〝ひこうき〟だったか?
どれも魔法以上の性能を持ち、我々の常識を覆す技術だった……。
カイルはぐっと唾を飲み込む。
「……そうか……お前は……!」
ぐいと前に踏み出し、ミラを指さす。
「台頭していく魔界領の列強国と渡り合っていくために、我がランツバルト王国に〝文明開化〟をもたらすというのか!?」
その指差しに、ミラはポカンとしながらも、にこっと笑った。
「うーん……よくわかんないけど~……まあ、そういうことってことで☆」
「……ふっ」
その軽い返事に、確信を得たカイルは――笑った。
確かに、ギャル一人の戦力では魔界領のバルゼル=ノクス連邦には到底及ばない。だが――相手は軍、国家だ。自分たちが勝つには、〝根本〟から変える必要がある。
「……そうか。今、必要なのは……我が軍と王国の基盤そのものの改革……!」
拳を握りしめ、カイルは高らかに宣言した。
「ならば――我がランツバルト王国が誇る最高の技術者たちを召集するッ! 三百年前、荒れ果てた大地をわずか数年で絢爛たる都市へと築き上げた、あの誇り高き技術こそ、この国の真の力だ! そして今、その力を国の明日を守るために、滅びを防ぐために、すべての改革と希望を……ミラ殿……お主に託すッ!!」
「おっけ~☆ ミラ流の〝ぶんめいかいか♡〟見せたるーっ☆」
〇
――数ヶ月後。ランツバルト王国・王都中心部。
そこに広がっていたのは――かつて誰も見たことのない、まったく新しい〝王国〟の姿だった。
石造りの重厚な建物には、いつの間にかピンクの布が巻かれ、王家の紋章を覆うように、ハートマークのタペストリーがひらひらと舞っている。
街角の看板には、謎の落書き風の文字で――「今日もキュルルン↑↑」と書かれており、
兵士たちはキラキラとした装飾の施された制服に身を包み、語尾に「でぃす☆」をつけて命令を飛ばしている始末。
そして、さらに――街を行き交う女性たちは皆、濃いメイクに、カラフルな髪色、服装も露出の激しいものになっている。
その光景を見ながら、カイルは遠い目をしてつぶやいた。
「え…………」
その横から、ミラが現れる。
「あ、カイきゅん、おっつー☆」
「ミラ殿……これは一体、何が起きているのだ……?」
カイルがそう問うと、ミラはばちばちに盛れたメイクとネイルで、満面の笑みを返してきた。
「技工士さんたちが、超頑張って再現してくれたんだよ~♡ ミラが大好きな街……〝渋谷〟を再現したのー☆」
彼女が指さした先には、城壁を改造して作られた謎の円筒形モニュメント。
そこには「109っぽタワー」と彫られており、絶え間なくピンクの光を放っていた。
「へ、へぇ……渋谷か……」
カイルの声が震えていた。まさか、これが改革? いや、待て、きっと文明開化でよくなったところもあるはずだ……と、心の中で何度も自分にそう言い聞かせる。
――しかし、人々に目をやると、街の女性たちは皆、露出度高めの派手な衣装を身
にまとっていた。
「……ミラ殿。女性たちの服装が変わっているように見えるのだが……このランツバルト王国の民は、素朴ながらも選び抜かれた麻と羊毛、風を防ぐ工夫、動きやすさと耐久性を備えた歴史ある《ノルシャ装》をしていた筈だ……。それなのに……なんか……その……滅茶苦茶肌を露出させている気がするのだが……」
ミラはその視線を追って、くすっと笑う。
「ふっふ~ん、よくぞ聞いてくれました! あれはね、〝ギャルコーデ〟ってやつ!☆」
「ギャル……コーデ……?」
ミラは指をくるくると回して、自分の服を見せるようにポーズを決める。
「大事なのは、まず肌見せバランス! ヘソ出しトップスに、ミニスカかショーパン! で、足元はゴツめの厚底ブーツ、これで脚長効果もばっちり☆ ちょ~可愛いでしょ~?」
「……もうすぐ冬だけど?」
「気温より大事なのは、アガり度でしょ~? 気合いで寒さは吹っ飛ぶって~!☆」
「と、ところで……なんか、街いる民たちの皆の爪が……やたら長くなって武装しているように見えるのだが……あれは新兵器か?」
するとミラが、ぷっと吹き出す。
「えぇ~兵器なわけないじゃん! あれはね、〝ネイル〟っていうんだよ☆」
「ねい……る?」
「そうそう! 爪に専用のカラーを塗って、キラキラさせたり模様入れたりするの。技工士さんにお願いしたら、ノリノリで作ってくれたんだよね~。ラメ入り、香りつき、あと光るやつもあるよ♡」
「は、はぁ……」
「あ、そうだカイきゅん! ミラ、魔法使えるようになったんだよ☆」
「え……!? 本当か!?」
「うんうん、ちょー簡単だった! いっくよ~~~☆ 《めちゃくちゃ可愛いく盛~れ♪》〝マスカラビーム~ッ☆〟」
なんだが、力が抜けるような詠唱と共に、ぱぁんっ! と、謎の閃光がカイルの顔面に炸裂。
「見て見て~♪ はい、これ手鏡~!」
手渡された鏡を恐る恐る覗き込むカイル。
そこに映っていたのは――まつげが異様に長く、目の周りがキラキラと黒く縁取られた、あらぬ方向へ盛れてしまった自分の顔。
「ミラ殿……これは……なんだ? なんかまつげがすっごく伸びたんだが……」
「それは〝マスカラ〟だよ☆ 目ヂカラバッチリでしょ~? なんかね、魔術師さんにお願いしたら、すぐにこの魔法を開発してくれたの! これ、すごい便利だよ~! 泣いたあとでも絶対に崩れない〝ウォータープルーフ〟とか、一本一本を長く見せる〝ロングタイプ〟とか、もう種類も豊富すぎてやばいの! この技術まぢでミラの世界にもお持ち帰りした~い☆」
「なるほど、なるほど」
しそて、ミラは両手を腰にあてて、得意げに笑った。
「いや~、ミラ頑張っちゃった! 異世界のみんながアガる、最先端のギャル文化、ちゃんと広めたよ~☆ あっはははははは!」
「あっははははははは!」
カイルもつられて笑う。
しかし、次の瞬間――カイルはハンカチを取り出し、ゴシゴシと目をぬぐい――ビシッと地面を叩きつけながら叫んだ。
「なんの文明を開花させてんのじゃあああああああああああッ!!??」