第4話 ギャルはズバズバ言う
異界よりギャルを召喚してしまったランツバルト王国。
混乱と困惑の渦中にあったその国に、ある日――ひとつの朗報がもたらされた。
王国を包囲していた魔界領の軍が……突如として撤退したのだ。
どうやら今回は、本格的な侵攻ではなく〝威嚇〟のための展開だったらしい。
緊張は続いていたものの、ひとまず〝最悪の事態〟は回避された。
だが――この王国を取り巻く不穏な空気は、いまだ晴れぬままだ。
〇
──王城・作戦室。
地図の上に置かれたカイルの指先が、じわりと震えていた。
瞳は鋭く、声にはいつになく深い緊張がにじんでいる。
「……この大陸〝ヴァルティス〟は、北に我々が住む〝人類諸国圏〟南に〝魔界領〟が広がっている。魔界領では、複数の魔族国家が割拠し、互いに覇を競っているが……」
カイルはゆっくりと地図上の南端を指差した。
「現在、その中でも最大勢力――魔王ヴァルム=ノクスを中心とする純血魔族の選民国家……隣国、〝バルゼル=ノクス連邦〟が、軍事演習と称して我が国を三方から包囲してきた。だが、幸いにも、今回は〝威嚇〟だけで終わり、やつらは撤退していった……だが、いずれにせよ危機的状況には変わりない!」
作戦室内が静まり返る。
「そして北方には、セフィリア帝国、東方連邦など……本来ならば我らの盟友であるはずの人類が、今……静観を決め込んでいる。彼らは戦火が自国に及ぶのを恐れて、目をそらしている。我が国は、今……完全に見捨てられたのだ」
重苦しい沈黙が支配する中、カイルは剣の柄に手を添え、力強く言い放った。
「……だが、それでも我々は諦めるわけにはいかない! 三百年の歴史を持つランツバルト王国を! この地で生き、この地に育てられた誇りを……例え最後の一兵となろうとも、俺はこの国を守り抜く!!」
その言葉に、兵たちの顔が引き締まり始めた。
だが、その時だった。
「……あ〜、充電器持ってくるの忘れた〜……つらたん」
空気をぶっ壊すような、明るく軽い声が室内に響いた。
「…………なに?」
カイルがゆっくりと振り返ると、そこにはテーブルに肘をつき、スマホをいじっているミラの姿。
その指にはネイルがキラキラ光り、スマホケースには「ミラ」のステッカーが貼られていた。
「ねぇ〜、このバッテリーもうやばいんだけど〜? Wi-Fiないの? てか充電器ある? あとこの国、コンビニないの?」
カイルの額に、青筋が浮かんだ。
「お主なぁあああああああッ!!」
机をバンッと叩いて立ち上がる。
「俺は今ッ!! この国の命運をかけてこの大陸情勢を語っていたんだぞ!? なんでその間にその〝すまほ〟とやらをいじってんだ!!」
「えー? だってカイきゅんの話、退屈なんだもん~」
「カ……カイきゅん……? そ、それはまさか、ランツバルト王国十七代目現国王である、この俺、カイル・フォン・ランツバルトのあだ名なんじゃないだろうな……!?」
「うん! いーじゃん、カイきゅん! だって名前長いし。てかさぁ、カイきゅんマジで話も長いよね~? もっとこう、要点をばばばっ! って感じで言わないと! ミラ、途中でつまんなくなっちゃう~」
「な……なななな……この俺の話が……つまらない……だと……?」
ミラは首をかしげながら、続けた。
「だってさ、話が回りくどくて分かんない時あるんだもん。あとさ、ちょいちょい変な演説入れてくるじゃん? あれ、絶対自分が気持ちよくなってるだけでしょ~?」
「な、ななななななななななな……!」
作戦室にざわめきが走る。
「すごい……国王陛下に、あんなズバズバものを言えるなんて……」
「しかも、めちゃくちゃ本質ついてるぞ……」
「な、何者だ……あのギャルという者は……」
その時――椅子が音を立てて押しのけられる。
「お前たち! ……今は、重要な軍事会議の最中なのだぞ!!」
鋭く怒鳴ったのは、大柄な男・ゴルド・ヘルマン――通称「バリカン」。
特徴的なアゴヒゲと鋭い目つき、そして並外れた戦斧の腕を持つ、武将である。
「私語は慎め……。 ここは戦略を練る場である……」
続けて立ち上がったのは、すらりとした細身の青年――セディオ・ノア、通称「キュウリ」。
若くして、王国の政務参謀を任されており、王国随一の頭脳と称される存在だ。
二人の声が響き、空気が引き締まった。
カイルはそれを見て、ふっと微笑んだ。
「流石は――俺が最も信頼する腹心だ。ヘルマンは千の戦場を潜り抜けた剛の者。ノアは知略の天才。言葉少なくとも、冷静な知性で戦場を読む。……どんな状況でも、この二人がいれば、俺は戦える」
配下に視線を送るカイル。
すると、二人も目を合わせると微笑み、頷く。
そして――手のひらが差し出された。
「では、続きをどうぞ。カイきゅん」
静かに言ったのは、ゴルド・ヘルマン。真面目な顔でうなずく。
「王都方面の防衛線と補給路の再確認を、早急に進めるべきです。……カイきゅん」
続けて、セディオ・ノアもさらりと口にする。
カイルの全身がピクリと反応した。
「……お前たちまでッ! 俺をカイきゅんなどと呼ぶなああああああッ!!」
作戦室に再び響き渡る、国王の魂のツッコミ。
すると、ミラは「わーわー」と両手を振りつつ、にっこり笑った。
「ま、むずかしいことはミラはよくわかんないけど~☆」
「……は?」
「――とりま、ピンチでもミラのチート魔法で無双すれば、全部余裕っしょ☆」
〇
――魔導観測室。
魔力計測陣が淡く輝き、空間には微かな魔素の流れが感じられる。
カイルは背筋を伸ばし、真剣な面持ちで説明を始めた。
「この世界における魔法体系は……〝属性導律術〟と呼ばれている」
カイルは魔力構造を描いた図を広げる。
「魔法とは、体内と外界に存在する〝魔素〟を操作し、エネルギーを顕現させる術……その操作には、〝構文〟と〝感情的トリガー〟の二要素が不可欠だ」
図には複雑な魔法陣と、それを補助する感情の波形が示されている。
「属性は六つ……」
カイルは指を折って数え上げる。
「〝炎〟・〝水〟・〝風〟・〝土〟・〝雷〟・〝光〟――通常、個人が扱えるのは1~2系統が限界だ。それ以上になると魔力の制御が破綻する」
カイルは続ける。
「お主がもし、チート魔法が使えるのであれば……すべての系統が扱えるだろう……いや、それどころか……この世界の理そのものを塗り替えるような、〝未知の属性〟や、〝構文の外〟の魔法をも創り出しかねん……。つまり、お主には……この世界を〝書き換える力〟が眠っている可能性がある……!」
ミラはぽかんとしていたが、すぐにキラリとウインクしてポーズを決めた。
「おっけ~! ミラたん、マジで気合い入れちゃうよ!☆」
彼女は足を踏ん張り、両手を天に掲げた。
「チート魔法、発動――いっけぇぇぇぇぇぇえ!!」
…………
魔導陣は静かなまま。風も、光も、何一つ起こらなかった。
カイルが小さくつぶやいた。
「……出てないぞ」
ミラは舌をぺろりと出し、笑顔でウインクする。
「てへぺろ☆」
その瞬間、見守っていた兵たちが一斉にとろけた声をあげた。
「「「か、かわいい~~!!」」」
「ゆーてる場合かああああああああッ!!」
カイルの叫びが、空しく魔導室に響いた。
魔導陣は静かなままで、カイルは何度も叩いたりしてみたがちょっとだけ光る程度に終わった。
「おーい! この程度の魔力しかないのかッ? これはつまり――ミラ殿は下級中の下級魔法しか使えないということじゃないか!?」
「えー、そうなん? うーん、まあ、ミラ魔法とか使ったことないし、当然と言えば当然だよね! あっはっはっはっ!」
「あっはっはっは、じゃないわ!」
カイルは額を押さえた。冷や汗が、つうっと流れる。
「――くそ……! コイツ、異世界召喚モノでも、チートが使えない色モノ枠の主人公タイプか……! おのれ……異界の〝ジャパーン〟め……我が国の存亡がかかってる超シリアスな展開だってのに……! よりにもよって……こんなギャグ要員――というか、ギャル要員を送り込んできやがってぇぇぇぇ!!」
バンッと机を叩いて叫ぶカイル。
その背中を、ぽんぽん、とミラが叩いた。
「ま、ドンマイ☆ チート魔法が使えなくても、ミラならきっとこの国を救えるって! あげてこー!」
「なんで、そんなにお主はポジティブなんだよ!」
すると、ミラがにこっと笑い、ウインクを一つ。
そして、人差し指を左右に振りながら、首を軽くかしげた。
「ちっちっちっ☆ 落ち込むには、まだ早いよ~? 大丈夫! ミラには……いい手があるっ!」